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6、あなたの顔なんて見たくない
しおりを挟む「どうして……お父様は何も言わなかったわ。それなら、なぜ私にそのことを言ってくれなかったの?」
「レイラにそんな顔をさせたくなかったの。ショックを受けたら描けなくなるでしょう?」
「そんなことないわ。魅力がなくなったなら、もっと頑張って……」
「頑張ればいい問題ではないでしょ。私たち聖絵師は聖力で絵を描くのよ。どれほど努力しても、能力で差が出てしまう。あなたはずっと神殿でもトップクラスの実力の持ち主だから理解できないのよ。努力が無駄になって消えていく者たちのことを」
混乱する私に、セリスは淡々と続ける。
「挫折を知らない者が窮地に陥るとダメになってしまうの。伯父様、あなたのお父様はあなたが絵を描けなくなることを恐れたのよ。仕事の依頼を多く受けているもの。だから、代わりに私が描いた絵を納品していたの」
耳を疑った。
セリスが、私の代わりに絵を描いていたということ?
意味がわからない。
「何を、言っているの? じゃあ、私の描いた絵はどこへ……?」
「別のお客様が購入しているわ。あなたの絵を依頼していたのは上級貴族たちよ。でも、その絵に癒やし効果が失われていることを知り、どんどんお客様が減っていったの。だから、代わりに私の描いた絵を彼らに納品して、あなたの描いた絵は格安で下級貴族か平民へ……」
「やめて!」
思わず叫ぶと、セリスは哀れむような顔を私に向けた。
「辛いわよね。苦しいわよね。だから私はあなたのプライドを守るために嘘をついたのよ。レイラは最近絵画以外のことで忙しくて余裕がないって」
「だからって、私が遊び歩いているなんて……」
「能力を失ったことを知られるよりはずっといいでしょ。芸術家なんてみんな遊びで刺激を受けて創作するのだから気にする必要はないわ」
「なんて勝手なことを……!」
私の抗議などお構いなしで、セリスは微笑みながら、私の両手をぎゅっと握る。
「大丈夫よ、レイラ。顧客を選ばなければ、依頼はたくさん来るわ。元気出して」
私はセリスの手を振りほどいた。
「放して。あなたの顔なんて見たくない!」
セリスは肩をすくめる。
「少し冷静になる必要があるわ。私たちはしばらく会わないほうがいいわね」
何を勝手なことを言って、まるですべて私に非があるような言い方をして。
これ以上セリスと会話をしたくない。
だけど、これだけは言っておかなければならない。
「アベリオの誤解を解いてちょうだい。私はずっと彼を想っていたのよ」
セリスの顔に、心底残念そうな影が浮かぶ。
「今さら言い訳をしてどうするの? アベリオの心はもうレイラから離れているというのに」
セリスの言葉が鋭い針のように胸に突き刺さる。
痛みのあまり胸をぎゅっと押さえた。
涙があふれそうになる。けれど、セリスの前で泣くなんて、絶対にしたくなかった。
私が俯いて黙っていると、セリスは明るい笑顔で私に言った。
「ああ、そうだわ。アベリオとの結婚式にはぜひ出席してね。招待状を送るわ」
パタンと扉が閉まる音が響き、セリスの気配は消えた。
しばらく呆然と立ち尽くした。
床にぽたぽたと落ちる涙を、私は止めることもできない。
「誰が行くもんですか……」
誰もいない部屋の中で、私の小さな呟きだけが、冷たく響いた。
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