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凱旋
18.誓い
規則正しい寝息が腕の中から聞こえてきて、セリオンはほっと息を吐いた。少しだけ腕を離して胸元を見ると、ミルクティーの色をした茶髪がシャツにくっついてゆっくりと息に合わせて動いている。
その姿を眺めて、頭をまた撫でれば安心したように寝息がまた漏れた。セリオンは飛び跳ね回る心臓に今日の安眠を早々に諦め兄の顔を観察することにする。ともかく、若いので何とかなるだろう。
そのツケは身体が老いた時に来ると公爵引き継ぎの際父は散々言っていたが。
中年の自分と兄であれば、圧倒的に兄が勝つので思い出したところでその忠告が守られることはない。
「んぅ……」
悩ましげな声が上がり、兄が丸まった拍子にセリオンの体にさらに寄ってきた。思わず心臓が大きく飛び跳ね、男は手を伸ばしかける。
ちったそばかすを数えて撫でる。火傷の痕にキスを落とし、それでも起きない。
(兄さんが油断してるの、新鮮だなぁ……)
それほどまでに心を許してくれているのだろうけれど。腕の中に閉じ込めた大切な家族を思い切り抱きしめてみても、小さくうめくだけで起きてはこない。
案外、眠りの深い人である。これでセリオン以外の気配には敏感ですぐに目を覚ますと言うのだからたまらない。
室内を照らしていた灯りを消して仕舞えば、寝室は静かだった。外からは風で葉の擦れる音だけが響き、冷涼な月明かりが一筋だけ部屋の中を照らしている。その一筋が部屋の中の埃を受けて粒子が舞い、柔らかな髪をくしゃりと歪めて眠る男をどこか神々しく演出する。
(そういえば、あの日も月明かりが降ってた)
まだ彼が、きっと彼にとっての安住の地に居た頃。記憶のないセリオンに振り返った日。広間には月光が降っていて、それがまるでこの男だけを照らしているかのように見えたものだった。
そういえば、砂漠の子供たちは元気だろうか? 戦争の余波が行っているという話は聞かないし、兄が目利きした宝石達は本当に上等なものだ。セリオンから見ても魔力が豊富なものを選んでいるし、困窮するということはないと思うけれど。
けれど彼らは、こどもである。きっと幼いセリオンのように兄に保護され、セリオンと違ってこの強情な兄の心を確かに支えた。されど子供……。
「早く平和にして、繋げてあげないと、ね……」
「んん~……」
「ふふ。返事してるみたい」
本当は、悔しくないと言えば嘘になる。
セリオンにとって兄だけであったように、兄にはセリオンだけだった。けれど記憶なんて無くしている数年間に、全く別の場所で安寧を見つけたアーノルドを、少しばかり恨んでもいる。
それでも幸せであればいい、と、思う心は愛なのだろう。
腕の中の温かな体温は心臓に悪く体の熱を引き上げるけれど、とびきり愛おしい。抱え直して首元に引き寄せると、すぅすぅと深い寝息と熱が伝わってきた。生きている。アーノルド=フィレンツェが、少しの欠けもなく、十全の状態で、この腕の中で生きている。
(離したくない)
大昔からこの人はきっとそうだった。あちらこちらに自分を切り売りして、普通の顔をして笑っている人だった。
幸せになってくださいなんてどんな口で言えただろう? それに、そんなこと言ったってきっと、セリオンがいるだけで幸せだだなんていうのだろうし。
夜は静かだ。木々の擦れる音と一緒にどこかで鳥がなく。夜に目が慣れてシーツが乱れる姿が見える。一人でいつも寝ているベッドに温かな体温が一つあるだけで何にでもなれるような気がした。
立てる寝息は深く、静かだ。耳をすまさなければ聞こえないくらいで、いつもうるさいくらいの声が聞こえないというだけで少しだけ不安になる。
言っていることは基本的に八割くらい適当だけれど、アーノルドという人間が発する声は耳に心地よくて、いとおしくて、彼の存在証明のようで。
(兄さん、寝てると、小さな子どもみたい)
もしくは猫。子犬。ともかく動き動いてぱったりと電池が切れてぷすぷすと鼻息を漏らして寝る可愛いいきもの。
先ほどまでああも恥入った様子が淫靡だったというのに、眠ってしまえば昼下がりの幼児も顔負けの寝顔を見せてくれるのだから。
とろりと垂れた目に長いまつ毛が生え、口が小さく開く。たり、と垂れた涎を拭ってやればむちゃむちゃと口を動かした。何か食べているのだろうか?
──あぁどうして、セリオンは、こんな顔を見ていて彼の味方になれなかったのか。
こんな寝顔を知っていたくせに、兄の裏切りで、咄嗟にルースについてしまったのだろうか?
