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二章 贖罪を求める少女と十二の担い手たち~霊魔大祭編~
商業迷宮都市へ
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一般区分の意味を表す、白のマギステリア。言われるがままに俺がそれを手に取ると、カードの表面にいくつもの細かな文字が、魔法言語として浮かび上がってくる。
“ルカワユウト――――登録世界NO.003611153、【アースクレフ】出身の魔法使い”
アースクレフ・・・・・・確かそれは俺の住んでいた地球を含める、あの世界全体の正式な名称だったはずだ。
聞けばその他の細かい持ち主に関する情報をマギステリアから得るためには、専用の装置と魔法世界にあるサーバーへのアクセス権限が必要になるらしい。
「そしてそのサーバー・・・・・・つまりは君の毛髪を素材に調合させた、この魔法薬に関する詳細なデータを保管してある場所のことだね。
有事の際にマスタークラスの魔法使いや執行部の部隊長といった、一部の正式な許可を得た者だけがそこにアクセスし、得られた情報などを犯罪や事件の解決に役立てる――――といった仕組みだ」
グレモン氏は誓約書の紙と同じタイミングで現れた、透明な細いガラス管を手に取ってから、それを俺に対して掲げて見せる。
先ほどまでは空だったはずの容器の中には、今は青白い粉のようなものが入っており、海辺の砂粒のようにキラキラと煌めいていた。
「【生命の設計図】――――現在の君に関する全ての魔力情報が、この僅かな魔法薬の中に物質的な情報体として記憶されている。もちろんデータはきっちりと取らせて貰ったから、これは今すぐここで処分してしまうべきだろう。・・・・・・誰かに悪用されてしまうとも限らないしね」
話が終わるや否や、グレモン氏の手の中にあったガラス管が、瞬く間に黒い魔力の炎によって包まれてしまう。
一秒も経たずに完全に消滅したそれは、おそらく俺の隣に座っていたクロエ自らがおこなったものだろう。
ここでの用事は済んだとでも言いたげな様子で、座っていたソファーから立ち上がったクロエは、挨拶もそこそこにして部屋の入口である扉へと歩いて行ってしまう。
その遠ざかっていく小さな背中を、ソファーに腰かけた状態で見送っていたグレモン氏は、クロエに対して呼び掛けるように声を出して問いかける。
「そういえばクロベール・・・・・・この後は何処かに向かう予定でもあるのかね?」
「・・・・・・すぐに帰宅しようと思っていたが、折角魔法世界にまでわざわざ足を運んで出向いたからな。――――弟子たちを連れて商業迷宮都市を見て回ろうかと考えている」
振り返らずに言葉だけで答えを返すクロエ。それを聞いたグレモン氏は頷きながら立ち上がると、左右の指先を絡めながら前に突き出して、それを俺たち三人のいる方向へと向ける。
「ならばちょうどいい。この私・・・・・・【虚構の創作者】の魔法使い、リスカ―・ドル・グレモンが皆さんを魔法で送って差し上げよう。
私の魔法は造り物。つまり今我々がいる魔法で創造した部屋自体も、本来は無かった事にすることが出来る。
皆さんは元からローツキルトの外周区画に向かわれた――――それでいきましょう!その方が都合が良い・・・・・・その方が効率的だ。――――どうします?」
“好きにしろ”とでもいうようにして、クロエが無言で踵を返して俺たちのいる方に戻って来る。
それを確認したグレモン氏は「では・・・・・・」と低い声で呟きながら、目に前に突き出した腕を胸の中央にまで持っていき、そこで絡めた左右の指を徐々に外側に向かって開いていく。
「リセ、これはいったい何をやろうとしているんだ?」
「分かりません。何らかの魔法を行使しているのだと思いますが・・・・・・それにしては魔力の流れ自体が察知出来ませんね。
それにこの部屋全体の存在感といいますか・・・・・・まるで空間そのものが揺らいで薄くなっているかのような気が――――」
俺と話しをしていたリセが唐突に、ハッと驚いた表情をしてから息をのむ。
何故なら俺たちの滞在していた広い部屋――――その四方の壁が四方向に切り別れ、薄っぺらい紙のように空に向かって吹き飛んでいったのだから。
同様に天井の部分も引き剥がされるようにして消えてしまい、周辺がモヤモヤとした灰色の煙によって包まれてしまう。
訳も分からず困惑していた俺とリセの二人に対して、グレモン氏は片手を振りながら落ち着いた様子で声を掛けてきた。
「ではまた。クロベールの可愛い弟子のお二人さん。次に会う時には、また私の心が躍るような楽しい話を聞かせてくれたまえ。――――約束だよ?
