5 / 11
5
しおりを挟むその客が入店して来た時、俺は洗い物をしててレジに背を向けていた。
入店音は聞こえたから、イラッシャイマセーを言いながらチラッと振り返りはしたけど、動線通りに奥の方に歩いてったからレジに来るまでには間があるだろうなと思ってそのまま作業を続行してた。
そしたら、後ろでコトッと音がした。レジ台に何か置かれた音だから、俺は急いで手を濯いだ。
「お待たせしました。」
レジに戻りながらそう言って、そこに置かれた3本のエナドリ缶のバーコードをスキャンすると、カウンター向こうの男が告げる。
「煙草、52番。」
「はい。」
背中側にある煙草を言われた番号の列から一箱取ってバーコードをスキャンした。
年齢確認画面が出たから、身分証提示は要るかなと目視で確認する為に目線を上げて客の顔を見た時、ザワっと鳥肌が立った。
185センチ前後の長身のその客は、高そうなスーツを少しチャラそうに着こなしていた。どう見ても夜の世界の住人だ。
でも、よく来るゆるっとしたラフなファッションのホスト達とは、何というか雰囲気が違う。
「久しぶりだな、姫。」
じっ、と俺から視線を外さないまま、彼は言った。
「…お久しぶりです、豊田先輩…。」
何で、俺が珍しくやる気を出した途端に会いたくない人に会っちゃうんだろうなあ。
あの頃と変わらない銀髪。この人は、久我先輩の直下で、俺の送迎と警護を担当していた内の一人だ。
俺の返事に豊田先輩は、片方の眉を上げた。
「連絡先が繋がらないんだが、どうした?」
そう言われて、こっちの片眉も上がる。精一杯冷静を取り繕ったけど、声は震えてなかったかな。
「別に。卒業もしましたし、心機一転で携帯変えただけですけど。」
「はあ?何でだよ。いざって時に連絡取れなきゃ困るだろうが。……つか、何でそんな他人行儀なんだ?」
いざって時って何だよ。
そんな事言われても、久我先輩と俺は元々他人だし。それにこっちは今仕事中だ。長々と一人の客に時間を取る訳にはいかない。
再会はともかくさっさと買って出て行って欲しくて、確認ボタンをタッチしてもらい、小計ボタンを押して会計の金額を口にする。先輩はスマホ決済で会計を済ませた後、言った。
「掃き溜めに鶴がいるって聞いて来てみたけど、まさか姫がいるとは思わぬ収穫だったぜ。
で、仕事は何時に終わるんだ?夜勤だから5時か?」
バイトの勤務時間帯なんか大体決まってるのに、まんまと言い当てられてしまった俺は一瞬黙った。
「……だったらなんですか?」
豊田先輩はそんな俺に、意味深に笑う。
「久我さんが、こないだ一時帰国してからずっと姫に会いたがっててな。」
「…久我先輩が?」
久我先輩は卒業後、国外の誰もが聞いた事のある有名大学へ行ったと聞いた。あんな底辺工業からは信じられないような快挙だったらしい。
それを久我先輩じゃなく他の人間から聞いた時に俺が感じたのは、すげえなってより、やっぱ最初からあっち側の人だったんじゃん、というものだった。寂しいような、裏切られたような、シラケたような気持ち。
しかも久我先輩は、俺に何も言わないままで卒業していった。
だからやっと御役御免になったんだと思ったのに、2年に上がって登校した俺のクラスにはまた違う迎えが来た。不審に思いながらも行ったよ。そしたら屋上の、今まで久我先輩がいた場所には、久松先輩が座ってた。1年の最初に俺を迎えに来た2人の内の一人、黒髪に金メッシュの方だ。
久松先輩の後ろには銀髪の豊田先輩が申し訳無さそうに立ってて、(そうか。次のトップは久松先輩になったって事か。)ってわかった。
その後久松先輩はその場に居た連中を屋上から追い出して、久我先輩に俺の事を頼まれたって言いながら俺を抱いたよ。
(なるほどな。俺をおさがりにもらったって事…。)
ショックだったなー。前に顔を合わせた時には俺にそんな気を持ってるなんておくびにも出さなかった人が、『ずっとこうしたいと思ってた。』なんて言いながら鼻息荒くして飛びついて来るんだもん。
まさかそんな事されるなんて思ってもみなかった。
別れの言葉も無いまま、普通に帰るみたいに卒業してった久我先輩。
あれは、もう俺に次をあてがってるからだったのかって妙に納得できた。
まあ、恋人とかそんな関係でもなかったから、別れもクソもねえか。
少しモヤってた謎が解けたら、次には笑いが込み上げてきた。
あの日俺は固く冷たいコンクリートに上着を敷いただけの上で久松先輩に抱かれて、笑いながら泣いたのだ。
そして、久松先輩が卒業して俺が3年に上がった時にも同じ現象は起きた。
その時にはもう、乾いた笑いしか出なかった。
俺はそういう、他人の都合で使い回されるタイプの人間なんだって事を骨の髄まで理解させられた感じ。
もう、それで良いかって思ったんだ。
「姫も久しぶりに会いたいだろ?」
豊田先輩の声に、トリップしてた意識が戻ってきた。
「…。」
会いたいかって?
俺の初めてを奪って、あんだけ好き放題抱いて甘やかして独占欲を隠さなかった癖に、卒業と同時にあっさり他の男に譲っていくような奴に?
俯いて答えない俺に、豊田先輩は言った。
「あ、そろそろ客迎えに行かねえと。
俺ら、このもう少し先のRULEって店で働いてんだ。また上がり時間に合わせて迎えに来るわ。」
「…え、」
「じゃあ、また後でな。」
「……ありがとうございましたぁー…。」
俺は最後迄頷かなかった。
そんで、店の外に出ていった豊田先輩の姿を見送った後、バックヤードで在庫の整理をしていた先輩に声をかけて、具合いが悪いので少し早く上がりたいと頼んだ。
混む時間帯ではないから大丈夫だと言ってくれた先輩に礼を言って、30分早く退勤し、繁華街を脱出した。
結局、その日で俺はそのコンビニを辞めてしまって、あの界隈には近寄らなくなった。
21
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
月・木更新
第13回BL大賞エントリーしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる