6 / 86
6
グリズリー。日本で言うと、ハイイログマ。ヒグマの亜種。
ハイイログマなんて名がついてても、灰色じゃなかったり。
だって目の前の彼の耳も、どう見ても茶色…。
僕は目の前に歩いてきた綺麗な熊さんを見上げながらそんな事を考えていた。椅子に座ってるから首が痛くなりそう。どう見ても190センチ近いよね。もしかして超えてたり?
大っきいし、上級生だろうな。威圧感もあるし、これだけ美形だし、アルファなのかもしれない。
金の混ざったような茶色い瞳が物憂げな感じに潤んで見えて、何だかドキドキする。目が吸い寄せられる人だぁ、と思ってたら少し首を傾げた熊さんが口を開いた。
「バンソーコーって、どこに貼るの?」
彼は茶色い髪を指でかき上げている。うぁ~、アンニュイ~。
「あ、え、あの…ここ?」
立ち上がり、ティッシュで押さえてた人差し指を彼の目の前に上げて見せる。すると彼はじっと目を細めて切れた傷を見た。
「いやに綺麗な切り傷だな」
「プリントで…」
「あー、ね」
彼が納得したように頷いたその時、授業の始まる5分前の予鈴が鳴った。しまった。
「もう戻らなきゃ…」
バンソーコーは諦めよう、と立ち上がろうとすると、
「ちょっと待ってな」
と言う熊さん。言いながら迷いなく戸棚を開けて救急箱を出している。
「え、勝手に出しても良いんですか?」
怒られないかなと思って僕が聞くと、熊さんは不思議そうに答えた。
「良いだろ。俺、保健委員だし」
「あ、そうなんですか?」
へえ、保健委員なんだ。
僕は入学2日目のHRでクラスの副委員長になってしまった。それ以来、やたら先生達に雑用押し付けられてる。因みに委員長は先生指名で湯川君。湯川君は普通の人間でベータだけど、成績優秀でとにかく真面目だからって理由らしい。僕はその湯川君と仲良くなっちゃってたばかりに、まんまと副委員長に名指しされちゃったのだ。面倒だよー。イベント前とか放課後潰れちゃうじゃん。湯川君め。
「どうせもう遅刻だろ。ついでだしちゃんとしていきな」
熊さんは先生の椅子に座って救急箱を開くと、消毒薬を取り出して、脱脂綿に含ませた。
熊さんの長い指、カッコ良い。俯いた目の睫毛がバッサバサに長くてドキドキ。耳、意外と小さめで丸っこくて可愛い。
熊さんは器用に僕の怪我した指先をそっと掴んで、キズにちょいちょい押し当てて消毒してくれた。そのあと、絆創膏って書いてある箱からバンソーコーを1枚出して、傷を覆ってくるっと巻いてくれた。まさかこんなに丁寧に手当てされるとは思ってなかった僕、ちょっとびっくり。
バンソーコーもらったら水洗いだけして貼ったら良いって思ってた。軽い傷ってそんなもんじゃない?
「…ありがとうございます」
お礼を言うと、熊さんはウンと頷いた。
「保健室行ってたって言えば少しくらい見逃してくれるだろ。…1年?」
聞かれて頷いたら、熊さんが言った。
「そっか、俺も」
「えっ」
同じ学年なの?!同じ歳なの?!
思わず思ってしまった事が顔に出ちゃった。そしたら僕の顔を見た熊さんが、初めて少し笑った。
ふ、ふわ…うつくしー…。
こんな美形の笑顔に見蕩れるなって方が無理だなあ、と思ってたら本鈴が鳴ってしまった。これで完全に遅刻だし、もう諦めがついた。
「わざわざありがとう。
僕、Sクラスの吉田 嵐太」
遅れついでだし、そのまま去るのも失礼かなと思って自己紹介をした。
それに熊さんがちょっと目を瞠った。
「…俺はCクラスの壱与 瑞希」
いよ、みずき。いよみずき。聞いた名前を胸に刻みつけながら、僕はハッと思い出した。
「ご、ごめんね!具合い悪くて休んでたんだよね?そんな人をわざわざ起こして仕事させちゃって…」
そうだ。最初来た時、壱与君ベッドに寝てたもん。起きてきた時、すごくダルそうだった。きっとまだ具合い悪かったんだろうに、僕が扉を開けた音で起こしちゃったんだ。
反省しながら謝ると、壱与君は首を振る。
「んー、いや…まあ、薬が効くまで念の為に避難してただけ」
薬が効くまで?あ、なるほど。頭痛薬か何か飲んだのか。それなら効いてくるまで動かない方が良いもんね。フラついても危険だし。そっかそっか。
僕は納得して、でも今は大丈夫なのか気になった。
「もう効いてきたの?大丈夫?」
そう聞くと、壱与君は僕の顔をまじまじと見たあと、頷いた。
「うーん…まあ。ちょっと危なかったけど、何とか効いたみたいだ」
「そっか、良かった」
薬の効きって、そんな危うい感じだっけ?と首を傾げたくなったけど、結果的に効いたって事みたい。
「でももう少し寝てた方が良いかも。いきなり歩くと危ないだろうし」
そう言うと、壱与君は少し考えるような素振りをしたあと、
「そうだな、ならもう少し避難しとくかな」
と言って、僕の耳をモフってきた。避難って、何か変わった言い方する人だな。それにしても、壱与君には弟妹でもいるんだろうか。すごく超歳下っぽい扱いされてる気がする…。
でも壱与君の触り方が優しいので満更でもなくてされるがままになっていると、今度は心外な事を言われてしまった。
「吉田、可愛いけどちょっとおニブちゃんだな」
「……??」
「まだ新米だろうし、これからかな」
新米?副委員長の?
ぽかんと壱与君の顔を見上げていると、彼はゆっくり手を下ろしてから言った。
「もう教室に戻りな、吉田。またね」
「……うん。ありがとう。またね?」
僕がそう言うと、壱与君は小さくあくびをして、またベッドに戻ってカーテンを引いて横になったようだった。
何だか不思議な人だな。
僕は壱与君のベッドのカーテンを見つめながら保険室を出ようと扉に向かって歩いた。
そして部屋を出る時、ふと気づいた。
さっきまでははっきり香っていた、リンゴの甘い香りが全くしなくなっていた事に。
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。