・・・・・・ああそれとユウト君。君はもう少し初対面の相手に対しては警戒心を持って接した方がいい。いくら師匠であるクロベールの許可が下りたといっても、何でもかんでも聞かれたことを、正直にそのまま答えてしまうのはリスクが大きすぎるからね」
話を続けるグレモン氏の声と姿が、少しずつではあるが俺たちのいる地点から遠ざかっていく。それはやがて山彦のような反響した音となり、煙によって視認できない景色の向こう側に吸い込まれていった。そして――――、
(なんだこれは・・・・・・人の声か?)
ざわざわと複数の人物の話し声・・・・・・というより街中のざわめきのような音が周囲から聞こえ、それがテレビの音量を上げるかのようにして、急激な変化を伴って拡大していく。
煙が晴れていくと同時に四方に広がる景色の輪郭が、曖昧なものではなくハッキリとしたものとなり、足元の石畳や建物のシルエットが見えてきたと認識した次の瞬間――――俺たち三人は大勢の人々が行き来する、大きな通りの中央に突っ立っていた。
明るい空の下で店を構えて客の相手をする店主。
通りの脇に移動式の店を出して客引きをおこなう露天商。
品定めをしながら店を渡り歩く客。楽し気な会話や値引きの交渉をしていると思われる内容の会話が空中をあちこち行き交い・・・・・・そこには俺が以前訪れたことのある、魔法世界の都市、ローツキルトの光景が広がっていた。
「これは・・・・・・空間転移魔法ですか?いや、でもそれにしては術式を作動させた様子も見受けられませんでしたし。クロエ、いったいこれは・・・・・・?」
俺より魔法についての知識がある筈のリセですら、今のこの状況が理解出来ないといった様子である。
クロエは「どう説明したものか・・・・・・」と話しながら、未だに呆然としている俺たち二人に向かって説明を始めた。
「まず最初に言っておくが、これは空間転移魔法ではない。私たちが先ほどまでいたあの部屋――――その空間自体の事象を歪め、このローツキルトの外周区画に直接繋げたといった所だろう。
一枚のパズルのピースを切り離し、その周囲に広がる景色を自らの想像力で造り上げ、それを本物であるのだと認識させる。
まあ造り上げたとは言っても、目の前に広がるこの光景自体は本物だが。要は我々がいた場所は最初からこの場所だったと間違った形で認識させ、それを現実のものにした・・・・・・説明が難しい上に私自身もよくは分かっていない。
おそらくかなりの制限がある魔法だろうが、奴は自らのことに関しては完全な秘密主義だからな。これ以上のことが知りたければ、術者である本人に直接聞くしかないだろう」
今のクロエの説明について俺は半分も理解できなかったが、隣にいるリセはその意味がある程度理解できたようだった。
どうやら転移の扉とはまた違った移動手段のようだが・・・・・・とにかく俺は一旦その事について考えるのをやめ、周囲に広がる商業の都市――――ローツキルトの光景に目を移した。
しかし今見えているのはそのほんの一部であり、先ほどのグレモン氏が放った言葉から察するに“外周区画”――――つまりは都市の外側に位置する場所なのだろうと推測できる。
これから自分たちはどうするのか。まずはそのことを目の前にいるクロエに対して俺が尋ねようとしたその時、それより先にリセが不思議そうな表情をして口を開いた。
「クロエ、それで何故ローツキルトにまで来ようと思ったんですか?何か用事とかありましたっけ?」
「まあ少し買い物をな。それと小僧の見聞を深める為にも、魔法世界の都市の中を連れて回った方がいいだろうと考えてな。まだお前たち二人きりで外の世界・・・・・・魔法世界の都市を歩かせるには危険過ぎる。 ならばこうして私が同行できる時に一緒に見て回った方が安全だ。それと・・・・・・多少気になっていることもあるしな・・・・・・」
「・・・・・・?」
よくは分からないが・・・・・・つまりはそういう事らしい。何はともあれ俺たちは魔法世界の五大中枢都市である、商業迷宮都市ローツキルトの街中を見て回ることになったのだった。
“ルカワユウト――――登録世界NO.003611153、【アースクレフ】出身の魔法使い”
