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凱旋
13
猫の手も借りたい状況にセリオンの手が借りれるということで、一日の業務量に関してはかなり楽になった。
対外的な交渉ごとに関してはまだ俺の方が優位だが、市民への意見や使用人たちの動かし方に関してはセリオンの方がよく学んでいる。何にせよ、三年間公爵をやっていた人間だ。
幼い頃からの教育は受けていたものの最終的に放蕩していた兄とは違い、一定以上の信頼関係を築いている。
「そういう訳で、こちらとしてはフィレンツェとの共同開発をお願いしたい」
「随分と直球だな? 部長殿」
「まァ……しのご取り繕ったところでやることは変わらないからな」
──アバロン。と声をかければ、にたにたといやらしい顔をしたマッドサイエンティストが鼻を鳴らした。
男の前には決して魔力も腕力も通さない鉄格子が這っており、人はとても生きていかれないだろうというとてつもない寒さの中、にたりと笑っている。
ここは王家の所有する土地の一つであり、誰に知られることもない絶対零度の土地。
かつて貴族の間でまことしやかに囁かれた恐ろしい場所。人は誰しもここを『永久白土』と呼び、畏れ敬った。
それがアバロンの収監された監獄、氷哭の牢である。
「フン! わざわざ面会に来たと思えば、そんな事か。部長殿が生き残っていたのは驚いたがまた貴族の奴隷に成り下がるつもりなのだな。いやはやその愚かしさには流石の吾輩も呵呵大笑だというものよ」
「お、お前な……いやまぁ、俺が巻き込んだ結果だから、あんまり強く言えないんだけど」
北の孤島に位置するそこは普段結界が張っており誰も通さない。基本的に凶悪犯を収監するための施設であり、縦に長い。
俺はゆっくりとそこを見上げた。轟々と鳴り響く吹雪の音は何百メートルも上の地上より落ちてきていて、ぐるり、と螺旋状に設置された階段に沿うように厳重な魔法が施された檻が見えていた。
国の代表やリーダー格となった我が国は、凶悪犯や封印すべき生き物を収監する同盟国における監獄の役割も担っている。そのためか、初めてきたそこは案外賑やかである。
「しかしまぁ……随分下層に配置されたな? アバロン」
「貴様は自覚がないが、六柱の邪神とはそれほど重いものよ。それもサムラドルとはな……」
「え、何だそれ。意味があるのか?」
正直名前はノリで付けたので、意味ありげに名を言われはて、と首を傾げる。指につけたアメシストがバイブして不満を表しているが、調べた限りはだってお前と同じ言語体系のものなかったんだもん!
アバロンは眉を顰めて、ごろんと地面に寝っ転がる。触れるだけで皮膚の張り付く寒さだろうに、特に何も感じない実家かのような顔に毒気を抜かれた。
「知らんで名を呼んだのか貴様。本当に気色が悪い……どころか、幸運にも程があるぞ。たいてい魔神というものを封印するとき、その能力と生まれた場所から名を推測していくのだ」
「んえぇ。それは知ってるけどさ、めちゃくちゃ時間かからない?」
「めちゃくちゃ時間がかかるのだよ。なればこそ魔神は強者であり、人間の進化を急かすこの世の機構だ」
……なるほど。例えば水を操る日本の魔神がいたとして、そいつが流水なのか水龍なのかそれとも別の何かなのかはわからないという事か。
それでも名付けには時代や言語によって法則性があり、言語の解き明かされた魔神の封印は比較的容易なのだとアバロンは語る。アバロンは俺にこうして色々話すとき、案外楽しそうだ。
「ふーん? じゃ、何でノアは名前が呼ばれなかったんだ? 原初の魔神なんだろ?」
「原初だからだ。そも、魔神とは元々封印されるほど敵視されていたものではない。魔力の塊だからな。精霊と同じように存在しているもので、人間に益をもたらすものもいる」
俺もどっかりと腰を下ろしてみれば、服が張り付く気配がした。皮膚が露出していないのでこのあとどうにでもなるが、すっかり寝転んだアバロンは後で顔の皮を剥がさないといけないだろう。
氷哭の牢とは、そういう意味だ。うっかり壁や地面に触れてしまった凶悪犯たちの皮膚が張り付き、動くには皮を剥がさなければならない。動けない。しかし人は永遠にそこで動かずに生きていけるほど強く出来ていない。
飢え、寒さ、苦しみ、激痛。ここはそんな断末魔が絶えず飛び交い、反響し続け、数百年前の怨嗟すらもいまだに聞こえるという呪いの檻。
「──ヒトは求めた。永遠を、安寧を、世界の理を破った結末を。彼らは願う。友好的な魔神に、自分たちを助けてくれと。
そうしてはじめに、終わりが殺された」
「……まさか、その友好的な魔神ってのが」
「原初の六柱。お前の持つサムラドルもそうだ。他の魔神は皆それぞれ能力に見合った性格を持っているのだ。おかしいと思わなかったか? 幼いお前に協力する魔神の、友好的な性格を」
「…………」
身につけた指輪を見やると、うんともすんとも動かなくなっていた。確かに少しばかり、魔神は友好的だ。実のところルースと恋愛するために人間に寄せて作ったのがノアだったが、そうだよな、ノアだって産まれるし、生きるのだ。産まれた時からこの性格なのだ。俺がそうやって作ったから。
