13 / 86
13
バース専門病院の獣人のお医者さん、石雲先生が僕の担当医。
60代くらいのほんわかした男性のお医者さんで、獣種は犬でゴールデンレトリバーなんだって。アルファらしいけど、おっとりして優しいよ。
そんな石雲先生が、今日は僕が診察室に入った瞬間に、
「くっさ」
って言ったんだ。突然の辛辣。僕とお母さん、目が点になった。え?先生?今言ったのほんとに先生?マ?
動揺しながらも僕とお母さんは、患者用の椅子と横にある丸椅子にそれぞれ腰掛けて先生の話を聞いた。
「いやぁ、くっさいねえ。熊だね、熊。でっかい子だね。エラいのに目ぇつけられちゃったねぇ、嵐太君」
「ひど過ぎてなんか自分の中で消化できない…。こーゆーの何ハラになるのかな。って先生、わかるの?」
「当たり前だろう。嵐太君、キミ、マーキングかけられてるよ」
「ええ…?」
「マーキングって…先生、ウチの嵐太はアルファなんでしょ?」
「ウン、だからオメガのマーキングがかかってるんだよ。
稀にいるんだよ、そういうオメガがね」
「マーキング…」
よくわからなくて困惑する僕達に、石雲先生は話してくれた。
あんまり知られていない事らしいんだけど、獣人のオメガの中にはアルファでいうところの高位種に相当する個体が稀に現れるらしい。やっぱり強い獣種に出る事が殆どなんだって。
そんで、そういう高位種のオメガ達は気に入った相手、特にアルファに獣臭やフェロモンでマーキングを掛けるって事ができるらしい。
自分のオスだから手を出すなよって牽制。アルファがオメガにそういう事をするってのは知ってたけど、まさか逆もあるなんてね。びっくりびっくり。
でもね。それもびっくりなんだけど、先生が言うにはさ…?普通のアルファはそうされるとすぐに気づくらしいんだ。そりゃそうだよね、匂い付けられてんだもん。
フェロモンは獣人・純人どちらのアルファでも番持ちでなければ感知できるけど、獣臭は獣人と、純人アルファの中でも特に嗅覚の優れた人にしか嗅ぎ取れない。
ウチで言うと、純人ベータのお母さんにはどっちも感知できなくてケロッとしてたんだ。でも、獣人ベータであるお父さんには獣臭だけは嗅ぎ取れた。
じゃあ、獣人アルファでフェロモンも獣臭も認識できる筈の僕が何で自分に付けられた獣臭を嗅ぎ取れなかったかって言うと…。
「今、何の匂いがするって言ったっけ?」
ふんふん聞いてたのに急に岩雲先生に質問されて、僕は答える。
「え、リンゴ」
すると先生はにっこり笑って頷いて、驚きの事実を告げてきた。
「うん。それがマーキングしてきた相手のオメガフェロモンなんだね。番のいる私にはわからないけど」
「えっ…オメガフェロモン…?」
「あれ?特別授業で習っただろう?
オメガのフェロモンって、大抵は花や果物に似た香りに感じるものなんだよ。
相性が良いほど、自分の好きなものの匂いに近くなる」
「…相性が良いほど、好きなものの…」
僕は口元に手を当てた。それって、つまり…。
考え込む僕を見て、岩雲先生がまた質問してきた。
「嵐太君の一番の好物は何かな?」
「…リンゴ、です…」
答えながら、僕はぐるぐる混乱している。
えっ、と…つまり、一番の大好物のリンゴの匂いのフェロモンで、その匂いを持ってるって事はつまり、僕と超相性の良いオメガって事で、そのオメガは熊獣人で、熊獣人で最近僕が匂いが移されるくらい近く接触したのは……。
「…えっ、え?壱与君が、オメガってこと?えっ?」
あんなにおっきくて綺麗で、強そうで。そんな壱与君がオメガ?あ、でもさっき先生が言ってたオメガの上位種ってやつなら、納得?
でもでも、それはわかったけど、…何で僕にマーキング??!
頭の中が忙しくてボーッと天井の真ん中を見上げてた僕に、先生は言った。
「そのオメガの子はよっぽど嵐太君を好きなんだろうね。でもマーキングしたってのを気づかれたくなくてフェロモンを被せたのかもしれないな」
「す、好きって…」
「すごいじゃない、嵐くん!そんな高位種の子に惚れられちゃってマーキングされちゃうなんて!よっ、流石ウチの子っ!」
先生の言葉に少し照れた僕に、能天気にそんな事を言うお母さん。
そこでハッとある事に気づいて先生に逆質問を投げかける僕。
「でも先生、普通はオメガのフェロモンを嗅ぐと、アルファは発情しちゃうんでしょ?もしこのリンゴの匂いが壱与君のオメガフェロモンだとしたら、僕も発情するんじゃないの?でもそんな風になんかならないよ?」
すると先生はとっても優しい笑顔で僕を見ながら答えてくれた。
「それは単純に、まだ嵐太君がアルファとして未発達だからだね。がんばろうね。いやー、それにしても、獣臭とフェロモンでダブルマーキングされても気づかないなんてねえ。大物、大物。あっはっは」
だって。ぎゃふん。
その後、薬なんか必要無いよ、また定期検診の日にね~、なんて言われて診察室から送り出されて、呆然としたままロビーに向かって廊下を歩いた。中規模病院だから窓口前の椅子にはまあまあの人数の人達が、支払いをする為に精算機の順番を待っている。
10分くらい待って会計番号が表示されて、お母さんが会計を済ませてる間も、僕はボーッとしていた。
壱与君、オメガだったのか…。カッコよくて優しい壱与君。
このリンゴの匂いって、壱与君の匂いなんだ…。デザートのリンゴがどっかに残ってたからとかじゃなかったんだ…。
『キミがもう少し鼻が良ければフェロモンに誤魔化されずに獣臭にも気づいたんだろうけどねぇ。元々ちょっと鈍いもんねぇ。あはは』
って、最後にダメ押しみたいに言った岩雲先生。
鈍いとかいう。ひどい。
でもさっきの病院では嗅覚はレッサーパンダとしては普通の範囲だって言われたもん。鈍くないもん。
…って、そうじゃなくってぇ。
「…壱与君、マーキングするくらい僕のこと気に入ってる…って、こと…?」
確かに周りよりはそういう事に奥手な自覚のある僕だって、フェロモンでマーキングするってのがどんな意味かくらいわかる。
「…壱与君って、ほんとに先生が言うみたいに僕のこと…好きなのかなぁ…」
どうしよう。頬っぺためちゃくちゃ熱くなってきたんですけど。
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。