アースクレフ・・・・・・確かそれは俺の住んでいた地球を含める、あの世界全体の正式な名称だったはずだ。
聞けばその他の細かい持ち主に関する情報をマギステリアから得るためには、専用の装置と魔法世界にあるサーバーへのアクセス権限が必要になるらしい。
「そしてそのサーバー・・・・・・つまりは君の毛髪を素材に調合させた、この魔法薬に関する詳細なデータを保管してある場所のことだね。
有事の際にマスタークラスの魔法使いや執行部の部隊長といった、一部の正式な許可を得た者だけがそこにアクセスし、得られた情報などを犯罪や事件の解決に役立てる――――といった仕組みだ」
グレモン氏は誓約書の紙と同じタイミングで現れた、透明な細いガラス管を手に取ってから、それを俺に対して掲げて見せる。
先ほどまでは空だったはずの容器の中には、今は青白い粉のようなものが入っており、海辺の砂粒のようにキラキラと煌めいていた。
「【生命の設計図】――――現在の君に関する全ての魔力情報が、この僅かな魔法薬の中に物質的な情報体として記憶されている。もちろんデータはきっちりと取らせて貰ったから、これは今すぐここで処分してしまうべきだろう。・・・・・・誰かに悪用されてしまうとも限らないしね」
話が終わるや否や、グレモン氏の手の中にあったガラス管が、瞬く間に黒い魔力の炎によって包まれてしまう。
一秒も経たずに完全に消滅したそれは、おそらく俺の隣に座っていたクロエ自らがおこなったものだろう。
ここでの用事は済んだとでも言いたげな様子で、座っていたソファーから立ち上がったクロエは、挨拶もそこそこにして部屋の入口である扉へと歩いて行ってしまう。
その遠ざかっていく小さな背中を、ソファーに腰かけた状態で見送っていたグレモン氏は、クロエに対して呼び掛けるように声を出して問いかける。
「そういえばクロベール・・・・・・この後は何処かに向かう予定でもあるのかね?」
「・・・・・・すぐに帰宅しようと思っていたが、折角魔法世界にまでわざわざ足を運んで出向いたからな。――――弟子たちを連れて商業迷宮都市を見て回ろうかと考えている」
振り返らずに言葉だけで答えを返すクロエ。それを聞いたグレモン氏は頷きながら立ち上がると、左右の指先を絡めながら前に突き出して、それを俺たち三人のいる方向へと向ける。
「ならばちょうどいい。この私・・・・・・【虚構の創作者】の魔法使い、リスカ―・ドル・グレモンが皆さんを魔法で送って差し上げよう。
私の魔法は造り物。つまり今我々がいる魔法で創造した部屋自体も、本来は無かった事にすることが出来る。
皆さんは元からローツキルトの外周区画に向かわれた――――それでいきましょう!その方が都合が良い・・・・・・その方が効率的だ。――――どうします?」
“好きにしろ”とでもいうようにして、クロエが無言で踵を返して俺たちのいる方に戻って来る。
それを確認したグレモン氏は「では・・・・・・」と低い声で呟きながら、目に前に突き出した腕を胸の中央にまで持っていき、そこで絡めた左右の指を徐々に外側に向かって開いていく。
「リセ、これはいったい何をやろうとしているんだ?」
「分かりません。何らかの魔法を行使しているのだと思いますが・・・・・・それにしては魔力の流れ自体が察知出来ませんね。
それにこの部屋全体の存在感といいますか・・・・・・まるで空間そのものが揺らいで薄くなっているかのような気が――――」
俺と話しをしていたリセが唐突に、ハッと驚いた表情をしてから息をのむ。
何故なら俺たちの滞在していた広い部屋――――その四方の壁が四方向に切り別れ、薄っぺらい紙のように空に向かって吹き飛んでいったのだから。
同様に天井の部分も引き剥がされるようにして消えてしまい、周辺がモヤモヤとした灰色の煙によって包まれてしまう。
訳も分からず困惑していた俺とリセの二人に対して、グレモン氏は片手を振りながら落ち着いた様子で声を掛けてきた。
「ではまた。クロベールの可愛い弟子のお二人さん。次に会う時には、また私の心が躍るような楽しい話を聞かせてくれたまえ。――――約束だよ?
