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幸せだった誕生日の事 (玲side)
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今朝は冷えるな、と家を出て暫く歩いてから思った。
冬が近いんだ。
明日から通勤時には冬用コートが必要かもしれない。
冬が近づくと俺は何時もあの日を思い出す。
幸せだった、あの冬の一日。
奇しくも過去世でも今世でも、俺は同じ月日で生まれた。
その年の誕生日に彼が俺にくれたのは、上等な絹のハンカチだった。綺麗なイニシャル入りの、庶民の俺には分不相応な程の品だ。
嬉しかった。
けれど一方では、こんなに高価なもの、どうしたんだろうと俺は心配になった。
そうしたら彼は笑って言ったんだ。16の誕生日に贈る為に、コツコツ貯めてた金を使ったって。
彼の家は村の中では特に金持ちな訳でも貧しい訳でもなく、ごく普通の家だ。けれど、余裕があるという訳でもない筈だった。
だから彼は、小さい頃からよく村中のちょっとした手伝い仕事を引き受けては、手間賃を得ていた。
俺はそれは、単に自分の小遣いでも賄うか、家計を助けるかの為かと思っていた。
でも、違ったのか。
この為だったのか。
「純粋に、自分の働いた金で贈るって決めてたんだ。
16の誕生日に。
やっと貯まったから、半年前に街迄行った時に注文しといたのがこの間出来上がって」
彼はそう言って、照れながら手渡してくれた。
美しいハンカチだ。
上流階級では女性が男性に愛の証として贈るのだと聞いた事がある。嬉しかった。
その日からその素敵なプレゼントは、俺の命より大切なものになって、常に持ち歩いた。
それは様々な時にこっそりと取り出して眺める、心の支えだった。
誰にも見つからないように、奪われたりしないように、何時も肌近く懐にしのばせた、大切な彼の心の一部。
それがあったから耐えられたのだ、彼のいないあの日々を。
俺は結局、彼の訃報を受けて2年後に流行病で呆気なく命を落とした。元々の病のせいで免疫力が下がっていて、あっという間だった。
死の淵に立っても俺は嬉しさしか感じなかった。
これで彼に会える。
彼のくれたハンカチを握ったま ま死んだ筈の俺は、伝染病で命を落とした故にそのまま火葬されたか、村のはずれの墓地に埋められたのだろう。
俺の死体と共にあのハンカチも、俺と共に朽ちたのだと思う。
しかし実際は、死んだ後の世界は単なる魂の休息する場所に過ぎず、彼に会える事はなかった。だからこそ俺は、何度も人の世に戻らねばならなかったのだ。
そして、やっと今生で出会えた。
だというのに、再会した彼は、13歳になった今になっても俺に笑いかけてはくれない。
何故だろうと思った。
今生、彼は幼い内からとても落ち着いた子供だった。故に俺は、彼には記憶があるのでは、と何度も思い、その確信を持った事もあったのだ。
しかし、その後も彼の俺に対する態度はよそよそしいまま。記憶が無いにしても、赤ん坊の頃から馴染めばそれ相応の関係が築けるだろうと思っていた俺は理解出来なかった。
記憶があるからあるで、それなら余計に彼が俺に冷たくする理由がわからない。
いや、嘘だ。
一つだけ、心当たりが無いでもない。
しかしそれは、やむにやまれぬ事情があっての事だったし、それに…彼も亡くなってしまっていたから、彼が知る筈の無い事なのだ。
しかも今生きている彼に過去世の記憶が無いのなら、全く関係も無い事。
今の"彼"…マオは、俺が近寄ってもいくら話しかけても、何時迄も近づけない壁がある。
触れれば髪一本にでも拒否感を感じ、返ってくる言葉には温かみも感じられない。
そんな状態だから、マオの心の中で俺がどんな立ち位置なのか、どう思われているのかも掴めずに、もう既に13年。
生まれ変わって別人だからと言われてしまえば、そうだろうけどと返すしかないけれど、悲しい。
あの、優しい記憶があるから余計に悲しい。
俺に愛の全てを捧げてくれて、その証にくれた綺麗な白い布の記憶があるから、現状との落差にすごく落ち込む。
俺の気持ちは変わっていないのに、その他の全ては変わってしまったこの状況で、俺は彼の為に何が出来るんだろう。
もう求められても、いないのに。
今年ももうすぐ 俺の誕生日が来る。
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