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35.夢から醒めた夢

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「ところで、私の夢からどうやって交錯点に戻るの?」
タングスくんの修理を終え、漸く本題に入る。
「今更だな…人間と言うのは、こうも考えなしなのか」
まったくこいつは、という顔でタングスくんが呆れた。
「ん」
「ん?どうしたの、セレンちゃん」
セレンちゃんが手を差し出してきたので、無意識に握り返す。
「だいじょうぶ。まかせて」
「うん、任せる!」
即答の二つ返事に、さらに呆れた声がした。
「何故そこまでセレンに甘いんだ…?」
「だって、セレンちゃんだもん」
「…」
「やめておけウォルフラム。考えても歯車が軋むだけだ」
特に何の感情もないレニウムがたしなめる。
「お前は受け入れすぎだ!」

「ん…、おみは交錯点に戻って、どうするの?」
「え?どうするって…」

どうするったって。
考えてみれば、戻ったところでどうしようもない気がする。
だって、巨大くずに食べられちゃったし。

「…どうしよう…」

行ったところで、何ができるとも思えない。

「そういえば、私の体ってあるの?」
「ん。つぎたして、だいじょうぶになった。あとは起きるだけ」
「えっ、それってどういうこと…?」

…継ぎ足した?

…何を?


気が付くと、レニウムが目の前に立っていた。
「細かいことは気にしなくていい。お前は、リピーターに会いたいか?」
「!うん、会いたい!」
会いたい。
「会ってどうする?」
タングスくんが、反対側に立つ。
「…」
会って、私は大丈夫だったと伝えたい。
そうだ。
だって、梶本くんが約束してくれたんだから。

「梶本くんが、私を元の世界に帰してくれるって約束してくれたから。」
「それは、セレンたちじゃだめなこと?」
繋がれた手の上に、セレンちゃんの手が重なる。
「勿論セレンちゃんが私の為にしてくれるなら、それは嬉しいけど。でもね、だめなの」
その手を握り返す。

「どうして?」
また新しい声が、背後から突然現れた。

「…ベリリウム、ちゃん…」
「どうして?」
目がぐるぐると回った、機械人形。

「どうして?カジモドはあなたを殺した。どうして?あなたを呼びよせた。どうして?あなたを守れなかった。どうして?あなたを危険に晒した。なのに、どうして?」

焦点の合わない機械人形が、どうして、と繰り返す。

「白金が不朽になったのは、梶本くんのせい?…ううん、きっと、白金が選んだこと。梶本くんを助けたいって願ったから、白金は不朽の星の夢になったと思う」

きっとそう。

「…どうして?どうしてカジモドにこだわるの?」

拘る?そんなんじゃない。

「私…私は…白金だったころの、不朽だったころの、梶本くんとの約束を果たしたんだ。その時は覚えてなかったけど。だから、今度は梶本くんが約束を果たす番」
「やくそく」
「そう。だから、梶本くんじゃないとだめなの」

今わかった。

「それに私は、梶本くんを放っておけないし。」

嫌われ者だと蔑まれ、疎まれたリピーター。

「不朽の星の夢から私にしてくれたのも、梶本くんだったんだ」

私の大切な友達。そして、それを超えた大切ななにか。
なんだろう。
何ていえば言えばいいんだろう。

「どうしてとかじゃない。会わないと始まらないし、終わらないの。とにかく、私は梶本くんにもう一度会いたい!」

パアン、と、弾ける。



視界が真っ白にぼやけていく。

セレンちゃんの手を握っていた感触が、わからなくなっていく。

何もかも消えるように。


ただ、遠くの方で微かに鐘の音が聞こえた。

あの時教えた、星の歌の音。

きっと梶本くんが鳴らしているんだ。

私がわかるように。






<まあ、本当に無事だったの>
[おねえさまの体ですもの。それに…]


目が覚めると、二つの星の夢が頭上で瞬いていた。


「…星の夢…不朽?」

[…あたくしは不羈の星の夢よ、生三]

ふわりと、あの柔らかな笑みと髪が目の前に広がる。

[セレンに、5164に、ウォルフラム…ベリリウムまで。…皆、あなたを救う為にあなたに継ぎ足したのね]

「!?」

視界が晴れたような気がする。
周囲には、見覚えのあるたくさんのがらくたが散らばっていた。

「これは…、皆は…、」

そして、傍らには。

「…梶本くん…!!」

体のあちこちをなくした、梶本くんの残骸が立っていた。


「どうして…なんで、こんな…」

駆け寄り、残骸をその手で確かめる。
動かない。
直したところも、掃除したところも。
全部。
ぼろぼろだった。
「それに、他にも…?」
周囲には、見覚えのある残骸ばかり。
それでようやく、察する事ができた。

