人生2度目に愛した人は奪われた番の息子でした

Q矢(Q.➽)

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26 村上 陽司は唇を噛む。



(どういう事なんだ…。)

妻の墓前に取り残された陽司は激しく混乱していた。



久しぶりに墓参りに来たのだ。ここ何年も忙しさにかまけて、なかなか参る事が出来なかったから。妻の事を愛していたからと言うより、心情的には罪悪感や罪滅ぼしに近い。後先考えず身勝手に衝動的に生きていたあの頃の自分。妻はその犠牲者だった。

Ωはヒートを起こしてしまえば自分自身から出る匂いのコントロールは利かない。理性だって。
だからこそα側の忍耐力と良識が問われるのだ。αが未熟だと、不幸になるΩが量産されてしまうから。
よって、αとΩの番契約は、成人になる18歳以上からを推奨されている。にも関わらず、若くて抑制される事が嫌いだった陽司は、それを無視した。
結果、2人もΩを不幸に追い込んだ。
陽司は自分の事を、αとは名ばかりの、欠陥人間だと思っている。



妻の墓に柄杓で水をかけ、埃や汚れを流す。あまり汚れてもいなかったから、つい最近にでも義両親が来たのかも知れなかった。義両親には嫌われているし、妻亡き今となっては息子の和志を介して繋がりのある程度だが、和志が大学卒業の頃にはそれも無くなるだろう。
教育費や養育費の振込みを終了するからだ。後は和志本人が、父親である陽司との交流をどれ程望むかという所だが、今迄の陽司の和志に対する接し方を鑑みれば、和志にその気が無くても文句は言えない。
陽司は変わらず、和志に関わらず、お荷物にならずを心掛けていくだけだ。
只々、和志から母親を奪う事になってしまった事への罪滅ぼしや、親としての最低限の責任を果たすだけ。陽司を見放しながらも、経済的には支えてくれた陽司の父のように。
父とは違って、陽司は父親にすらなり切れない駄目人間だったけれど、それでも和志には幸せになって欲しいと願っている。


和志は義父母の元で教育されたお陰か、陽司には見た目も中身も全く似ずに育った。和志は妻の父である義父に似ている。気性も真っ直ぐで、性質も温和で優しい。思慮深く、賢く、実にαらしいαに育った。
その上、異性関係を含む色事にあまり興味を示さない。本当に陽司の要素が何処ひとつも無い。
小さな頃は目や口が似ていると言われたものだが、成長と共にそれも変わっていった。


あらかた流し終わった妻の墓前に花を供え、手を合わせる。

「美波、ごめんな。」

生前の妻とは腹を割って話した事は無かったが、物言わぬ墓石相手だと気兼ねなく謝罪の言葉も口に出来る。本当に勝手なものだなと思っていると、聞きなれた声がした。


「父さん?」

和志の声だ、と顔を上げて声のした方を見ると、やはりそこには長身をグレーのコートに包んだ息子の和志が、手桶と花を手に立っていた。しかも一人ではなく、後ろに連れを伴っている。

すらりと細身の、男性のようだった。和志の肩越しに見える淡い栗色の髪に既視感を感じる。

「何だ、来たのか 和志。」

立ち上がってそう言うと、和志は伴ってきた男性の横に立ち、彼を紹介した。

「父さん、こちら、南井 義希さん。
今度 番になる予定の、僕の恋人。」


そう言われて、全体的な雰囲気が落ち着いていて、和志より少し歳上に見えるその男性が、会釈した後顔を上げた。細面の白い顔。

「南井です、よろしくお願いいたします。」


南井…。南井、義希…。


忘れる事の出来なかった、その名。その顔。

驚愕に満ちて、青ざめて、目を見開いている華奢なその男を、陽司は知っている。
あの少年の頃の柔らかさの残る頬ではとうになくなり、憂いをのせた表情になって、すっかり大人になっているが、面影は濃く残っている。
記憶の中よりもずっと美しいその姿。



陽司があの日、その細い指を振り切った元・番。

彼は自分が何をしたって何時でも待っていてくれると思い込んでいた。
番はキープなんかしておける訳じゃないのに、他を選べばもう戻る事なんか出来ない事なんか知っていたのに、陽司は彼の目の前で、運命の番の匂いを選んだのだ。
それが、二度と顔も見られなくなるような別れになるなんて考えもせずに。


青ざめて崩折れるように倒れた南井を、和志が抱き留めた。そして、思わず駆け寄ろうとした陽司を片手で制し、和志は言った。


「この人に触れないで。」


冷たく固く、重い、圧を含んだαの声だった。
それに耐えられず、たじろいでしまった陽司との力関係はこの時決した。

父子だというのに、αとしての優劣の残酷さを突きつけられ、陽司は唇を噛んだ。

知っていた。和志は陽司よりも数ランク上位のαだ。
和志は陽司よりも妻に、義父によく似ている。


「まさか、貴方だったなんて…。」

平坦な声に、どきりとした。
和志は知っているのだろうか。 
南井の身に起きた事を。  
勘が鋭い和志の事だ。
きっとさっきの僅かな遣り取りだけで、陽司が南井の相手だった事に、和志は気づいたに違いない。

聞いたに決まっている。
 
さっき、和志は南井の事を、番の相手なのだと言ったのだから。

子供の頃から真面目だった南井が、そんな事を黙ったまま誰かと番になるとは思えなかった。

という事は、この20年、南井は独り身だったという事なのか。


(俺のせいか…。)

Ωの身で、伴侶も持たず、一人で生きて来たのか。

「後程、連絡します。」

和志は南井を抱き上げて去り、陽司だけが霊園に残された。


己の罪の深さを断罪され、向き合わねばならない時が来てしまったのだと、陽司はひとり、拳を握り締めた。













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