25 / 25
エピローグ
しおりを挟む「そろそろ、ひと月くらいになるな」
「そうだな」
静かに瞼を下ろし、ベッドに横たわるヴィンをやわらかい眼差しでアーティスが見つめる。あの日刺した腹の傷はもうない。きれいに消されていた。
「しかし、すごい花だな」
「ああ」
せっせとジュジュが花を運んでくるせいで、いつの間にかベッドの上は花だらけになっている。寝室に入れない者たちが、ジュジュに託しているとアーティスもリュディガーも知っていた。
(ほら、ヴィンを失えば、皆は悲しむんだ)
身じろぎひとつしないヴィンに、アーティスは心の中で話しかける。いつものことで、声に出して語りかけても応えはなかった。
「まさかヴィンが、あんな行動にでるとは思わなかったな」
「ああ、驚いた。何も、できなかった」
「アーティス、本当はおまえが、ヴィンに討たれてやるつもりだったんだろう」
「……さあな」
無粋な追及は、なかった。
「まあ、ヴィンの行動は想定外だったけど、結果だけ見れば大団円だな」
「だったら、いいのにな」
「アーティス」
「ぼく、は……?」
話し声に意識が引き上げられ、ヴィンは目が覚める。唇からこぼれた声が、ひどく掠れていた。そのことに、軽く驚く。
「どこ、ここ」
むせかえるような、花の香りがする。ぱたん、ぱたん、とゆっくりと瞬きして、ヴィンは鈍い思考を動かしていく。
「ヴィン」
「ああ、目覚めたな」
笑んだリュディガーが、また後でと小声で呟くと背を向ける。その場にはアーティスだけが残り、泣きそうにも見える顔で笑った。
すべてを理解して、ふふ、とヴィンは吐息で笑う。
「僕は、あなたに選ばれたってことかな」
「ああ、もう後戻りはできない。その身体はもう、魔に属するものだ」
「そう」
ヴィンに、実感はない。
元々人間である自覚も薄かったので、身体が魔族に作り替えられたとしても特に問題があるとは思えなかった。
「本当に、やってくれたな」
「追い込まないと、決断できないあなたがわるい」
「そうだな」
くしゃりと、顔を歪める。そしてアーティスの指先が、とん、と左鎖骨の少し下あたりに触れた。
「魔王の伴侶の証である、バラが浮かんでいる」
軽く寛げ見ると、覚えのあるタトゥーが視界の端に映る。予想通りだ。それ以外で、あの時のヴィンを助ける術はなかった。
そうなるように、ヴィンが仕向けたのだから当然でもある。伴侶となるべき儀式の魔法陣は完成していて、最後の仕上げ、互いの血液を混ぜ合わせてする発動を、アーティスに託した。
「方法も、前魔王か?」
「そうだよ。訊いたら教えてくれた」
脅したんだろうと、アーティスの目が言っている。前がついたとしても、魔王だった人がただの人間に脅される方が不甲斐ないだけだ。
「後悔、していないか」
「してほしいの?」
返事はない。
それに、ヴィンは軽やかに吐息で笑った。
「ばかだね、僕は後悔するようなことはしないよ」
「……ああ、そうだったな」
「あなたは、後悔している?」
「正直に言えば、喜びの方が強い。もう、ヴィンを失うことはない。だが、延々と続く退屈な人生を歩ませたくなかったんだ。愛しているからこそ」
「僕は、愛しているからこそ、そばにいたい。命をかけてねだったのがあなたの伴侶の座なんだから、素直に喜んだらいいんだよ」
「ああ、そうだな」
やっと、アーティスが笑んだ。
本当に、魔王らしくない。元々が、育ちのいい人間なのだから仕方がないのだけれど。
「ねぇ、僕が、表向きは魔王として立とうか?」
虚を突かれたように、アーティスが瞳を瞬く。
ヴィンの申し出が、かなり想定外だったようだ。
「面倒くさいこと、きらいなくせにか?」
「きらいだよ」
「ならなんで」
「表向きって言った。それに僕が魔王として立ったところで、何も変わらないだろ」
「は?」
「あなたは、僕のそばにいるんだし」
「いや、うん?」
「容姿的にも、僕の方が人間の持つイメージの魔王っぽいしね」
「おまえが、うっとうしいって俺の髪を切るからだろ」
「だって、短い方がいい」
久しぶりに、手触りのいい髪に触れる。生きているからこそ、できることだ。アーティスの手によって死ぬのならそれでもいいと思ったけれど、一緒にいられるのなら、もっとよかった。
「ちょっとまあ、考えておく」
「うん」
「問題は、勇者だよな。あれで引き下がればいいけど」
じいっと、アーティスがヴィンを見る。
