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11 教えてほしい(隆慶side)

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 何故ユウリンを召したのか。
 
 それに答えるのは、とても簡単でいて少し難しい。
 
 僕は少し考え込んだ。
 
 たまたま肘をぶつけてばら撒いてしまったのが、後宮から上がってきていたものを放置していた書類だった。散らばったそれらの中で、たまたま目に入ったのがユウリンのもので、それに一目惚れした。それがユウリンのものでなければ、僕は気を惹かれる事も無く、そのまま拾い集めた書類を元通りに直して終わっただろう。それを考えれば、正直、運命を感じたからだと言ってしまいたい。
 でもそれではあまりに陳腐過ぎるだろうか。運命だなんて使い古された言葉を、タダでさえダサいが口にしてしまうと余計に格好悪く思われてしまいそうだ。
 思案した末、変に取り繕わず、あの時感じた素直な気持ちを話す事にした。

「そなたが…そなただけがとても、きらめいて見えて…」

「え…」

 「美しいのは、此処に来るからには皆そうなのだろうが…そなたはそれだけではなくて…寂しげと言うのか、儚げというのか…。いや、何と言えば良いのだろうか、言葉がみつからない」
 
 そう言ってしまってから、少し恥ずかしくなった。こんな言葉こそ、これだけ美しいユウリンなら聞き飽きるほど聞かされているだろうにと後悔した。本当に僕って奴は、気の利いた言葉ひとつ出てはこない。
 自己嫌悪に頭を抱えそうになりながらもユウリンの様子を窺うと、薄明かりの下でもわかるほど顔を赤くして膝の上に置いた手をもじもじしている。
 
 (…ん?あれ…照れている?)

 意外な反応だった。
 一目惚れしておいて何なのだが、自ら志願して後宮に来るくらいなのだからもっと褒めそやされる事に慣れた自信家か、男慣れしたタイプかと思っていた。なのに、何なのだその羞いは。…は、もしや演技…?

 しかし赤くなって目をうろうろと泳がせているユウリンを見ていると、とても演技には見えなかった。
 本気で僕なんかの言葉に照れてくれているのか。だとしたら、これは好感触といえるのでは?少なくともミツクニとはこんな風になった事はなかった。

 ユウリンの反応に勇気を得た僕は、一生懸命に気持ちを伝えてみた。すぐにユウリンとどうこうなりたい訳ではなく、話してみて、親しくなりたいと。
 
 僕は、今度こそ好きな人に僕を好きになってほしいのだ。

 冴えない男でしかない僕が綺麗な彼にそんな事を望むのは不相応だと思われるかもしれないが、幸い僕には他にアピールポイントがある。見た目はイマイチでも、財力はあるしなんたって皇帝だから、大抵のワガママには答えられると思う。でも出来る事なら僕は、そんな物質的な部分だけじゃなく、タダの人間である僕の事も好きになってほしい。
 僕だけを見てくれるなら、一生愛する自信があるし、全力で幸せにする。
 でもそうなってもらうには、ミツクニの時のように押せ押せではいけないのだ。ゆっくりゆっくり、僕がそう悪くない男だと知ってもらわなければ。

 僕は、目の前のユウリンをじっと見つめた、のだが…。
 
 よく目を凝らせば、ユウリンの纏っている夜着は何故だかとても薄かった。他の肌部分より色付いている胸の突起が透けて見えているのに気づき、僕は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
 …いやいやダメだ、そんな即物的な事では!

 僕は気を散らすように髪をかき上げながら、わしゃわしゃと頭を搔いた。
 なんだかとてもユウリンを抱きしめたくてたまらない。何処か寂しげに見える綺麗な顔、夜着越しにもわかるすんなりと華奢な体、僕に嫌悪のひとつも見せない優しい雰囲気と声、それから、嗅いだ事のないほど馨しい香り。
 他のオメガに会った事が無い訳じゃない。寧ろ、バース検査でアルファと確定が出るずっと前から、僕の嗅覚はオメガの匂いを嗅ぎ取れていた。

 僕が中等部に上がる前まで住んでいた東宮は、両後宮の間に位置していて、10歳を迎えるまでは僕は祖父の後宮にも出入り自由だったから、シュウメイの部屋を訪ねて行く途中で会った他の側室達にもよく挨拶をされた。後宮は女性とオメガだけが住める場所だ。祖父の側室にも、シュウメイの他にもう少し年嵩のオメガ男性も、女性も居た。
 皇族のアルファには、既に番が居ても、他のオメガが望めば彼ら彼女らを仮の番にする噛み跡を付ける事ができる特殊な力がある。それは偽似印と呼ばれているのだが、それがある事によりそのオメガ達はヒートの苦しみから解放されるのだ。
 しかしそれは、本人がその皇族アルファとの別れを選び、互いに納得する事で解除する事ができ、通常の番解除のような後遺症も残らない。だから入内するオメガ達の殆どが、偽似印を望んだ。だが中には、シュウメイのようにそれを望まない者も居た。その辺は個人の持つ事情なのだろうが…。
 
 何が言いたいのかというと、そういった偽似印無しのオメガの匂いを、僕は幼い頃から嗅ぎ慣れていたという事だ。

 中等部に上がって、クラスメイト達の中の数人からオメガの放つ独特の匂いを嗅ぎ取った。高等部では、抑制剤で抑え込まれた微量の匂いですら、わかった。僕はどうやら、他のアルファ達よりも嗅覚が優れているらしい。
 だが、そうして知った数々のオメガフェロモンは殆どが不快なものだった。唯一、シュウメイは例外で、可もなく不可もない薄い洗剤のような匂いだった。ベータであるミツクニには、単なる体臭しか感じなかった。

 だから、ユウリンに会って、こんなにも良い香りのオメガが存在する事に驚いた。
 香り。これはまさに香りだ。匂いではなく、"香り"。とても清廉で、なのに甘く誘惑してくる、初夏に咲く白い花の香り。

 鼻腔から入ってくるその香りに、僕の脳髄は蕩かされてしまうようだ。

 僕はユウリンに近寄り、彼の細い指を覆い隠すように自分の手を重ねた。


「俺に、色々教えてほしい、ユウリン」

 
 そう、教えてくれ、君の全てを。





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