人生2度目に愛した人は奪われた番の息子でした

Q矢(Q.➽)

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16 村上 和志は慧眼である

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リビングのドアを入ると、南井は村上に抱きしめられた。
 心地良い、少し高めの体温と、何時に無く速い鼓動。僅かな汗の匂い。

村上は緊張しているのか。
それとも、本当にスマホを忘れた事に気づいて急いで取って返して来た所為か。

(…酷な事をしてしまったな。)

わざとでも、そうでなくとも、南井には村上を揶揄する気は無い。もしこれが泊まる口実だったとしても、この初心な青年はきっと、悩んで悩んで頭を巡らせて、ドキドキしながら決行したのだろう。
そういうところが愛おしいと思ってしまう辺り、自分もなかなか彼に嵌ってしまっていると南井は自嘲する。
可愛いと思っているから、自分で事足りるというのならセックスの相手をするくらいの事は何時でも甘えてくれて構わないと思っている。
恋人ごっこは既に了承して、おままごとのような清いお付き合いとはいえ、実際2ヶ月も一緒にいるのだから。
番になる事さえ、勘弁してくれるのならば…。

若い村上に、気後れしている自覚はあった。
南井は彼を愛しく思っている反面、恐ろしくも思っている。

村上に…、

もし今、村上に自分の全てを差し出して、飽きた彼に捨てられて出涸らしになった未来の自分が、南井には見えているのだ。
今はこんなに南井に夢中でいてくれても、人は変わる。
若いとはそういう事だ。

かつてのあの男がそうだったように。

だから体は明け渡しても、心の全てはやれない。


南井は這いずり出てきそうな記憶を打ち消すように目を伏せた。
もう必要のない記憶だ。
今は目の前のこの青年だけを見つめていれば良い。

静かに互いの吐息だけが聴こえる空間。


「南井さんは、僕を信じてくれてないよね…。」

不意に、村上がそう呟き、あまりにタイムリー過ぎるその言葉に、南井はドキリとした。今考えていた事を、見透かされたのかと思って。

「…そんな事はない、よ…。」

「僕が、何故あれから今日迄キスだけで我慢していたと思ってるんですか?」

話の流れが読めず、南井は答えられなかった。

純情故に言えなかっただけだと思っていたが、違ったのだろうか。

南井は村上の腕の中で、まじまじと彼を見上げた。

「…何故かな。」

村上は、そんな南井を再び抱きしめて、切なそうに息を吐く。

「信じて欲しいからです。僕は、本当に貴方が好きなんです。」

「うん、ありがとう。」

それはわかっている。村上の眼差し、仕草、声、南井を守ろうとする手。
体中で恋慕を訴えてくるし、言葉もくれるのだから、自惚れようもなく、疑いようもなく。
只、それが長く続くものでは無いと、南井が知っているだけで。

「僕が、歳下だからですか。だから、信じてくれないの?」

「……村上君…。」

抱きしめる腕の力は強くなり、南井は惑う。

「僕は貴方の体だけが、今だけが欲しいんじゃないんです。貴方の未来ごと欲しい。
今の綺麗な貴方も、綺麗なだけじゃない貴方も、全部、全部。」

「……。」

涙が出そうだった

見向きもせずに捨てられてボロ切れのようになった自分。そんなケチのついたΩなんか誰にも欲っされないと、そう思って生きてきた。
幼馴染みが南井の手を振り切り、運命に向かって走って行ってしまったあの日からずっと。

「僕は確かに義希さんよりずっと子供です。
でも、今しか考えられない程に子供な訳ではないです。」

「…うん。」

「義希さんの過去に、何かとても辛い事があったんだろうな、とは…何となく、わかります。」

「……君は全部お見通しなんだな。」

村上の胸に頬を埋めて、そう答えた。

「義希さんの過去にあった事は、きっと貴方をとても傷つけたんだね。 
長い時間、ひとりでいるのを選ぶくらい。」

「……。」

南井は村上に、自分の過去を語った事は無かった。それでも、敏い彼にはわかったのだろう。
一時は体も魂も繋いだ番でさえも、慮ってはくれなかったのに。

塞がらない傷を、人を呪う事を覚えてしまった醜い心を、誰にも見られまいと覆い隠し、過剰な防御を張り。人を寄せ付けず、しかしそれを悟られまいと、顔には笑顔を張り付けて。

そうして誰も信じず、罅割れた心を守って20年もの時をひとりで過ごした。寂しさにだって慣れていた。

君に会う迄は。


「僕は、置いていかないから。
何があっても、貴方を一人になんか、しない。」

村上の言葉に、南井の涙腺はとうとう決壊した。それは、幼馴染みの背中を見送ったあの日からずっと、南井が求めていた言葉だ。

村上の背中に腕を回して、抱き締め返した。その胸に顔を押し付けて、シャツを濡らしてぐしょぐしょに泣いた。
こんな歳になってこんなに激しく泣く事があるなんて思わなかった。

そして嗚咽する南井の細い背中を、村上の手は優しく撫でた。

「信じて欲しいです。
僕は絶対に、貴方から離れないから。」

穏やかな甘い声が耳元で鼓膜を揺らすから、南井はますます涙が止まらなくなる。


信じて良いのか、彼を。
信じて良いのか、君を。


今、南井の心は激しく揺れている。

もし、この先 新たに傷を負ったら、それを癒す力は 南井にはもう、残されてはいないから。







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