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54、君の顔が見える(エリオス)
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スヴェンの夢を見た。
彼の姿を、俺はこれまで一度も見たことがない。
それなのに、なぜかスヴェンであるとはっきりわかった。
夢の中の彼はまるで生きているかのように鮮明だった。
風に揺れる白銀の髪は月光を受けて輝き、眩しいほど美しい。
その碧い瞳は静かな湖面のように澄みわたり、その奥には深い哀愁が宿っている。
声をかけようとしたが、なぜか言葉にならなかった。
スヴェンは微笑み、こっちへ来いというような素振りでゆっくり歩く。
俺は静かに彼の背中を追いかけた。
いつの間にか夜の森の中にいた。
月明かりに照らされた湖が広がり、まるでレイラと初めて出会ったあの夜のようだった。
スヴェンは立ち止まり、空に向かって手を掲げる。
彼の手から一筋の光がすっと伸び、それがいくつも重なって絡み合い、ひとつの形を結んでいく。
やがて浮かび上がったのは、親子の絵だった。
穏やかに微笑むふたりのあいだで、子供が嬉しそうに手を繋いでいる。
子供は満面の笑みだ。
幸福の象徴のような光景なのに、なぜか胸が締めつけられる。
スヴェンは静かに振り返り、まっすぐこちらを見つめた。
いろいろと訊きたいことはある。
しかし、声を発することができなかった。
まるで問いかけることを許されていないようだった。
足下に亀裂が走った。
音もなく、それは瞬く間に地面を這うように広がっていく。
俺はその裂け目の向こうに、スヴェンを見た。
思わず一歩踏み出そうとした瞬間、彼が手を上げて制した。
彼はゆっくりと俺の背後を指差す。
振り返ると、眩い光が差し込んでいた。
この迷い込んだ森の出口のようにも思える。
スヴェンも一緒に行こうと声をかけようとしたら、彼の姿は淡く揺らめき、ゆっくりと消えていった。
親子の様子を描いた絵だけが、月明かりに浮かんでいた。
どれほど時間が経ったのか定かではないが、気がつくと別の場所へ移動していた。
やけに視界がはっきりとしている。
視線の先にはベッドの天蓋が見える。
夢にしてはあまりに現実を帯びている気がして、ゆっくりと視線をずらす。
いつもはぼんやりと感覚でしかわからない光景がしっかり目に映っている。
そのとき視線の先に、ひとりの女性の姿を捉えた。
白銀の髪に淡いブルーの瞳をした色白の女性だ。
スヴェンによく似ている。
まさかとは思ったが、心のどこかで確信があったので、彼女にそっと問いかけた。
「君は……レイラ、なのか?」
すると女性は驚いたように立ち上がり、勢いよくこちらを覗き込んできた。
「ああ、エリオス……よかった。目が覚めたのね……本当によかった」
女性は涙を流しながら俺の髪や顔を撫でた。
まだ頭はぼんやりしていて、現実と夢の境が曖昧だった。
だが、確かにレイラの声に間違いない。
そして今、俺は彼女の姿がはっきりと見える。
これは夢なのか? それとも奇跡なのか?
「レイラ……もっと、よく顔を見せてほしい」
「え?」
俺はゆっくりと手を伸ばし、彼女の頬に触れた。
その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「エリオス? あなた、目が……!」
「……ああ。不思議だ……君の顔が、見える」
レイラは表情を崩し、大粒の涙を流した。
彼女は口もとを手で押さえ、嗚咽を洩らしながら呟く。
「ああ、神様……ありがとうございます。こんな奇跡を……」
彼女の祈るような震え声が、胸の奥に深く沁みる。
俺はゆっくりと手を伸ばし、彼女の涙をそっと拭った。
すると彼女は俺の手を握りしめ、涙を流しながら微笑んだ。
とても綺麗だと思った。
想像していたよりもずっと、彼女は美しくて愛おしい。
「レイラ……やはり、君はとても綺麗だ」
その言葉に、レイラは涙を拭いながら、やわらかく口もとを上げた。
その微笑みは、優しく、穏やかで、どこか子供のように可愛らしい。
俺はしばらく彼女を見つめたあと、久しぶりに部屋の中の光景に目を走らせた。
窓辺から差し込む月光が、床や壁を淡く照らしている。
その静かな輝きを見つめていると、胸の奥が強烈に締めつけられる。
世界はこれほど美しい色をしていたのか――
忘れかけていた遠い記憶の色が、ゆっくりと心の中によみがえっていく。