「ねぇ兄さん。罪は半分、だからね」
懺悔しよう。
セリオンの罪はまさに、あなたへ捧げられなかったこの愛情。あなたが望むのなら国なんて滅ぼして良かったと、口にも出来ない臆病さ。
だってセリオンはこの国で生まれこの国で育った。大切なものと大切な景色と大切な人が多すぎて、四年前の闘技場であの日、一つためらってしまったのだから。
そっと顎を持ち上げ、唇を寄せる。
柔らかな底に触れる前に、口端にわざとキスをした。
「次に世界を滅ぼすときは、きっとぼくの名前を呼んでね、兄さん」
そうしたら今度こそきっと、国さえ滅ぼすあなたへの愛を捧げられるのだから。
……そんな日きっと、永遠に来ないのだけれど。
その姿を眺めて、頭をまた撫でれば安心したように寝息がまた漏れた。セリオンは飛び跳ね回る心臓に今日の安眠を早々に諦め兄の顔を観察することにする。ともかく、若いので何とかなるだろう。
そのツケは身体が老いた時に来ると公爵引き継ぎの際父は散々言っていたが。
中年の自分と兄であれば、圧倒的に兄が勝つので思い出したところでその忠告が守られることはない。
「んぅ……」
悩ましげな声が上がり、兄が丸まった拍子にセリオンの体にさらに寄ってきた。思わず心臓が大きく飛び跳ね、男は手を伸ばしかける。
ちったそばかすを数えて撫でる。火傷の痕にキスを落とし、それでも起きない。
(兄さんが油断してるの、新鮮だなぁ……)
それほどまでに心を許してくれているのだろうけれど。腕の中に閉じ込めた大切な家族を思い切り抱きしめてみても、小さくうめくだけで起きてはこない。
案外、眠りの深い人である。これでセリオン以外の気配には敏感ですぐに目を覚ますと言うのだからたまらない。
室内を照らしていた灯りを消して仕舞えば、寝室は静かだった。外からは風で葉の擦れる音だけが響き、冷涼な月明かりが一筋だけ部屋の中を照らしている。その一筋が部屋の中の埃を受けて粒子が舞い、柔らかな髪をくしゃりと歪めて眠る男をどこか神々しく演出する。
(そういえば、あの日も月明かりが降ってた)
まだ彼が、きっと彼にとっての安住の地に居た頃。記憶のないセリオンに振り返った日。広間には月光が降っていて、それがまるでこの男だけを照らしているかのように見えたものだった。
そういえば、砂漠の子供たちは元気だろうか? 戦争の余波が行っているという話は聞かないし、兄が目利きした宝石達は本当に上等なものだ。セリオンから見ても魔力が豊富なものを選んでいるし、困窮するということはないと思うけれど。
けれど彼らは、こどもである。きっと幼いセリオンのように兄に保護され、セリオンと違ってこの強情な兄の心を確かに支えた。されど子供……。
「早く平和にして、繋げてあげないと、ね……」
「んん~……」
「ふふ。返事してるみたい」
本当は、悔しくないと言えば嘘になる。
セリオンにとって兄だけであったように、兄にはセリオンだけだった。けれど記憶なんて無くしている数年間に、全く別の場所で安寧を見つけたアーノルドを、少しばかり恨んでもいる。
それでも幸せであればいい、と、思う心は愛なのだろう。
腕の中の温かな体温は心臓に悪く体の熱を引き上げるけれど、とびきり愛おしい。抱え直して首元に引き寄せると、すぅすぅと深い寝息と熱が伝わってきた。生きている。アーノルド=フィレンツェが、少しの欠けもなく、十全の状態で、この腕の中で生きている。
(離したくない)
大昔からこの人はきっとそうだった。あちらこちらに自分を切り売りして、普通の顔をして笑っている人だった。
幸せになってくださいなんてどんな口で言えただろう? それに、そんなこと言ったってきっと、セリオンがいるだけで幸せだだなんていうのだろうし。
夜は静かだ。木々の擦れる音と一緒にどこかで鳥がなく。夜に目が慣れてシーツが乱れる姿が見える。一人でいつも寝ているベッドに温かな体温が一つあるだけで何にでもなれるような気がした。
立てる寝息は深く、静かだ。耳をすまさなければ聞こえないくらいで、いつもうるさいくらいの声が聞こえないというだけで少しだけ不安になる。
言っていることは基本的に八割くらい適当だけれど、アーノルドという人間が発する声は耳に心地よくて、いとおしくて、彼の存在証明のようで。
(兄さん、寝てると、小さな子どもみたい)
もしくは猫。子犬。ともかく動き動いてぱったりと電池が切れてぷすぷすと鼻息を漏らして寝る可愛いいきもの。
先ほどまでああも恥入った様子が淫靡だったというのに、眠ってしまえば昼下がりの幼児も顔負けの寝顔を見せてくれるのだから。
とろりと垂れた目に長いまつ毛が生え、口が小さく開く。たり、と垂れた涎を拭ってやればむちゃむちゃと口を動かした。何か食べているのだろうか?
──あぁどうして、セリオンは、こんな顔を見ていて彼の味方になれなかったのか。
こんな寝顔を知っていたくせに、兄の裏切りで、咄嗟にルースについてしまったのだろうか?
「ねぇ兄さん。罪は半分、だからね」
懺悔しよう。
セリオンの罪はまさに、あなたへ捧げられなかったこの愛情。あなたが望むのなら国なんて滅ぼして良かったと、口にも出来ない臆病さ。
だってセリオンはこの国で生まれこの国で育った。大切なものと大切な景色と大切な人が多すぎて、四年前の闘技場であの日、一つためらってしまったのだから。
そっと顎を持ち上げ、唇を寄せる。
柔らかな底に触れる前に、口端にわざとキスをした。
「次に世界を滅ぼすときは、きっとぼくの名前を呼んでね、兄さん」
そうしたら今度こそきっと、国さえ滅ぼすあなたへの愛を捧げられるのだから。
……そんな日きっと、永遠に来ないのだけれど。
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