「なに」
「だめかもな」
はあ、とアーティスがため息をつく。
人の顔を見てため息をつくなど失礼だ。
「聖剣、僕が持ってるよ?」
魔族が触れられない物騒な品だ。
手放した瞬間、即座に亜空間へと収納した。
「そういえば、そうだったな……勇者から聖剣奪うなよ」
「あなたを本気にさせたかったんだよ」
確かに、再度やってくるだろうことを思うと、面倒くさい。
今のところ魔族の地へ来る方法はないし、来たところでアーティスを傷つけることはできないだろうが、鬱陶しいことは確かだ。
「殺してこようか?」
名案だ。煩わしさから解放される。新たな勇者の素質を持った者が誕生したとしても、人の地に聖剣はない。退屈な日々に飽き、ヴィンの気が向けば返してやってもいいが、それはまだ先のことだ。
「ちょ。まてまて!」
「なに」
「殺したらだめだろ! 人間側と争う口実になる」
「なら、半殺しでしばらくは身動き取れないくらい?」
「なんで、魔王の俺より物騒なんだよ」
「優先順位のちがいかな。僕のすべては、あなただから」
「ヴィン」
「あなたは、この世界にとらわれてる」
今は、服で隠され見えない腕にヴィンはそっと触れる。伴侶にはなったが、ヴィンの腕にイバラの蔓は現れていない。左の鎖骨あたりに、薔薇の花が浮き出ただけだ。
けれど、しっかりと繋がっている。この世の理に、ヴィンも組み込まれた。
素直に従ってやる義理はないと、ひそかに思ってはいるけれど。
「その違いだよ」
「たのもしいなぁ」
「で、なんであなたはバラの花を抱えてるの」
先ほどまではなかった、両手で抱えるほどの薔薇の花束をアーティスは持っている。亜空間に、収納していたようだ。
「求婚には、バラの花束なんだろう?」
どこから得た知識だと、ヴィンは呆れる。それに気付かないアーティスは、大量の薔薇の花を差し出した。
「俺と、この先ずっと一緒に生きてくれ」
「今更?」
「ちゃんと言わないまま、伴侶にしただろう」
それは退路を断って、ヴィンが仕向けたことでしかない。あの時は本当に、アーティスの選択しだいで生を終えてもいいと思っていた。
「僕には、その覚悟はとうにできていたんだよ」
「うん、俺がふがいなかった」
ふ、ときれいに笑んで、ヴィンは薔薇の花束を受け取る。すでにもう、身体には伴侶の証である薔薇の花を得ているので、本当に今更だ。
「あなたは、まるでイバラに囚われたお姫様のようだね」
それが魔王だというのだから笑える。
「僕がさしずめ王子さまってとこ?」
受け取ったばかりの薔薇を、ヴィンはアーティスへと押しつける。
「僕より似合うよ」
そして、ヴィンは眉をひそめた。
「抱きしめるのに、じゃま」
「ほんとおまえは情緒がないな」
「だから、魔族が情緒とかおかしい」
薔薇の花束をヴィンは奪い取り、ベッドの上へ放り投げる。遮る物がなくなり、アーティスとまっすぐに視線が合った。
「終わりが見えない人生も、ふたりならいいだろ? アーティス」
随分久しぶりに名を呼べば、どこか泣きそうに、アーティスが微笑む。こつん、と額を合わせ、どちらからともなく指先を絡めた。
自然と、ヴィンは口元が緩む。つないだ手は、あたたかかった。
79
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【完結】竜王陛下に囁かれて、異世界で恋人契約結ばれました。~元社畜秘書、今では夜の寵愛係!?~
リリーブルー
BL
異世界に転移した元秘書・瀬名律の新しい役目は、竜王ゼルに「愛されること」。
「お前は、我の番だ」――艶めいた囁きに、心も身体も溶かされていく。
濃密な“番契約”の儀式により魂が共鳴し、魔力と快楽に目覚めていく律。
二人の絆は、王国全体をも揺るがす――
――竜王の執着と、魂の深くで結ばれる、溺愛異世界ロマンス。
目を覚ましたら、竜王陛下の“番”になっていました――。
「お前は、我の“番”だ。……誰にも渡さない」
ゼル=ドラグリス。竜王。
“番契約”という甘く濃密な儀式。
名前を囁かれ触れられ深く繋がれていくたびに、律の中の何かが目覚めていく。竜の魔力に応える“器”としての本質――。
誰かに必要とされることもなく働いてきた律。
ゼルは、寂しさや痛みまで
「だからこそ、お前がいい」と抱きしめる。
律の持つ力は、王国の未来に関わるほど大きく、
