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第一部 一章 始まりの物語~噴壊包輝世界編~

ファストラの獣 討伐戦1

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 それは空に満ちたファストラの眩い輝きとは正反対の、暗い負の感情を孕んだ底知れぬ闇を感じさせるものである。
 錆びた黄金のような色に変化したクロエの左右の瞳からは、普段から感じ取れていた子供じみた雰囲気の一切が排除されていた。

 幼い少女の姿をした身体から放たれ続けている、膨大な黒い魔力のオーラ。クロエが自身の両の掌を重ね合わせてそれを広げると、その一点へと集うかのようにして周囲の空間に漂っていた黒い魔力が収束を始める。 
 やがて掌から数センチ離れた空中に現れたのは、蛍火のように揺らめく小さな暗黒の炎だった。

 その炎の――――高密度に圧縮された魔力の塊を目にした俺は、考えるまでもなくその場で直感的に理解する。
 これは今まで目にしてきたものとは全く別次元の代物であるのだと。クロエという魔法使いの本質。その内に眠る闇の力の一部を現出させたものであるのだと。

 「しかし・・・・・・こうして自分自身の魔力を使用するのも久々だな。どれ、ここはひとつ感覚の調整も兼ねて、少々派手にやるとするか」

 クロエが真上に掲げた掌に追従するようにして、黒い魔力の炎が空中を漂いながら移動を開始する。地上から数メートル離れた地点で静止したそれは、まるで漆黒の太陽のようにその場に留まり、辺りに向かって暗く鈍い輝きを放ち続けていた。

 「【圧縮魔力開放】ディストレア

 クロエがその言葉を呟いた次の瞬間。宙に浮かんでいた黒い炎の灯りが、まるで息を吹きかけたかのようにフッと跡形もなく消失する。
 同時に周囲の空間が照明を落としたかのように暗い影を帯び出しはじめ、上空に広がる空の全てが夜の闇よりも濃い漆黒の色へと染まっていく。

 太陽がないこの世界に昼や夜といった時間の変化があるのかは分からないが、ともかく急遽訪れた暗黒の空の下――――そこに拡がる大地の気温が頭上の変化に合わせて、体感ではあるが数段低いものに下がっていく。

 ふと遥か遠方の方向に視線を向けてみれば、二方向で半分に区切り分けたかのように変化した、黄金と闇で覆われた二色の空が互いに反発しながら衝突する波のようにせめぎ合っていた。

 「ここから周囲数キロの範囲を、私の放出した魔力で覆ったのさ。――――高濃度の魔力で満たされた土地は、奴にとって絶好の餌場となるだろう。もしも私やオグナーの推測通り、長い冬眠期間を経て極度の飢餓状態にあるのならば、必ずこの場所に姿を現すはずだ。あとは餌に釣られてやって来た【金色ファストラの獣】を確認でき次第、討伐するだけで良い」
 「そんなに簡単にいくのか?確かオグナーの話だと範囲・・・・・・何とかって魔法を、奴に対して使用しても効果が無かったんだろう?」
 「【範囲指定爆撃魔法】のことだな。使われた魔法の種類は恐らく【降り注ぐ大地】アストレアレイン。この場所に来る前に境界の目の前にあった土地が丸々削り取られていただろう?【降り注ぐ大地】アストレアレインとは指定した座標にある土地や空間を削り取り、そのまま地表へと叩きつける中級魔法だ。
 災害と同等の効果を有してはいるが、物理的な攻撃能力に頼るという点がどうしても大きくなってしまう。派手さはあるが決定的ではない。結論から言うと、【金色ファストラの獣】の討伐を行う為に使用した魔法としては、失敗の部類に入るだろうな」

 クロエは「いいか小僧・・・・・・」と、一区切り置いてから俺に対して言い聞かせるようにして告げる。

 「魔法を使用する対象が【金色ファストラの獣】のような特殊生物だろうが、魔法使いだろうがする事は同じだ。相手の能力を見極め、最適の効果をもたらす魔法を選び抜き迅速に行使する。それこそが優れた魔法使いの本来あるべき姿であり、最善の・・・・・・っ!」
 「・・・・・・どうかしたのか?」

