どうせ俺は性悪脇役姫だから

Q矢(Q.➽)

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その客が入店して来た時、俺は洗い物をしててレジに背を向けていた。
入店音は聞こえたから、イラッシャイマセーを言いながらチラッと振り返りはしたけど、動線通りに奥の方に歩いてったからレジに来るまでには間があるだろうなと思ってそのまま作業を続行してた。
そしたら、後ろでコトッと音がした。レジ台に何か置かれた音だから、俺は急いで手を濯いだ。

「お待たせしました。」

レジに戻りながらそう言って、そこに置かれた3本のエナドリ缶のバーコードをスキャンすると、カウンター向こうの男が告げる。

「煙草、52番。」

「はい。」

背中側にある煙草を言われた番号の列から一箱取ってバーコードをスキャンした。
年齢確認画面が出たから、身分証提示は要るかなと目視で確認する為に目線を上げて客の顔を見た時、ザワっと鳥肌が立った。
185センチ前後の長身のその客は、高そうなスーツを少しチャラそうに着こなしていた。どう見ても夜の世界の住人だ。
でも、よく来るゆるっとしたラフなファッションのホスト達とは、何というか雰囲気が違う。

「久しぶりだな、姫。」

じっ、と俺から視線を外さないまま、彼は言った。

「…お久しぶりです、豊田先輩…。」

何で、俺が珍しくやる気を出した途端に会いたくない人に会っちゃうんだろうなあ。
 
あの頃と変わらない銀髪。この人は、久我先輩の直下で、俺の送迎と警護を担当していた内の一人だ。

俺の返事に豊田先輩は、片方の眉を上げた。

「連絡先が繋がらないんだが、どうした?」

そう言われて、こっちの片眉も上がる。精一杯冷静を取り繕ったけど、声は震えてなかったかな。

「別に。卒業もしましたし、心機一転で携帯変えただけですけど。」

「はあ?何でだよ。いざって時に連絡取れなきゃ困るだろうが。……つか、何でそんな他人行儀なんだ?」

いざって時って何だよ。
そんな事言われても、久我先輩と俺は元々他人だし。それにこっちは今仕事中だ。長々と一人の客に時間を取る訳にはいかない。
再会はともかくさっさと買って出て行って欲しくて、確認ボタンをタッチしてもらい、小計ボタンを押して会計の金額を口にする。先輩はスマホ決済で会計を済ませた後、言った。

「掃き溜めに鶴がいるって聞いて来てみたけど、まさか姫がいるとは思わぬ収穫だったぜ。
で、仕事は何時に終わるんだ?夜勤だから5時か?」 

バイトの勤務時間帯なんか大体決まってるのに、まんまと言い当てられてしまった俺は一瞬黙った。

「……だったらなんですか?」

豊田先輩はそんな俺に、意味深に笑う。

「久我さんが、こないだ一時帰国してからずっと姫に会いたがっててな。」

「…久我先輩が?」

久我先輩は卒業後、国外の誰もが聞いた事のある有名大学へ行ったと聞いた。あんな底辺工業からは信じられないような快挙だったらしい。
それを久我先輩じゃなく他の人間から聞いた時に俺が感じたのは、すげえなってより、やっぱ最初からあっち側の人だったんじゃん、というものだった。寂しいような、裏切られたような、シラケたような気持ち。
しかも久我先輩は、俺に何も言わないままで卒業していった。
だからやっと御役御免になったんだと思ったのに、2年に上がって登校した俺のクラスにはまた違う迎えが来た。不審に思いながらも行ったよ。そしたら屋上の、今まで久我先輩がいた場所には、久松先輩が座ってた。1年の最初に俺を迎えに来た2人の内の一人、黒髪に金メッシュの方だ。
久松先輩の後ろには銀髪の豊田先輩が申し訳無さそうに立ってて、(そうか。次のトップは久松先輩になったって事か。)ってわかった。
その後久松先輩はその場に居た連中を屋上から追い出して、久我先輩に俺の事を頼まれたって言いながら俺を抱いたよ。
 
(なるほどな。俺をおさがりにもらったって事…。)

ショックだったなー。前に顔を合わせた時には俺にそんな気を持ってるなんておくびにも出さなかった人が、『ずっとこうしたいと思ってた。』なんて言いながら鼻息荒くして飛びついて来るんだもん。
まさかそんな事されるなんて思ってもみなかった。
別れの言葉も無いまま、普通に帰るみたいに卒業してった久我先輩。
あれは、もう俺に次をあてがってるからだったのかって妙に納得できた。

まあ、恋人とかそんな関係でもなかったから、別れもクソもねえか。
少しモヤってた謎が解けたら、次には笑いが込み上げてきた。
あの日俺は固く冷たいコンクリートに上着を敷いただけの上で久松先輩に抱かれて、笑いながら泣いたのだ。
そして、久松先輩が卒業して俺が3年に上がった時にも同じ現象は起きた。
その時にはもう、乾いた笑いしか出なかった。

俺はそういう、他人の都合で使い回されるタイプの人間なんだって事を骨の髄まで理解させられた感じ。

もう、それで良いかって思ったんだ。


「姫も久しぶりに会いたいだろ?」

豊田先輩の声に、トリップしてた意識が戻ってきた。

「…。」

会いたいかって?

俺の初めてを奪って、あんだけ好き放題抱いて甘やかして独占欲を隠さなかった癖に、卒業と同時にあっさり他の男に譲っていくような奴に?

俯いて答えない俺に、豊田先輩は言った。

「あ、そろそろ客迎えに行かねえと。
俺ら、このもう少し先のRULEって店で働いてんだ。また上がり時間に合わせて迎えに来るわ。」

「…え、」

「じゃあ、また後でな。」

「……ありがとうございましたぁー…。」

俺は最後迄頷かなかった。

そんで、店の外に出ていった豊田先輩の姿を見送った後、バックヤードで在庫の整理をしていた先輩に声をかけて、具合いが悪いので少し早く上がりたいと頼んだ。
混む時間帯ではないから大丈夫だと言ってくれた先輩に礼を言って、30分早く退勤し、繁華街を脱出した。

結局、その日で俺はそのコンビニを辞めてしまって、あの界隈には近寄らなくなった。


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