・・・・・・ああそれとユウト君。君はもう少し初対面の相手に対しては警戒心を持って接した方がいい。いくら師匠であるクロベールの許可が下りたといっても、何でもかんでも聞かれたことを、正直にそのまま答えてしまうのはリスクが大きすぎるからね」
話を続けるグレモン氏の声と姿が、少しずつではあるが俺たちのいる地点から遠ざかっていく。それはやがて山彦のような反響した音となり、煙によって視認できない景色の向こう側に吸い込まれていった。そして――――、
(なんだこれは・・・・・・人の声か?)
ざわざわと複数の人物の話し声・・・・・・というより街中のざわめきのような音が周囲から聞こえ、それがテレビの音量を上げるかのようにして、急激な変化を伴って拡大していく。
煙が晴れていくと同時に四方に広がる景色の輪郭が、曖昧なものではなくハッキリとしたものとなり、足元の石畳や建物のシルエットが見えてきたと認識した次の瞬間――――俺たち三人は大勢の人々が行き来する、大きな通りの中央に突っ立っていた。
明るい空の下で店を構えて客の相手をする店主。
通りの脇に移動式の店を出して客引きをおこなう露天商。
品定めをしながら店を渡り歩く客。楽し気な会話や値引きの交渉をしていると思われる内容の会話が空中をあちこち行き交い・・・・・・そこには俺が以前訪れたことのある、魔法世界の都市、ローツキルトの光景が広がっていた。
「これは・・・・・・空間転移魔法ですか?いや、でもそれにしては術式を作動させた様子も見受けられませんでしたし。クロエ、いったいこれは・・・・・・?」
俺より魔法についての知識がある筈のリセですら、今のこの状況が理解出来ないといった様子である。
クロエは「どう説明したものか・・・・・・」と話しながら、未だに呆然としている俺たち二人に向かって説明を始めた。
「まず最初に言っておくが、これは空間転移魔法ではない。私たちが先ほどまでいたあの部屋――――その空間自体の事象を歪め、このローツキルトの外周区画に直接繋げたといった所だろう。
一枚のパズルのピースを切り離し、その周囲に広がる景色を自らの想像力で造り上げ、それを本物であるのだと認識させる。
まあ造り上げたとは言っても、目の前に広がるこの光景自体は本物だが。要は我々がいた場所は最初からこの場所だったと間違った形で認識させ、それを現実のものにした・・・・・・説明が難しい上に私自身もよくは分かっていない。
おそらくかなりの制限がある魔法だろうが、奴は自らのことに関しては完全な秘密主義だからな。これ以上のことが知りたければ、術者である本人に直接聞くしかないだろう」
今のクロエの説明について俺は半分も理解できなかったが、隣にいるリセはその意味がある程度理解できたようだった。
どうやら転移の扉とはまた違った移動手段のようだが・・・・・・とにかく俺は一旦その事について考えるのをやめ、周囲に広がる商業の都市――――ローツキルトの光景に目を移した。
しかし今見えているのはそのほんの一部であり、先ほどのグレモン氏が放った言葉から察するに“外周区画”――――つまりは都市の外側に位置する場所なのだろうと推測できる。
これから自分たちはどうするのか。まずはそのことを目の前にいるクロエに対して俺が尋ねようとしたその時、それより先にリセが不思議そうな表情をして口を開いた。
「クロエ、それで何故ローツキルトにまで来ようと思ったんですか?何か用事とかありましたっけ?」
「まあ少し買い物をな。それと小僧の見聞を深める為にも、魔法世界の都市の中を連れて回った方がいいだろうと考えてな。まだお前たち二人きりで外の世界・・・・・・魔法世界の都市を歩かせるには危険過ぎる。 ならばこうして私が同行できる時に一緒に見て回った方が安全だ。それと・・・・・・多少気になっていることもあるしな・・・・・・」
「・・・・・・?」
よくは分からないが・・・・・・つまりはそういう事らしい。何はともあれ俺たちは魔法世界の五大中枢都市である、商業迷宮都市ローツキルトの街中を見て回ることになったのだった。
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