何もわかっていない俺を、アバロンはふんっとまた鼻を鳴らして馬鹿にした。
対外的な交渉ごとに関してはまだ俺の方が優位だが、市民への意見や使用人たちの動かし方に関してはセリオンの方がよく学んでいる。何にせよ、三年間公爵をやっていた人間だ。
幼い頃からの教育は受けていたものの最終的に放蕩していた兄とは違い、一定以上の信頼関係を築いている。
「そういう訳で、こちらとしてはフィレンツェとの共同開発をお願いしたい」
「随分と直球だな? 部長殿」
「まァ……しのご取り繕ったところでやることは変わらないからな」
──アバロン。と声をかければ、にたにたといやらしい顔をしたマッドサイエンティストが鼻を鳴らした。
男の前には決して魔力も腕力も通さない鉄格子が這っており、人はとても生きていかれないだろうというとてつもない寒さの中、にたりと笑っている。
ここは王家の所有する土地の一つであり、誰に知られることもない絶対零度の土地。
かつて貴族の間でまことしやかに囁かれた恐ろしい場所。人は誰しもここを『永久白土』と呼び、畏れ敬った。
それがアバロンの収監された監獄、氷哭の牢である。
「フン! わざわざ面会に来たと思えば、そんな事か。部長殿が生き残っていたのは驚いたがまた貴族の奴隷に成り下がるつもりなのだな。いやはやその愚かしさには流石の吾輩も呵呵大笑だというものよ」
「お、お前な……いやまぁ、俺が巻き込んだ結果だから、あんまり強く言えないんだけど」
北の孤島に位置するそこは普段結界が張っており誰も通さない。基本的に凶悪犯を収監するための施設であり、縦に長い。
俺はゆっくりとそこを見上げた。轟々と鳴り響く吹雪の音は何百メートルも上の地上より落ちてきていて、ぐるり、と螺旋状に設置された階段に沿うように厳重な魔法が施された檻が見えていた。
国の代表やリーダー格となった我が国は、凶悪犯や封印すべき生き物を収監する同盟国における監獄の役割も担っている。そのためか、初めてきたそこは案外賑やかである。
「しかしまぁ……随分下層に配置されたな? アバロン」
「貴様は自覚がないが、六柱の邪神とはそれほど重いものよ。それもサムラドルとはな……」
「え、何だそれ。意味があるのか?」
正直名前はノリで付けたので、意味ありげに名を言われはて、と首を傾げる。指につけたアメシストがバイブして不満を表しているが、調べた限りはだってお前と同じ言語体系のものなかったんだもん!
アバロンは眉を顰めて、ごろんと地面に寝っ転がる。触れるだけで皮膚の張り付く寒さだろうに、特に何も感じない実家かのような顔に毒気を抜かれた。
「知らんで名を呼んだのか貴様。本当に気色が悪い……どころか、幸運にも程があるぞ。たいてい魔神というものを封印するとき、その能力と生まれた場所から名を推測していくのだ」
「んえぇ。それは知ってるけどさ、めちゃくちゃ時間かからない?」
「めちゃくちゃ時間がかかるのだよ。なればこそ魔神は強者であり、人間の進化を急かすこの世の機構だ」
……なるほど。例えば水を操る日本の魔神がいたとして、そいつが流水なのか水龍なのかそれとも別の何かなのかはわからないという事か。
それでも名付けには時代や言語によって法則性があり、言語の解き明かされた魔神の封印は比較的容易なのだとアバロンは語る。アバロンは俺にこうして色々話すとき、案外楽しそうだ。
「ふーん? じゃ、何でノアは名前が呼ばれなかったんだ? 原初の魔神なんだろ?」
「原初だからだ。そも、魔神とは元々封印されるほど敵視されていたものではない。魔力の塊だからな。精霊と同じように存在しているもので、人間に益をもたらすものもいる」
俺もどっかりと腰を下ろしてみれば、服が張り付く気配がした。皮膚が露出していないのでこのあとどうにでもなるが、すっかり寝転んだアバロンは後で顔の皮を剥がさないといけないだろう。
氷哭の牢とは、そういう意味だ。うっかり壁や地面に触れてしまった凶悪犯たちの皮膚が張り付き、動くには皮を剥がさなければならない。動けない。しかし人は永遠にそこで動かずに生きていけるほど強く出来ていない。
飢え、寒さ、苦しみ、激痛。ここはそんな断末魔が絶えず飛び交い、反響し続け、数百年前の怨嗟すらもいまだに聞こえるという呪いの檻。
「──ヒトは求めた。永遠を、安寧を、世界の理を破った結末を。彼らは願う。友好的な魔神に、自分たちを助けてくれと。
そうしてはじめに、終わりが殺された」
「……まさか、その友好的な魔神ってのが」
「原初の六柱。お前の持つサムラドルもそうだ。他の魔神は皆それぞれ能力に見合った性格を持っているのだ。おかしいと思わなかったか? 幼いお前に協力する魔神の、友好的な性格を」
「…………」
身につけた指輪を見やると、うんともすんとも動かなくなっていた。確かに少しばかり、魔神は友好的だ。実のところルースと恋愛するために人間に寄せて作ったのがノアだったが、そうだよな、ノアだって産まれるし、生きるのだ。産まれた時からこの性格なのだ。俺がそうやって作ったから。
何もわかっていない俺を、アバロンはふんっとまた鼻を鳴らして馬鹿にした。
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