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29 代用品 (※一部R18描写あり)
美樹が仕事から帰って、シャワーを浴びて浴室を出た時、玄関の鍵が開く音がした。
憔悴しきって帰ってきて、自室のドアもきちんと閉めな
いままにベッドに不貞寝している雨宮の姿に美樹が思った事と言えば、
(役立たず…。)
それだった。
他人は自分のコマだと思っている美樹にとって、自分の思うように動かなかったり、期待した結果を出せない人間は路傍の石と同じだ。
樹生の相手が氷室である事を思えば、確かに雨宮には荷が重過ぎたんだろうが、まさか本当に手も足も出なかったと言うのか。
格の違いは仕方ないとしても、一矢も報いる事ができないなんて情けない。
この程度の男が自分の番だったなんて。
腹立たしかった。
樹生に、自分の方が劣っているんだと言われた気がした。
「…駄目だっただろ?」
雨宮を気遣う風を装って、部屋のドア付近から声をかけた。
美樹の声は聞こえている筈なのに、微動だにしない。
その事にイラッとして、美樹は初めて雨宮の部屋に足を踏み入れた。
「なあ!どうだったんだよ…って…、」
美樹が至近距離に来た事に、雨宮は顔を上げた。
勝手に自分のテリトリーに入ってくるのを許した覚えは無い。
そして、顔を上げた事に後悔した。
雨宮は、自分が泣いている事を忘れていたのだ。
雨宮の顔を見た美樹は驚いた。部屋に入ったのも初めてなら、雨宮の泣き顔を見るのも初めてだったからだ。
動揺した。
樹生以外の泣き顔は見た事が無い。まして、若い男の涙なんて。
慰めるべきなんだろうか。
一応、最低限、番でいてもらわなければならない相手だ。
けれど、他人を慰めた事なんかない美樹には、その方法がわからなかった。
雨宮も雨宮で動揺していた。
だがそれは直ぐに怒りに変わった。
体を起こして、もたもたとその場で立ち往生している美樹の手首を掴んだ。
ベッドに乱暴に引き倒して、逃げられないように上から覆い被さるように囲い込んだ。
美樹は焦ったが、逃げられなかった。力の差があり過ぎるのだ。
身長も体格もαらしく平均以上の体躯である雨宮に対して、美樹は未だ少年のように細く華奢だ。
今迄セックスのイニシアチブを美樹が持たせてもらっていたのは、歳上である美樹に対する雨宮の気遣いだ。
αが本気になれば、その危うい関係性なんか瞬時に覆される。そんな簡単な事に、美樹は今日迄気づけなかったのだ。
雨宮は、自分に逆らえないと
勘違いしていたから。
「美樹さんさ…。番、解消されたくないんだよね?」
美樹を見下ろしながら問う雨宮の充血した目には光がなかった。
美樹はそれを見て、ゾッとする。こういう目をした奴がやる事なんてろくな事がないに決まっている。
逃げを打とうと身を捩たが、雨宮の腕はびくともせず、少しも動けない。
「…だったら、何?」
最早嫌な予感しかしない。
美樹はそれでも高慢な態度を崩せなかった。
「解除しないであげても良いですよ。」
雨宮は抑揚の無い声で言う。
「そのかわり、これからはアンタが樹生の代わりになれよ。そんで好きな時に抱かせろ。ヒートでも、そうじゃなくても。
俺を拒否するな。」
樹生の代わり。
その一言が、ずしんと美樹の脳と心にのしかかった。
この期に及んで自分のプライドを粉々に砕いてとどめを刺してくるなんて。
雨宮の癖に。たかがその辺にいる程度のαの癖に。
屈辱に震える唇。それでもその提案を飲むしかないのを知っている。
理不尽だ、と思った。
この自分が、そんな扱いを受けなければならなくなったのも、全部全部、樹生のせいだ。
自分のしてきた事に罪悪感のひとつも抱いていない美樹は、この期に及んでも樹生のせいだと思っていた。
「…わかった。」
苦渋の決断、というより、その一択しかない。
少し前迄のように、自分のヒート周期だけに合わせて最低限の性交渉だけで、番という体裁とメリットだけを享受し続ける事はもう無理だろうと予想はしていた。
それでも、樹生の代わりと言われるなんて。
「勘違いしないでくれよ。
本来アンタじゃ樹生の代用品になんかなりやしない。
似てるのは声くらいなもんなんだから。」
小馬鹿にしたような雨宮の言葉にぐっ、と歯を食いしばる。
「それでも、樹生と同じ血が流れてるんだから、だから使ってやるんだよ。」
雨宮の唇が噛み付くように美樹の唇を奪った。
今迄経験した事の無い乱暴なキスだった。
こじ開けられ、強引に舌を吸われ、美樹の喉がカラカラになる迄唾液を吸い上げていく。
顎を噛まれ、首筋を噛まれ、部屋着を性急に肌蹴られて、乳首にも臍にも脇腹にも、あらゆる場所に噛み跡を残された。
「痛い、やだ、痛いっ…!」
「…るせぇ。」
とうとう美樹が泣き出すと、雨宮は途端に何故か優しくなった。
感極まると何時も途中で泣き出していた樹生のすすり泣きを思い出したからだった。
「樹生、ごめんな。痛かったな、優しくする。」
樹生の名を呼びながらそう言って、本当に優しく愛撫を始め、うなじを舐める為にひっくり返した美樹を、後ろから貫いた。
「ちゃんと痕がある。
樹生、ちゃんとあるな、俺の痕が。」
雨宮の声は寒気がする程に優しく、美樹はとうに刻み込まれている噛み痕の上から更に噛まれ、痛みに啜り泣くと、血の滲んだ噛み痕を労るように舐められた。
引き攣った小さな悲鳴をあげると、それが樹生に似ていると興奮した雨宮に中出しされた。何度も、何度も。
その内意識も曖昧になってきて、只々好きに揺さぶられるだけになった。
悪夢のような抱かれ方をして腰が立たなくなった美樹を見て、雨宮は自分の父親に連絡を入れた。
美樹の体調がすぐれないから当分休ませる、と勝手に休みを取ったのだ。
数日そんな風に抱かれ、間もなくヒートの周期を迎えた美樹は、我を忘れて雨宮に抱かれ続けた。
雨宮の目を盗んで服用しようとした避妊薬は取り上げられて目の前で流され、飲む事を許されなかった。
2週間程で雨宮は再び大学へ戻ったが、美樹は外出も許されず、休職したままだった。
樹生を失って行き場のなくなった雨宮の依存と執着は一気に美樹へ向かっているように見えたが、それは美樹を愛したからではなく、美樹の中に樹生と同じ血が流れているからだと、美樹自身にもわかっていた。
それから暫くして、美樹は体調の異変に気づいた。
唇を覆った指が震える。
妊娠がわかったのは、それから間も無くの事だった。
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