メイクオフ後も愛してくれよ

Q矢(Q.➽)

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「いや、マジで無理」

 依人が彼氏達に振られるセリフは何時も判を押したように同じだった。





 25歳になった日の朝。
 出社準備前の平松 依人は、洗面所の鏡の前でおでこにできた吹き出物を見つけて溜息を吐いた。

(昨夜、ちゃんとケアして寝たのになぁ…)

 少し赤くなり、僅かに膨れたそこを、どう隠そうか。自然と眉間に皺が寄る。それに気づいて両手の中指と薬指を使って撫で伸ばしながら、どうにか夜迄には引っ込んでくれないものかと願う。細い一重の目を閉じて、昨夜の行動を反芻してみた。
 最近食事の油分は控えているし、食後にサプリメントも飲んだし、風呂上がりには化粧水から始まる肌の手入れをして、何時もより早目にベッドに入った。全ては今日の為。
 何せ今夜は、付き合って2ヶ月目の彼との初ベッドインになる予定だからだ。最後にセックスしたのは前彼に振られた日だったから、もう半年は間隔が開いている。
 今の彼は、前彼と別れたのを見透かしたようにアプローチしてきた取引先の営業マンだ。スラッと背が高くて、学生時代は水泳部のエースだったという、見るからに逆三角形筋肉質のナイスガイ。以前から仕事上では知り合いだったけど、まさか女子人気が高いと聞く彼が、同じ茨道を歩む人間だったとは。全くそんな素振りも雰囲気も無かったから、告白された時には驚いた。
 仕事関係の相手は別れた時に気不味くなりそうだからと敢えて避けてきたのに、あまりに熱心だったからつい絆されて頷いてしまった。何せ彼は顔が良い。
 その彼に2週間前、誕生日ディナーを予約したからと聞かされたあの日から、今日が最高の肌コンディションになるように整えてきた。昨夜はちょっと高いとっておきのシートマスク迄使った。
 肌さえ整えておけばメイク崩れも起こしにくい。万が一、メイクが落ちてしまったとしても、少しはマシに見てもらえるかもしれない。そんな気持ちで。


 依人は日頃から化粧をしている系の男子である。メイク歴は大学入学の少し前からだから、もう7年くらい。そこそこの職人と言える。ギリギリのキワに切れ長アイラインを手早く引くのだってお手の物。ハイライトを入れる数箇所の位置なんか、鏡無しだってちょちょいのちょいだ。
 カラコンはあくまで自然な13.8、カラーはナチュラルブラウン。20歳過ぎた男が不自然にでっかい瞳になってうるうるさせてても、ごく一部の物好きの支持しか得られない。依人の目指すところはあくまでも、ナチュラルクールビューティーなメンズだからだ。
 最近では韓流アイドル達の影響もあって、一般の男性の化粧も珍しくはなくなったけれど、依人が始めた頃は化粧してるのなんて芸能人以外ではバンドマンかホストくらいなものだった。少なくとも依人の周囲には、メイクしてる男性はいなかった。だから依人は、先ずは肌を整える為のスキンケアから始めた。
 依人のメイクは他のメイクと少し種類が違う。あきらかにのせているとわかるようなものではなく、やり過ぎ感の無い、絶妙なバランスで素地から良いのだと錯覚させる程のスーパーナチュラルメイク。
 素地から良いと思い込ませるのは、つまり至近距離で見た時の肌だ。素肌がファンデ要らずな程にきめ細かく美しければ、多少化粧が剥げても十分鑑賞に耐えられる。その為の入念な肌ケア。散々励んだ成果か、今では依人の肌は毛穴レスな輝く美肌に育った。後は、コンプレックスである目や鼻にピンポイントに緻密に技を施すだけ。因みに、今迄メイクをしていると見抜かれた事も無ければ指摘された事も無い。
 それが、7年かけて依人が得た依人だけの為のメイク技術だった。



 生まれた時から、依人の素顔は微妙だった。子供の頃は気づけなかったが、高校卒業時、とある事があってから過去を振り返り、それを認識したから間違いない。
 思い返してみれば、可愛いと社交辞令を言ってもらえたのは小学校低学年迄だった。4歳下に生まれた弟が父に似たクリッと大きな目で、誰が見ても可愛らしい子供だった為、周囲の関心は早々にそちらに独占されていた。が、幸いな事にそれで両親が兄弟を分け隔てする事は無く、依人も弟を可愛がっていた為、それが幼い依人のメンタルに傷を与えたとかそういう事は無かった。というか、依人自身、未だ幼過ぎてそんな事を気にしていなかった。

