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26 高梨センセーが来た!
何時になく緊張した面持ちで現れた高梨医師は今日も白衣が映えるイケおじっぷりだ。彼は、侍女ちゃんが診察用にとベッドの横に移動させていたテーブルに診察鞄を置き、その横の椅子に掛けるよりも先に俺のうなじの噛み跡を確認した。
「ああ、やっぱり真印ですねえ」
「真印?」
少し伸びた襟足の髪をそっと指で上げて、興味深そうにしげしげと観察しながら言う高梨医師。俺はその言葉を脳内検索する為に、まだぼんやりしている脳みそを何とか回転させる。えっと、確か…。
すんごくファンタジーな話になるが、神の末裔と言われている皇族は、正規の番の他のオメガにも偽似印を付けるなんて力技が使えるという。最初からそうじゃなかったらしいけど、何時の頃からかそうなったと。理由は多分、より良い生殖行為の為なんじゃないかと言われてる。たとえ"偽"だとしても、番を結んでからの方が、アルファが産まれる確率が上がるから。
この現代に唯一の皇室を戴く我が国の皇族は、国家の安寧と国益の為にその血を繋いでいく義務があるとされている。最上貴種のアルファを生み出す為に後宮に何人ものオメガを囲い込み、アルファの出生確率を上げるしかなかった。偽似印は、皇族の血が絶えてしまう事に対する危機意識とか防衛本能の結果なのかもしれない。俺としては、こんな時代にもなってこんなの、超時代錯誤だと思うんだけど…その慣習が生きてるのにも、きっと理由があるんだろうなとも思う。
巷では、皇帝は後宮なんてハーレム作ってて、皇族は愛人何人囲っても取り沙汰されないの羨ましいな~なんて言われてたりするけど、実際はそんなお気楽なものじゃなかったんだって今ならわかる。皇帝の子供が生まれなかったり、生まれても育たなかった時の為に、皇族の中にも次代の皇位を継ぐ為の存在が必要だったんだろう、と。高貴な方々も難儀だなー。
で、ここからが大事なんだけど、偽印は何時でも解除出来るけど、真印はそうじゃないんだそうだ。真印は生涯を共にすると決めた相手だけに印されるもので、皇族の血の持つ力ゆえに通常の番契約よりも更に強固。そして、御番様という名で呼ばれるのも、真印持ちただ一人なのだ。
それを思い出して、やっぱり陛下は俺に本気なんだな~とにんまり口角が上がってしまう俺。嬉しい。
「まあ、日頃のご寵愛ぶりからしてそうなるだろうと思ってはいました。ご側室の中から御番様が出るのは珍しい事ではありませんしね。番は理屈ではありませんから…。本当におめでとうございます」
そう言うと高梨医師は姿勢を正して立ち、腰を折って深々と頭を下げ、祝いの言葉を述べてくれた。俺はその言葉を受けて、『ありがとうございます』と口にしながら、確かにそうだなと思った。そうだな、番は理屈じゃない。だって、そうだろ?身分も立場も違う、普通に生きてりゃ一生接点すら無かった筈の陛下と俺が、こうして出会って惹かれ合って、とうとう番にまでなったんだから。
それから高梨医師は、鬱血と手指の痕だらけの俺の体を、今までより更に丁寧に恭しく俺の診察をしてくれた。羞恥心でいたたまれない気分でやり過ごす。見苦しくてゴメン。
「想定していた以上に体力を消耗されておられますね」
聴診器を外して、落としていた視線を上げた高梨医師は、溜息混じりにそう言った。
「お二人の体格差と体力値を鑑みて特別に処方したつもりだったのですが…全くお役に立てなかったようで…」
申し訳なさそうに目を伏せてしまった高梨医師に、俺は首を振った。
「いえ、先生、それは違います。寧ろあの薬のお陰で俺はこうしてここに居ます。ありがとうございます」
相変わらず嗄れ声しか出ないけど、誤解を解く為に精一杯喋る。いやマジだからね。だって、考えてみてほしい。いくらヒートだからって、殆ど物を口にせず三日三晩激しく突かれ揺さぶられ続けるという状況を。普通に死んじゃうゾ☆
窓から見える空を見ながら渇いた笑いを浮かべた俺に全てを察したのか、高梨医師は神妙な顔でこう答えてくれた。
「…ごしゅ……ご無事で何よりです…」
今、ご愁傷さまって言いかけなかった??
しかし俺は敢えて突っ込まずに頷いた。高梨医師の立場だったら、俺も同じ感想を持つとわかるからだ。
陛下は超絶倫過ぎたんだなぁ~…。
「あ、そうだ」
めくるめくというか、ところどころ苦行めいた記憶の断片に思いを馳せていた俺は、気になっていた事を聞かねばと思い出した。
「あの、先生」
「何か気になる事でも?」
「何だかお腹がすごく張ってて、胃もちょっと…。だからイマイチ食欲が無いんです。薬か何かの副作用とかってないですか?」
俺の質問に、高梨医師はパッと微笑みながら答えた。
「ああ、それはあれですね、陛下のお子種ですね」
「おこだね?」
「精液です。三日分ですし、まだ吸収が追いついてないんでしょうね。何せ陛下、お若いですから」
「精液…」
「時間経過で元に戻っていきますよ。腹部膨張感も徐々に消えて行く筈です。じきに食欲も戻られるでしょう」
そっか、なるほど。陛下の…。
俺が無知だっただけか。アルファとヒートを過ごすのが初めてだったから、アルファの精液量を舐めていたって事だな。
謎が解けた俺は、ふっと鼻先で笑って、また窓の外を見た。空が青い。
俺…体、持つかなあ…。
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