「付け足したって、そういうこと…?なんでよ、どうして…」

なにも、こんなになってまで、という言葉が出そうになって、飲み込む。
何も繋いでいない手の平に、小さな手の感触が残っている。

<起きるのが遅かったわね。でも、…あなたが起きたという事は、この巨大くずはもうすぐ崩れる>
不朽がふわりと周囲を旋回した。
「…崩れる?」
[貴女を核にして動いていたの。…でも本当に、止めてしまうなんて…]
不羈の星の夢は、残念そうな、ほっとしたような、そんな笑顔を浮かべた。
[貴女には、色々と悪いことをしたわ]

<ごめんなさいね、わたし。無事でよかった>
不朽の星の夢は、私の顔でしれっと謝る。
別に悪いことはしていない、と言ったような軽さ。
「…もう気は済んだの?」
けれど、何故かその謝り方が腑に落ちてしまった。
<ええ。…やっぱり、変な気分ね。自分に謝るなんて>
「私は自分相手に怒ったよ」
<でしょうね。わかる気がする>
「…それで、どうするの?」
<もちろん、貴女の中に帰るわ。それで、相談なんだけど>
「なんでしょう?」
<不羈も一緒に、あなたわたしの中に入れていい?>
「は?」

まさかの、異物混入。

[おねえさまが約束して下さったの。もうずっと一緒だって]
はにかむような笑顔で。
何があったのかはしらないが、
不朽と不羈の間のわだかまりは決着したのだろう。

あの毒々しい笑顔が、抜けていた。

「え、…でも、大丈夫なの?入っちゃって」
<大丈夫よ。だって、あなたの中にもう、管理人形がほとんど入っちゃってるもの>

…。

…言われてみれば。


そうか。
レニウムも、セレンちゃんも、ウォルフラムも、…ベリリウムちゃんも。

「…ベリリウムちゃんだけは、直してあげられなかったな」
[それなら大丈夫。あの子を造ったのはあたくしだから。あたくしが直して差し上げてよ]
私の独り言に沿うように、不羈が笑う。


…と、いう事は。

永久カレンダー。
クロノグラフ(×2)。
インジケーター。
トゥールビヨン。
ムーンフェイズ。

5つの複雑機構の管理人形が、私の中に?
ちょっと意味が解らないけど。

「私いま、グランド・コンプリケーションじゃん…」

複雑機構が複数集まった、超絶複雑機構。
お値段は聞かない方が幸せ。

<あとはリピーターとレトログラードで完璧ね>
「えっ梶本くんも私の中に入っちゃうの?!」
それはなんかやだな、と思ったとき。

ぼろぼろに立ち尽くした、その姿がまた視界に入る。

「…本当に、助けに来てくれたんだね」
触ってみる。硬い。
私が直したあちこちも、全部、ぼろぼろに崩れている。
[…ずっと、貴女を追っていたのよ。たくさん鐘を鳴らして]
「そうなんだ…」
そのぼろぼろに止まった梶本くんを抱きしめる。
「ありがとう、梶本くん」

ありがとう。
そう呟いたとき。
少しだけ、梶本くんの歯車がギギギ、と動く。
「!!」

カァン。

ドの音。
その1音だけ、響いた。
ただそれだけだった。

「…馬鹿だなあ、もう」
その梶本くんの1音で。
今まで覆っていた周囲のくず肉が、まるで砂のように大きな音をたてて崩れていく。
[生三、埋まってしまうわ]
不羈の星の夢が、くるりと私の周りを回る。
「あ、まって…」
梶本くんのぼろぼろの体から離れようとしたとき、何かがジャージの裾に引っかかった。
「…!」

ナナメに歯が出っ張った歯車…ガンギ車。
その歯車に引っかかるツメは、アンクルと呼ばれる調整部品。
アンクルの先には、伸びたひげゼンマイとテンプ。

その3つは、時計の心臓部だ。

テンプごと、ガンギ車を引っ張る。
それらを固定するから、するりと抜けた。

「…一緒に持ってくからね。梶本くん」

返事はない。
砂がゆっくりとすべるように降ってくる。
その風圧の所為かは解らないが、
ぼろぼろの灰色ローブが私に覆いかぶさって、砂を弾いてくれた。

背中を押してくれたような気がした。

<持ってきたの?>
不朽がふわりと、寄り添うようにちかちかと瞬いた。
私は走らないといけないんだけど、飛べるっていいなあ。
「うん…」
<今度は、離さないようにね>
「…うん」
目の前に浮かぶふわふわとした私も笑いかける。
ちょっと気持ち悪い。あと代わって欲しい…すごく楽そうでずるい。
[生三。貴女はあたくしたち皆を連れて、皆の願いを受け取って、星になるの]
「星…?みんなの願い?」
[そう。もう一度くずかごに戻るのよ。…今度は、皆と一緒に]


光が見える。
くず肉の外だ。

<飛んで!>

不朽の号令で、
走り幅跳びのように、
ありったけの助走をつけて光へ飛び出した。


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