紅の秋

名谷葛

文字の大きさ
1 / 1

出会い

しおりを挟む
九月の初旬、秋にさしかかり湿り気が失われた風が吹いてゆく。
足元を覗くと風につられ波紋をたてた池に仄かに黒い雲が浮かぶ。
その隣には少女が居た。
他人は美しいとだけ感じるんだろう。
しかし私には美しいと同時に寂しく侘しい哀れなものに見え目を奪われた。
私は今まで無機質に成りたいと思っていた。
人間の私が無機質に成ることにより自分が背負っている業、罪が消しされると思った。
だがこの時だけこの少女と生きてみたいと感じた。
「何をしている。」
素っ頓狂な表情と同時に何故自分を気づいたんだと言いたげな表情をする。
「関係無いだろう。」
動揺を隠し乾いた声音で応える。
少女の足元には少女の体重より少しばかり重い石が括られている。
「死ぬなら俺と死なないか。」
反射的に口から零れていた。
「今日はこの辺りに見回りが来るから明後日にしよう。」
血の気が引いたか弱い腕を強引に掴んで歩き始める。
「痛いから離せ。」
女の扱いも分からぬ私に少女の扱いなんぞ分かるはずもない。
謝罪の意を込める訳でもなく唯すまんと、軽く言う。
雑草が生えている道を少女の歩幅に合わせて歩く。
私から見て少女の顔には不安と安堵の表情が見えた。
私はそれとなく柔和に質問を投げかける。
「名前は。」
俯いたまま
「知らない。」
そうか、自分の名前さえ知らないのか。
多分歳も知らないのだろう。
「お前に名前を与えてやる。」
自信に満ち溢れた顔をして言う。
おそらく少女からしたらこの強情な男だとでも感じているだろう。
足を止め乾ききった地面に紅葉と書いてみた。
指には水を欲している土と土の欲望を肥大化させる冷ややかな風が触れる。
「なんだこの文字は。」
ひんやりとした石に腰を掛け私に問い掛ける。
「もみじだ。秋に紅くなる葉っぱだ。」
少女にとって与えられたという受動的な行動は初めてなのだろう。
周囲の雑草が一定のリズムで揺れているのに対して私達だけが不安定なリズムで動く。
「あ、ありがとう。」
少女の濁りきった目には少しの明るみが指し頬には紅葉と同じに紅くなり私と同じく緩んでいる。
寂しそうにさまよっていた冷ややかな風が立派に紅葉した紅葉と混ざり合う。
その瞬間私達の間に暖かみを纏った風が吹いてゆく。








しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

幼馴染の婚約者ともう1人の幼馴染

仏白目
恋愛
3人の子供達がいた、男の子リアムと2人の女の子アメリアとミア 家も近く家格も同じいつも一緒に遊び、仲良しだった、リアムとアメリアの両親は仲の良い友達どうし、自分達の子供を結婚させたいね、と意気投合し赤ちゃんの時に婚約者になった、それを知ったミア なんだかずるい!私だけ仲間外れだわと思っていた、私だって彼と婚約したかったと、親にごねてもそれは無理な話だよと言い聞かされた それじゃあ、結婚するまでは、リアムはミアのものね?そう、勝手に思い込んだミアは段々アメリアを邪魔者扱いをするようになって・・・ *作者ご都合主義の世界観のフィクションです

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...