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15.追想カレンダー

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私が作られた時、すでに私は自分が何者かを知っていた。

最初の管理人形、『レギュレーター』から作られた。

彼はあの時すでに機械人形だったのだろうか?今となっては、知る由もない。

私が作られた時はまだ、創造主レギュレーターは私と対話をしてくれた。
彼は私に色々な話をしてくれた。

沢山の迷い人と話していくうちに、自分がほかの迷い人とは違うこと。
この世界夢と夢の交わる交差点…"交錯点"なのだと理解し、そう呼び始めたこと。
私が作られる前はくずが機械仕掛けではなく、自分を狙い、襲ってきたこと。
星の夢に救われたこと。
…生まれて来るくずが機械仕掛けになってからは、くずは彼を襲うことがなくなったという。
どのくずも従順に、彼の言葉だけは忠実に守った。
「永遠の交差点の中心で、吾輩はすべてのくずの生死を司る。我こそはバロン・サムデイ!」
彼はそんな己のことを度々土曜男爵バロン・サムディに例えて名乗り、茶化し、交錯点の主であるように振舞いながら、一方で星の夢に神性を見出し、崇めていた。

彼は、たまに夢に紛れて落ちてくる迷い人と会話をすることを楽しみにしていた。
時に大笑いし、時に憤り、時に涙を流し、大いに楽しんでいたように思う。
彼は度々迷い人との会話を記録しては、己の仕事に没頭する日々を過ごしていた。

「わたしはもう、戻れない」

彼はいつもそう言って黒い涙を流しては、砂に己の拳を叩き付ける。
ひとしきり泣いた後、必ず振り向いて私に笑いかける。

「おお、白金プラチナ、そこにいたのか。わたしの家族、娘よ。お前に弟妹を作ってあげよう」
「はい、創造主。お手伝いします」

私は彼の傍で助手をしながら、彼の技術を学んでいく。
私が覚えている最後の彼の姿は、星の夢への祈りの言葉を呟きながら、くずの破片を集め機械人形を作る姿だった。

彼の腕が動かなくなったときは私が彼の腕の代わりになり、
彼の衰えていく体の部品を探しては彼に献上した。
黒い涙を流しながら、彼は失った腕に機械の部品を足していった。
機械人形おとうと・いもうとたちを作り上げると同時に、
日に日に彼は、彼のかつての面影を無くしていった。

あるとき彼は、とある迷い人と話をしていた。それはとても、長い時間をかけて。
彼が久しぶりに祈りの言葉以外の会話をしていたその時間が、私にはとても新鮮に映った。
何を話していたかはわからない。
けれど、迷い人と話をしていた彼の眼は、初めて私を作り上げた頃のように澄み切っていた。
それはとても良いことだったのだろう。
迷い人が彼の元を去った後、彼は以前にもまして機械人形の製作に心血を注ぐようになっていった。

「あの人間との対話は貴重かつ有益な時間だった」
「私が知るよりもずっと先進的で私以上の知識を持っていたにも拘わらず、あの人間はここに留まろうとはしなかった。奴は落伍者だ。奴は反逆者だ。奴は罪人だ」
笑い、悲しみ、憤り、そして。
「しかし、あの人間が私に託した知識は私が抱えていた難題をいとも容易く解決へと導いてくれた。これで機械人形たちは更なる改良が可能になったのだ。手始めにお前を"進化"させてやろう、私の"白金"よ」
踊りだすほどの喜びに満ちていた。
「はい、創造主。あなたのお役に立てるなら」
彼は澄み渡ったような美しい目で、私の体を…思考回路を作り替えていった。


次に目が覚めた時、
私は自分の中に感覚が、感情が、…心というものが芽生えたことに気が付いた。
戸惑う…初めて戸惑う私をみて、彼は満足そうに頷き、

「おはよう、"白金"。お前はこれから、『永久カレンダー』の管理人形だ」
と、告げた。


私は『永久パーペチュアルカレンダー』の管理人形"プラチナ"として、この交錯点を歩き続ける。
私はただ、交錯点を見ているだけ。
私の役割は私の後に生まれてくる管理者たちのメンテナンスを、彼の代わりにすることだけ。
砂から部品を取り出し、疲れた彼らの修理や掃除をする。

私は最初の管理人形、『レギュレーター』から作られた。
彼はいつから機械人形だったのだろうか?今となっては、知る由もない。


私の次に生まれたのは、『クロノグラフ』の管理人形だった。
私と同じ"女性"型で、髪の長い細身の少女。
彼は私の初めての妹に、"アンチモニー"という名前を付けた。
彼女はまだ起動していない状態だったが、それでも私と同じ"特別"なのだろう、ということはよくわかる。

アンチモニーとは、星の模様をした石なのだと彼から教わった。

星の夢を崇拝する彼らしい、と、今でも思う。
私の名前がそうであるように。

彼は自分の作った子どもたちに、彼のいた世界の"鉱物"になぞらえて名前をつける傾向があった。
それは彼が砂の中から掘り起こし、砂でできた部品をすくいあげて作ったからだろう。
その中でも私たち管理人形には特別、"希少な金属"だという名前が与えられた。
最も"複雑にして、特別な人形たち"だから。