その存在を快く思わない者たちも現れる。
“番”として与えられる寵愛ではなく、
“あなた”だからこそ愛されたい。
竜王の番として選ばれ、抱かれ、支えられていくうちに――
今度は、自分の足で、隣に立ちたいと願うようになる。
***
『竜王陛下に囁かれて、異世界で恋人契約結ばれました。~元社畜秘書、今では夜の寵愛係!?~』
孤独だったふたりが出会い、心と身体を通して結ばれていく異世界転生BLファンタジー。
甘く、切なく、そしてあたたかい――恋と運命の物語。
『番になれない僕〜』
『喰われる秘書、囁く社長』
と関連してます❣️
スパダリ攻め 甘々 前世の記憶 不器用受け 運命の番 再生 ボーイズラブ 異世界転生 溺愛 竜王×元社畜 魔法 ハッピーエンド 独占欲強め攻め 執着攻め 魂の絆
悪役令息の花図鑑
蓮条緋月
BL
公爵令息シュヴァリエ・アクナイトはある日、毒にあたり生死を彷徨い、唐突に前世を思い出す。自分がゲームの悪役令息に生まれ変わったことに気づいたシュヴァリエは思った。
「公爵家の力を使えば世界中の花を集めて押し花が作れる!」
押し花作りが中毒レベルで趣味だったシュヴァリエはゲームのストーリーなどお構いなしに好き勝手動くことに決め行動が一変。その変化に周囲がドン引きする中、学園で奇妙な事件が発生!現場に一輪の花が置かれていたことを知ったシュヴァリエはこれがゲームのストーリーであることを思い出す。花が関わっているという理由で事件を追うことにしたシュヴァリエは、ゲームの登場人物であり主人公の右腕となる隣国の留学生アウル・オルニスと行動を共にするのだが……?
※☆はR描写になります
※他サイトにて重複掲載あり
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。
竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。
万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。
女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。
軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。
「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。
そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。
男同士の婚姻では子は為せない。
将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。
かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。
彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。
口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。
それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。
「ティア、君は一体…。」
「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」
それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。
※誤字、誤入力報告ありがとうございます!
ルピナスの花束
キザキ ケイ
BL
王宮の片隅に立つ図書塔。そこに勤める司書のハロルドは、変わった能力を持っていることを隠して生活していた。
ある日、片想いをしていた騎士ルーファスから呼び出され、告白を受ける。本来なら嬉しいはずの出来事だが、ハロルドは能力によって「ルーファスが罰ゲームで自分に告白してきた」ということを知ってしまう。
想う相手に嘘の告白をされたことへの意趣返しとして、了承の返事をしたハロルドは、なぜかルーファスと本物の恋人同士になってしまい───。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる