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25 ヒートの後はほぼ屍
窓のロールスクリーンが4日ぶりに上げられ、部屋の中が自然光で明るく照らされた。数日ぶりに瞼に感じる眩しさに、俺はベッドの上で眉を顰めた。目が…目が開けられんよ!!
「うぅ~ん…?」
自分の口からお年寄りみたいな前代未聞の嗄れ声が出た事に内心で軽く引いてると、軽い足音が近づいてきた。影がさして眩しかったのが緩和される。そして、耳に馴染んだ声が聞こえた。
「おめでとうございます、御番(みつがい)様」
「…あ、侍女ちゃんか。おはよ…ありがと?(…みつ…?)」
そう。ロールスクリーンを開けたのは、俺のお世話係の侍女ちゃんだった。未だに夢現から覚醒し切らない俺はぼんやりと返事をしたけど…すぐに呼ばれ方が違う事に気がついた。そっか、俺、とうとう陛下と番になったんだ。今までご側室様とかユウリン様とかだったのに、番になったら御番様なんて呼ばれるようになるのか。陛下に永久就職成功~。父さん母さん、俺はやったぜ。
嬉しさにニヤけていると、重かった瞼が少しずつ開けられるようになってきて、逆光になってる侍女ちゃんの表情もハッキリ見えるようになってきた。わあ、すっごい笑顔。
「へいか、は?」
何となく照れ臭くなって、周りを見回しながらそう聞いてみると、すぐに答えが返ってくる。
「明け方本宮にお戻りになられました。御番様はもう少し寝かせてからお食事をさせるようにと仰られて」
「…お疲れのご様子じゃなかった?」
「まあ、何時もよりは、多少?」
ちょっぴり首を傾げながらの侍女ちゃんの答えに驚愕。え、俺が指にすら力が入らないくらい脱力して疲労困憊なのに、陛下は何時もよりは多少?なのか。実際、起きて自力で歩いて帰ってるんだもんな。やっぱりオメガやベータとは、基本の体力値から違うわ。
「午前中は大学に顔を出されるそうでございます。午後は執務室に篭られるとの事で。今夜から数日は、ゆっくり静養されるようにと。後ほどご連絡なさるとも仰っておられました」
「そっか…」
さ、さっそく学業に仕事とな。皇帝って大変なんだなあ。いくらタフでも、数日間のヒートをこなして全く消耗してないとは思えないから俺は少し心配になる。陛下にも静養が必要では?あれだけ精力使ったのに。…すっごかったな。
めくるめく愛欲のヒート期間。その記憶を断片的に思い出していると、徐々に頭の中の霧が晴れてきた。それに伴って、更なる気まずい事実に気がついてしまう俺。後宮の空調システムは完璧、空気清浄機も365日フル稼働。使用人達は全員ベータだから、ヒートフェロモンの残臭も感知はしない筈だ。でも…単純に3日間ヤり狂って俺の精液と2人分の汗が染み込んだ寝具の臭いは、わかっちゃうのでは?
俺は真顔になって侍女ちゃんを見た。自分より歳下の女の子に、そんな物を片付けさせてしまう事になる罪悪感…。だって普段の夜伽の後とは汚れ方が段違いなんよ。しかし俺の危惧をよそに、当の侍女ちゃん本人は朱色の着物の袖を白い紐で慣れた手つきで襷掛けにして、ベッドメイクへの闘志を滲ませている様子。その表情には1ミリの躊躇も見えない。こりゃプロフェッショナルの顔ですわ。
「お体がお辛いでしょうけど、少しの間だけカウチにおいでいただけると助かります。サッと済ませちゃいますのでね、サッと」
「…うん、ヨロシクネ…」
「移られるお手伝いをいたします」
侍女ちゃんに肩を借りながら、俺はベッドから5mほど離れた窓辺に置いてあるカウチソファに移動して腰を下ろした。横になるか聞かれたけど、一旦そうしてしまったらベッドに戻る時に起き上がるのがしんどいだろうと思って、座って待つ事にしたのだ。侍女ちゃんは、俺が座って景色に目をやるのを見ると、すぐにベッドへと戻っていった。そうして俺が街並みや遠くの山を眺めてウトウトしていたものの数分の間に、侍女ちゃんは乱れに乱れた布団やシーツを取り払い、新しいものに交換してしまった。疲れから居眠りしていた俺はすぐに起こされて、また肩を借りてベッドに戻された。ピンと張ったシーツはいつ見ても見事な仕事っぷりだと感心してしまう。
「もう間もなくお昼です。お食事をお持ちいたしますが、お召し上がりになれそうですか?」
ベッドに入り、静かに仰向けに寝た俺に侍女ちゃんが布団を掛けてくれながら言うから、俺は布団の中、右手で胃から腹の辺りをさすってみた。うーん…よくわからん。数日間、水分はともかく固形物は口にしてなくて体は飢餓状態の筈なのに、何だか妙に腹が張ってる感じがあって、腹が減ってるのかイマイチわからないんだよな。だからそれを素直に答えた。
「…わかんない」
侍女ちゃんは少しだけ困ったような顔をした。
「とりあえず、胃に負担のかからないものから徐々にお出しいたしますので、少しずつでも召し上がってくださいね」
「がんばる…」
胃に負担のかからないものと聞いて、ゆるゆるの白粥とかだろう、と推測。それくらいなら、口にしてみたら食べられるかもしれない。とにかく早目に回復して、侍女ちゃんに心配かけないようにしないと。
「あ、それから」
汚れ物を入れたランドリーバスケットを抱えながら部屋の出入口ドアに向かっていた侍女ちゃんが、何かに気づいたように足を止めて振り返って言う。
「2時に高梨ドクターが診療にいらっしゃるそうです」
「高梨先生が?」
高梨医師と聞いて、ヒート前に手渡された薬の事が頭を過ぎった。
番が成立した後から、陛下の攻めは箍が外れたように激しくなり、虚弱ではないけど貧弱な俺の体はすぐに音を上げかけた。水分補給の為のペットボトルすら握れないほどに。そんな俺の口に、毎朝陛下がカプセルを放り込み、水を口移しで流し込んでくれたのだ。すると不思議な事に、服用して15分もすると体が回復して、それを確認した陛下は再びセックスを続行、という流れ。どうやらあの薬は、俺が思った通り精力剤でもあり、早急に体力を回復させる滋養強壮剤でもあったらしい。高梨医師は、陛下が普通のアルファとは桁違いの体力の持ち主だと知っていて、そんな陛下とのヒートセックスに俺が耐えられるようにとあの薬を処方してくれたんだろう。流石はバース専門医。こういった事例は散々知っていて先手を打ってくれたんだな。あのカプセルが無きゃ、俺は今頃病院送りだったかもしれない。
よく礼を言わないと。
「そっか、ありがとう」
俺の返事に侍女ちゃんはぺこりとお辞儀をして、部屋を出て行った。
その後にワゴンで運ばれてきた食事は予想を上回り、米粒すら確認できない、いわゆる重湯というものだった。ゆるい粥を更にゆるく作って更に濾したみたいなやつ。でも俺は文句を言わず、出されたそれを、ゆっくり平らげた。そういうのから胃を慣らして行くんだろう。あと、何より久しぶりの食べ物(ほぼ液体だけど…)だったからか、何かこう…ありがたいような新鮮な気持ちになった。
そして、食後の茶を飲んで一息ついた頃に高梨医師がやってきた。
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