…結局彼が作り上げた機械人形たちのなかで最後まで"生き残っている"のは、
私を含む管理人形たちだけだったのだけれど。
私は彼女が作られたとき。初めて彼が私の回路に…私たちに、何を施したのかに気が付いた。

彼はどこからか連れてきた迷い人を、機械人形に"食べさせた"のだ。
精神体である彼らを食す、という説明には少し語弊があるが、表現としてはこれが一番近いだろう。

迷い人という非常に複雑で大きな、強い"夢"が入った機械人形は誤作動を起こす。
何度も何度も体が反発していたが、やがてその体に馴染むように、徐々に大人しくなっていく。
正誤の判断はつかない。
けれどそれは、とても"おそろしいこと"だと私は感じた。

私の中にも、同じように迷い人の夢を入れたのだろう。
けれど、私の自我は私のものであるように。
迷い人の記憶もなければ、自分の知りえた記録でしか己を判断することはできなかった。
恐らく、迷い人の夢という大きな力だけが私の中に同化し、迷い人自身が消滅したのだろう。
そのおかげで私は感情を理解し、学習速度も遥かに向上した。
彼か彼女かも分からないが、…夢の持ち主は、意識は、どうなってしまうのだろうか?
この交錯点にいる限り、答えは永久に出ない。

アンチモニーに迷い人が入り込んだ後、彼女は私と同じように初めての"感情"が芽生える。
作られたばかりだから、まさに"生まれたて"と言ってもいい。
何も知らない彼女が起き上がり、嬉しそうに微笑む。

「初めまして、おねえさま」

私とアンチモニー…アンは、すぐに仲良くなった。
私はアンに、交錯点を歩きながら彼から教わったすべてを教える。
アンは私を姉と慕い、私の後をくっついて歩き、そして交錯点というこの世界を"計測"し始めた。

機械人形を作る彼の代わりに、交錯点がどういう場所かを調べてくる。
私は機械人形を作る彼の代わりに、アンの"修理"と"教育"をする。
そうやって私たちはずっと、交錯点を巡っていた。

再び彼のもとへ帰ってきたとき。
彼はすでに、別の機械人形を作っていた。

『インジケーター』の管理人形、レニウム。
アンチモニーが計測・記録したもの全てを表示するために作られた。
彼はアンとレニウムの二体に中継器を埋め込み、回線をつなげて相互に信号の送受信、伝達ができるようにした。
これで、アンが見てきた世界をレニウムが表示するという役割分担ができるようになった。
レニウムはアンからの信号を待つ間、すでに計測された座標に自ら赴いて座標板を作り上げる。
これで、今自分がどの地点にいるのかが分かるようになり、私たちの"仕事"の効率が上がった。
彼の居る場所を起点にして、交錯点という世界が管理されていく。

彼は我々に自分を『レギュレーター』とし、始まりの管理者として、名実ともに支配者となる事を告げた。
私たちは、彼の手足なのだ。

ある日、レニウムはレギュレーターに要望を伝えた。
"更に自分の効率をよくする為に、自分を増やしてほしい。自分が全ての座標板にいれば、アンチモニーの計測結果を表示するまでのロスがなくなる。"
しかし、レギュレーターはその願いを聞き届けることはなかった。
「望みがあるのなら星の夢に祈ればいい。わたしはそうした。わたしは願った。わたしの望みは、わたしの思うとおりの機械人形を作ることだ」
彼はあくまで"機械人形"を作ることだけに没頭し、それを命題としている。
自分が作った機械人形の願いを、彼は最後まで聞くことがなかった。

星の夢は、レニウムの願いを拾うことはなかった。
それほど強い願望ではなかったのか、それとも、自分が抱えるに値しなかったのか。
どちらが正解かはわからなかった。
ただ、レニウムの願いは星の夢に祈らずとも、レギュレーターに乞わずとも叶えることができる、という事実を私は理解していた。

「それなら、私が作りましょう。」

「…プラチナが?」
「私はずっとレギュレーターに付き添い、手の代わりをしてきました。あなたのことは、中を覗かせていただければそっくりそのまま作れます。ただ、」
「ただ?」
「私は彼ではないので、意識までは作れません。私が作れるのはあくまで、動く"殻"。ただ信号通りに動くだけの機械人形です」

私は彼と同じものを作ることはできるけれど、彼のような"管理人形"は作れなかった。

「それでもかまわない。普段は座標板の下に眠らせておきましょう。私がそこへ私の意識を飛ばせるように、中継器を作ってください。」
「ええ、それなら」
そうして私はアンと離れ、レニウムの同位体を作ることにした。
「いやです、おねえさま。アンはおねえさまと一緒にいたい」
「でも、貴女のお仕事は計測でしょう?」
「それでも、いやなものはいやです」
「…では少し仕事をお休みして、みんなで一緒に作りましょう」

「アンが?」「おれが?」

「そう。みんなで作れば、もっと早いし、楽しいでしょう?」
2体は私の提案に、二言なく頷いた。
私たちの仕事が彼の役に立つのだと信じて。
しかし、この時すでにレギュレーターは私たちに関与することはなく、ただ自分の思う通りの機械人形を作り続けるだけだった。
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