 何故か話の途中で口を閉ざしたクロエに対して、怪訝に思った俺がそう尋ねる。すると――――、

 「来たぞ。ここから北に約十三キロの地点だ。恐らく・・・・・・いや、確実に例の【金色ファストラの獣】とやらだろう。気配というよりは奴自身の存在感が、他の生き物と比較すると桁違いだ。
 なるほど・・・・・・確かにオグナーの資料にもあった通り、この【金色ファストラの獣】こそがアブネクトの頂点に位置する存在だというのも納得だな」

 クロエが遠くの方向を指し示しながら俺に答えを返す。
 その目線の先にある黒い魔力によって覆われた空の境目付近には、いつの間にか地表に届くかと思われる程のファストラの光が、うねるようにして大量に押し寄せてきていた。
 クロエの展開した闇の領域を侵食するようにして現れた光の洪水は、徐々に少しずつではあるが俺たちのいる方側へと流れ込んできているように見えて――――、

 「――――おい小僧。これから何が起きても絶対に、その場から一歩も動くなよ」

 既に事態を静観していた俺に対して、敢えてそのように注意するクロエの眼差しには、反論させる余地などない。
 しかしクロエがわざわざ俺に対してそのように声を掛けてきたということは、少なくともすぐ間近にまで迫ってきているであろう【金色ファストラの獣】に、何かしらの動きがあったのだろう。

 (・・・・・・あれは?)

 不意に視界の隅に入ってきたものは、遥か遠くの大地を横切る一筋の金色の光。それは広大な森の木々の間を縫うようにして、俺たちのいる地点を目指して高速で向かって来る。

 まるで地を奔る流星。瞬く間に目と鼻の先まで接近してきたその一筋の細い光は、俺たちから五十メートルも離れていない場所でピタリとその進行を止めた。

 「おい、クロ――――」

 ガキンッ――――クロエに呼び掛けようとした俺の正面から、分厚い金属同士がぶつかり合ったような、重々しい音が辺り一面に響き渡る。
 
 静寂の中に突如現れた異常に釣られて、音のした方向へと視線を向けてみれば――――そこには地上から十メートルほど離れた空中に、幾本もの黒色の長槍で磔にされた金色こんじきの獣の姿があった。

 その獣の全長は見たところ大型犬ほどの大きさしかない。地面から直接突き出した、先端が螺旋状に捻じれた魔力の槍によって全身を串刺しにされ、その場に縫い付けられている。

 狼のような見た目の体格をしているが、前足の部分だけが後ろ足と比べると異様に長い。毛の変わりにユラユラと揺れ動くファストラの光が全身を覆っており、幽鬼のようにその輪郭が薄らいで見えた。
 
 微動だにせず硬直した状態にあった金色こんじきの獣は、やがてピシリと音を響かせながら石像のように砕け散り、後に残された体の部分は煙のように消え去っていく。

 「今のが討伐目的の【金色ファストラの獣】・・・・・・だったのか?」
 「馬鹿言え。あれは分身体――――つまり斥候のようなものだろう。本体は今も離れた場所から隠れて様子を見ているはずだ。――――ッチ、こいつは想像以上に厄介な知能を身に付けているようだぞ」

 苛立ちを含んだ口調で話しながら、クロエがオブジェクトのように折り重なった魔力の槍の向こう側を指し示す。
 クロエの造り出した闇の領域の向こう側から点々と、先程と同じような細い光がこちらを目指して高速で移動して来る光景が目に映った。

 百八十度の大地、そして視界を埋め尽くす程の光の流星群。
 もしもそれらの一つ一つがクロエの言葉通り【金色ファストラの獣】が放った斥候というのなら、その数はいくらなんでも多過ぎるというものだろう。








































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