 徐々に問題が浮上してきたのは高校3年になってから。人並みの思春期を迎えていた依人は、寄りに寄って大学受験の歳に遅い初恋を迎えた。しかも相手はなんと、同じクラスのチャライケメン和泉君。
 何時かは自分にも来るだろうと思っていた初恋が、まさかの同性相手だった事は依人にとってもショックだった。それも、どう見ても依人とは相容れないタイプの人種だ。同じ世界に存在してる筈なのに、まるで異次元のような眩しい一団の中に、和泉は属している。何かの間違いではないか、これは憧れや行き過ぎた友情なのでは、と日々悶々と悩み、恋だと認める迄にはなかなか時間がかかった。
が、やっと認められた時には、卒業間近。
 依人は地元の大学、県外の有名私大に進学が決まっていた和泉とは進路が別れていて、それほど親しくもない彼とは、この先は姿を見る事すらかなわない。
 思い詰めた依人は、せめて気持ちだけは伝えたいと考えて、やめときゃ良いのに卒業式後の夜に和泉の家迄行って彼を呼び出した。そんなに言葉を交わした覚えも無かったクラスメートの突然の来訪に、明らかに怪訝そうな和泉君。
 だが、自分の気持ちでいっぱいいっぱいになっていた依人には、それを慮る余裕は無かった。

 数回の深呼吸の後、依人は告白した。

『僕、和泉君が好きでした』

 数秒後、言葉の意味を理解した和泉の目は見開かれ、次にはプッと吹き出した。

『え、嘘、マジ?』

 くくっ、と笑いを噛み殺しながら言う和泉に、依人は頷いた。
 男の自分が同じ男の和泉に告白するのだから、気持ち悪がられて玉砕覚悟だったとはいえ、そんなに笑われるとは思っていなかった依人は困惑していた。

 何がそんなにツボったのだろうか。

『平松って俺の事、好きだったんだぁ…』

 そんな風に、ニヤニヤしながら確認するように言われると、今更ながら羞恥に見舞われたが、依人はそれにもコクリと頷いた。
 和泉は、フーンと相槌を打ちながら、依人を上から下迄ジロジロ見て、最後に顔に視線を止めると、またブブッと吹き出した。
 
『いや、うん。そっかそっか。でも、ごめんな』

 まあ、想定していた結果だったから、依人は真摯に受け止める態勢に入った。
 そりゃそうだろう。同性からの告白なんて困るだけだろう。しかし、キモいとかの罵詈雑言を覚悟していたのに、何で和泉君は笑っているんだ?と若干不思議に思う依人に、和泉は思いもかけなかった言葉を告げた。

『いや、俺、結構男からも告白されるし、別にその辺に拘り無いからちょっとの間付き合った事もあるけどさ…、』

『えっ、そうだったの?』

 和泉の突然のカミングアウトに驚きを隠せない依人に、和泉は更に言った。

『だから平松からの告白に抵抗は無いっちゃ無いんだけど…』

 進学先が離れた関係でこないだ彼女と別れてフリーなのを知っていた依人はゴクリと唾を飲み込んだ。

 もしかして、頼めば思い出にキスの一つもしてもらえたりしないだろうか、なんて、あらぬ欲が頭をもたげてくる。


『いやでも、平松は…無いわ…』

 依人は息が止まった。ない。平松は無い。それって、男だから無いんじゃなくて、自分(依人)だから無いって事なのか。

『平松って、何か微妙ってか。そういう気が起こらない顔ってか…あはは』

『…微妙…』

『なんか、ごめんな。…ぷっ』

『……』

 その後、どうやって家に帰り着いたか覚えていない。
 ただ、ずっと頭の中に『微妙』『そういう気が起こらない』『無い』と言った和泉の言葉ばかりがリフレインしていたのだけは記憶にある。帰ってから依人は、ぼんやりと玄関横の姿見を見つめていたらしい。帰宅してきた父に声を掛けられて、よろよろと自分の部屋に入って行ったのだとは、翌日聞いた話だ。


 翌日、泣き腫らした目のまま出かけて行った依人が小遣い貯金を引き出して購入して来たのは、そこそこ大きめな卓上三面鏡と、ネットでおすすめされていて取り敢えず買った、全国何処のドラッグストアでもお求め易いお値段の植物由来の化粧水、眉を整える為の小さな鋏と毛抜きのセットだった。

 拒絶の理由が同性だからでは無く、顔だと言われた依人。泣いて泣いて、初めて自分の姿を直視せざるを得なくなった。美形ではないが、特別不細工だと思った事は無かった。根拠無く人並みだと思い込んでいたけれど、まさか笑われる程だったとは。
 依人を笑ったのが初恋相手の和泉でなければ、意に介さず流していたかもしれない。でも、和泉の口から恐らく悪気無く発された言葉の数々は、完膚無きまでに依人の心を撃ち砕いたのだ。
 そして、このままの自分では駄目なんだと現実を突きつけられた依人が頼ったのは、ネットの世界だった。

 その日から依人の、切実な迄の美の追求と技の研鑽の日々が始まったのだった。








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