気がつくと、頬を伝って静かに涙がこぼれていた。
彼の姿を、俺はこれまで一度も見たことがない。
それなのに、なぜかスヴェンであるとはっきりわかった。
夢の中の彼はまるで生きているかのように鮮明だった。
風に揺れる白銀の髪は月光を受けて輝き、眩しいほど美しい。
その碧い瞳は静かな湖面のように澄みわたり、その奥には深い哀愁が宿っている。
声をかけようとしたが、なぜか言葉にならなかった。
スヴェンは微笑み、こっちへ来いというような素振りでゆっくり歩く。
俺は静かに彼の背中を追いかけた。
いつの間にか夜の森の中にいた。
月明かりに照らされた湖が広がり、まるでレイラと初めて出会ったあの夜のようだった。
スヴェンは立ち止まり、空に向かって手を掲げる。
彼の手から一筋の光がすっと伸び、それがいくつも重なって絡み合い、ひとつの形を結んでいく。
やがて浮かび上がったのは、親子の絵だった。
穏やかに微笑むふたりのあいだで、子供が嬉しそうに手を繋いでいる。
子供は満面の笑みだ。
幸福の象徴のような光景なのに、なぜか胸が締めつけられる。
スヴェンは静かに振り返り、まっすぐこちらを見つめた。
いろいろと訊きたいことはある。
しかし、声を発することができなかった。
まるで問いかけることを許されていないようだった。
足下に亀裂が走った。
音もなく、それは瞬く間に地面を這うように広がっていく。
俺はその裂け目の向こうに、スヴェンを見た。
思わず一歩踏み出そうとした瞬間、彼が手を上げて制した。
彼はゆっくりと俺の背後を指差す。
振り返ると、眩い光が差し込んでいた。
この迷い込んだ森の出口のようにも思える。
スヴェンも一緒に行こうと声をかけようとしたら、彼の姿は淡く揺らめき、ゆっくりと消えていった。
親子の様子を描いた絵だけが、月明かりに浮かんでいた。
どれほど時間が経ったのか定かではないが、気がつくと別の場所へ移動していた。
やけに視界がはっきりとしている。
視線の先にはベッドの天蓋が見える。
夢にしてはあまりに現実を帯びている気がして、ゆっくりと視線をずらす。
いつもはぼんやりと感覚でしかわからない光景がしっかり目に映っている。
そのとき視線の先に、ひとりの女性の姿を捉えた。
白銀の髪に淡いブルーの瞳をした色白の女性だ。
スヴェンによく似ている。
まさかとは思ったが、心のどこかで確信があったので、彼女にそっと問いかけた。
「君は……レイラ、なのか?」
すると女性は驚いたように立ち上がり、勢いよくこちらを覗き込んできた。
「ああ、エリオス……よかった。目が覚めたのね……本当によかった」
女性は涙を流しながら俺の髪や顔を撫でた。
まだ頭はぼんやりしていて、現実と夢の境が曖昧だった。
だが、確かにレイラの声に間違いない。
そして今、俺は彼女の姿がはっきりと見える。
これは夢なのか? それとも奇跡なのか?
「レイラ……もっと、よく顔を見せてほしい」
「え?」
俺はゆっくりと手を伸ばし、彼女の頬に触れた。
その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「エリオス? あなた、目が……!」
「……ああ。不思議だ……君の顔が、見える」
レイラは表情を崩し、大粒の涙を流した。
彼女は口もとを手で押さえ、嗚咽を洩らしながら呟く。
「ああ、神様……ありがとうございます。こんな奇跡を……」
彼女の祈るような震え声が、胸の奥に深く沁みる。
俺はゆっくりと手を伸ばし、彼女の涙をそっと拭った。
すると彼女は俺の手を握りしめ、涙を流しながら微笑んだ。
とても綺麗だと思った。
想像していたよりもずっと、彼女は美しくて愛おしい。
「レイラ……やはり、君はとても綺麗だ」
その言葉に、レイラは涙を拭いながら、やわらかく口もとを上げた。
その微笑みは、優しく、穏やかで、どこか子供のように可愛らしい。
俺はしばらく彼女を見つめたあと、久しぶりに部屋の中の光景に目を走らせた。
窓辺から差し込む月光が、床や壁を淡く照らしている。
その静かな輝きを見つめていると、胸の奥が強烈に締めつけられる。
世界はこれほど美しい色をしていたのか――
忘れかけていた遠い記憶の色が、ゆっくりと心の中によみがえっていく。
気がつくと、頬を伝って静かに涙がこぼれていた。
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