偽装で良いって言われても

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まさか、母さんがそんな壮絶な体験をしていたとは…。
道理で周りの同級生達の母親達より若い筈だわ。

俺は申し訳なくなった。
俺達が腹に宿らなければ、母さんはきっと予定通り大学に行けて、仕事について、恋人が出来たり番が出来たり、或いは独身かもしれないけれど、取り敢えずは普通の人生を歩めたんだろうと思う。
俺達の父親って奴が、緩い下半身で屑みたいな所業をしたせいで、母さんはほんの16、17の頃からしなくても良い苦労をしなければならなかった。
あのまま父親である‪α‬の元に居ればそんな苦労は無かったのかもしれないけど、気持ちの無い、なんなら憎い相手を身に受け入れ続けなければならない嫌悪感は察して余りある。想像するだけで鳥肌が立つ。なんならそんな糞性犯罪者が父親って事に、涙と吐き気が止まらない。

泣きながら嘔吐く俺の背中をさすってくれながら、八束は母さんに言った。

『母さん。ありがとう。俺達を堕ろさずに、ここ迄育ててくれて。』

それは、嘔吐いて言葉を出せない俺も、母さんに言いたかった言葉だったから、俺もうんうんと頷いて母さんを見た。
母さんは目にたくさん涙を溜めていた。母さんは気丈で、何にも動じない人だと思っていた俺はすごくビックリした。

『ばかやろ。そんなもん、当たり前だろうが…。』

泣きながら笑った母さんの顔は、何だか高校生くらいに見えた。


そんな感じで八束プロデュースで明かされた俺達の出生の秘密だった訳だが、俺は複雑な思いだった。
何だか自分が汚い存在みたいな気がして仕方ない。それで一時期は拒食症になってしまい、八束と母さんを心配させた。
 

『僕が無理に母さんに聞き出したからだな。ごめん、兄さん。』

ある時、一緒に風呂に入った八束は、湯船の中でガリガリになった俺の肩や背中を撫でて、眉を下げた。
俺はぼんやりと八束の顔を見た。日頃、母さんに似て気丈…というより、めちゃクールな八束が、あの日の母さんのように目にいっぱい涙を溜めているのに気づいて、ハッとした。

八束だって同じだ。
俺達は双子で、あの事を知って傷ついたのは八束だって同じ筈だった。
俺は、俺だけが傷ついたみたいにこんな風になって、一体何なんだ。

俺は目が覚めたような気分だった。
八束だって辛くて、それに俺達なんかより母さんはもっと傷ついた。それでも俺達を産んで、手放さずに育てて、愛してくれた。母さんの苦労に比べたら、俺の感じてる辛さなんてミジンコみたいなものだ。

俺は泣いている八束に抱きついた。
ごめんな、八束。俺の大事な弟。俺、お前に甘えてた。
お前は強いからって、どっかにあった。俺、兄ちゃんなのにカッコ悪い。守られてばっかで情けない。

しゃくり上げながらそう言ったら、いやそれは今更だけどさ、と真顔で言われる。
なんかごめんね…。

でもそれで涙が二人とも止まって、何時ものように啄むようなキスをして、それがどんどん深くなって気持ち良くなってきた所で、勃ってきたチンコを八束に扱かれて、声をあげながらイッた。八束の手業、俺の弱いとこ絶妙に攻めてくるから俺は何時も直ぐにイく。

小さい頃から母さんは俺達を育てる為に仕事で忙しかった。引越しも多かった。だから俺達にはお互いしかいなくて、お互いしか好きじゃない。‪
そんな俺達だから、当然の成り行きというか、何時の頃からか戯れは性的なものになっていた。
母さんを悲しませたくないから絶対に言えないけど、出来れば一生、八束と二人で生きていきたいし、‪α‬となんてセックスもしたくないし番にもなりたくない。
何度か見た事のある‪α‬達は皆デカくて怖かったし、俺達を舐めるように見るあの視線と、ナチュラルな圧も本当に受け付けない。
父親の話を聞いてから、‪α‬に対するそんな嫌悪感は更に強固なものになった。
俺はセックスするのは八束だけで良いし、同性のΩ同士じゃ子供は出来ないけど、兄弟で出来ても困るからそれで良い。
『大丈夫、ここ十年くらいで抑制剤も質が向上したから、二人ならヒートくらい乗り切れるよ。』

八束はそう言ってくれた。
だから俺達は大丈夫。Ωでも二人で生きていけるんだ。


風呂で八束の涙を見た日から、俺の惰弱なメンタルは徐々に持ち直した。
少しずつ食事を取れるようになって、バイト探そうかなって気にもなってきた。
俺がウダウダしてる間にも、八束は勉強を頑張ってて、俺の面倒を見てくれながらも、大学にも合格して通い始めていた。流石だ。
俺は何とか高校は卒業したものの、その後はずっと家に篭もりっぱなしでどんどん拒食で病んでって、本来なら行こうと思ってた専門学校にも入学出来なかった。
八束は、自分があんな時期に母さんに詰め寄って聞き出したからだと何度も謝ってくれたけど、八束のせいじゃない。18にもなって受け止められない、弱い俺が悪い。だって母さんは俺の年には辛い経験を乗り越えて俺達を産んだ。なのにそれを聞いただけの俺がこんなに弱るなんて。

俺は体調と体重が戻ってきたのを見計らって、バイトを探した。学校に行ってないんだから、仕事くらいしないと。
母さんは八束と同じで、自分が話したせいだと責任を感じているみたいでうるさくは言わないし、八束も『将来的には僕が養うから無理しなくて大丈夫。』って言ってくれるけど、曲がりなりにも成人した男がそんな訳にはいかないじゃない?
そりゃ八束と一緒には暮らすけど、八束が大学を卒業して就職する迄には未だ4年あるからな。
せめて自分の食い扶持くらいは稼がねば。そう考えて、俺はバイトを探した。
まぁ、俺みたいな貧弱で体力の無いΩに出来るバイトなんて本当に少なくて、結局近所の料理教室がアシスタントを募集しているのに運良く採用が決まった。
しかもバイトじゃなくて一応本採用。ま、その料理教室の主催さんが母さんの知り合いって事も大いにあるんだけど…。
そして働き始めて2年程過ぎて、俺と八束が20歳になった今年。
どういう訳だか俺達のような庶民とは無縁の筈のセレブ・‪α‬一族として有名な高木家からの婚約の申し入れがきたのだった。

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