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37.レトログラード

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レトログラード人形の反応はない。

壊れてしまっているのかと思い砂から掘り起こしてみると、心臓部分は動いていた。

顔部分だけではなく、全体的に造りかけだったのだろう。
最低限稼働するようはできている。
その間も動かないまま、ただの機械仕掛けの人形のようだが。

「へえ…」
中身を見てみると、本当に最低限だけの部品しか使われていない。
お腹の方は、またわけのわからない複雑な機構。
「本当に、あなたたちの創造主ってすごいねえ」
設計図もなしに…いや、砂上に書いては消しを繰り返したかもしれないけど。
こんな複雑で、摩訶不思議としか言いようのない機械人形を作りあげるなんて。
「でも、どうして君だけ造りかけなんだろうね」
そのままにしておくのも可哀想なので、足まで掘り起こして座らせる。
片足は太ももぐらいまでしかなかったけれど、想像以上に軽かった。
多少中身を入れた学校鞄くらい。
「これで大丈夫かな?あ、でもまた埋まっちゃうか…」
滝のように落ちてくる砂と、レトログラード人形を見比べて。
「…このまま一人は、やだよね」
一人で居たい子だったら申し訳ないけど、意思の疎通が取れないので仕方ない。
「よいしょ」
体積がある分多少の負担はあるが、背負えない程でもない。
「一緒に行こうか。大丈夫、みんなも一緒だからさ」
掘り返してしまった責任もあるので、そのまま背負っていくことにした。

<あら?…少し離れたと思ったら。それは何?>
不朽が天をくるくると回り漂いながら瞬く。
[まあ、…レトログラードですわ、お姉さま]
不羈も同じように漂いつつ、驚きの声を上げる。
[まさか、ここに居るなんて]
「不羈、この子のこと、知ってるの?」
[レトログラードの管理人形…名前は知らないわ。創造主が付けていたかもしれないけれど、この子は動かないから、誰もこの子を呼ばないの]
「あれ?そういえば私、ベリリウムちゃんから『レトログラード』に会いに行けって言われたよ」
彼女に初めて会ったとき、確かに言われたことを思い出す。

――――『レトログラードに会いに行け。5164が知っている』

そう、だから私と梶本くんで会いに行ったのだ。レニウムに。

[ベリリウムが?…そう。あの子も半分作りかけのようなものだから、何か通じるものがあったのかもしれないわね。そういえば、あの子は度々中心に向かって走っていたけれど…この子に会っていたのかしら]
「その辺りの事は詳しく知らないの?」
[全てを監視するほど、あたくしは暇ではないの]
「そうですか…」
<…それで、その子も連れて行くの?>
「うん。他の皆が私の中にいるのに、この子だけ残したら寂しいじゃない」
<その子に感情があるかもわからないのに?>
「うん、まあ拾っちゃったし。複雑機構が全部揃うのにレトログラードだけないのも歯痒いじゃない」

正確には、梶本くんもいないけれど。
…っていうより、梶本くんに会うために起こしてもらった筈なんですが。
肝心の梶本くん、壊れてしまってたんですが。
そこんところどうなってるんですか、レニウムさん?

心の中でレニウムに問いかけてみる。
当然ながら返事がくることはないけれど。
本当にまだ私の中にいるんだろうか、若干心配になる。
…まあ、タングスくんがいるのだからレニウムもいてくれてるはず。

そういえば、梶本くんの心臓、持ってきちゃった。
字面だけ見ると物騒だけど。…動力部。

「梶本くん…」
<まあ砂が落ちるまで、好きなだけ感傷に浸っているといいわ。私は創造主を探してくるから、砂に埋もれないでいてね>
不朽が割と私に対する扱いがぞんざいなの、本当なんなんだろう。別に私だからいいけど。
[お待ちになって、お姉さま!あたくしも行きます]
そして当然ながら、不朽についていく不羈。
自由だなーこの星たち。
「ちゃんと戻ってきてねー」

二つの星がくずかごを昇り、光が消えるのを確認して。
とりあえずすることがないので、砂と一緒に紛れているレニウムの同位体をはじめとした残骸を集めることにした。
まだ砂は途切れずに落ちてくる。
くずかごの底から、半分くらいは埋まってきたけれど。
満杯まで埋まるとしたら、あと半分なんだろうか。
「あ、…これ」
ばらばらなレニウムの同位体の中に、壊れていない歯車やバネを見つける。
「…」
綺麗な部品を集めて。
集めて。
集めて。
ときどき、灰色ローブの切れ端を見つけて。
また集めて。
「…ねえ、これ、君の足に合わないかなあ」
レトログラードの不足している部分に合わせてみる。
「付け足しても良い?」
一応聞いてみても、レトログラードは動かないし答えない。

「…やってみるか」

梶本くんと。
レニウムと。
セレンちゃんと。
タングスくん。

もう既に私は4体、分解修理したんだ。
機構部分が壊れていないレトログラードなら、足りない部品を埋めるだけ。
ガワの作り方なら、皆大体一緒だったから。
それなら、聞かなくても大丈夫。
「君ともお話できると良いなあ…」
そうやって、一つ一つ。
まるでパズルを埋めていくかのように、継ぎ足していく。




「貴様、何をしている!」

少し進んだかと思ったところで。
いきなり、聞いたことのないくぐもった声が聞こえた。
「え?」
振り返ると、小さなぶよぶよとしたくずが、ぶるぶる動いていた。
スライム…いや、生肉のかたまり?
よく解らないけれど。
くずが言葉を話していることと、まだ形として動いているくずがいることに驚いて思わず言葉を失う。
「貴様、それはなんだ!私の作品に勝手に持ち出して、何様のつもりだ!」

わたしのさくひん?

「えっ?だ、だって、この子…部品足りてないし。未完成だから…」
「それは未完成が完成なのだ!芸術も解らんガキが、侮辱しおって!」
くずがぶるぶる震えて怒っている。
「え?あ、ごめんなさい…」
芸術は確かによくわからないけれど。

「…っていうか、あなたが作ったの?」
「当然だ!私が創造主なのだから!」
小さなぶるぶる震えるくず。
不朽の記憶にあったどの姿とも違う、それまで見た中で最も小さく、単純で、不格好な。
くずの姿。
「ええ…前は機械人形だったじゃないですか…なんで出てくるたびに体が違うの…」
「なに?」
ぶるぶる怒りながら震えていたくずが、ぴたりと止まる。
「貴様、私の以前の姿を知っているのか?人間の癖に?…いやまて、貴様、貴様は一体なんだ?」
「あ、申し遅れました。橘生三と言います」
「固有番号の話はしていない!貴様は一体なんだと聞いている!」
またぶるぶる震えだす。
…くず肉のかたまりになんだ?と聞かれましても…。

「人間です。あ、でも、私は元々不朽…あなたの作った白金?だったらしいです」
またぴたりと震えが止まる。なんだろう。バイブレーション機能なんだろうか。
「白金…お前が?私の白金?…では、お前は星か!」
「人間です」
「そうか、そうか、…やり遂げていたのか。先ほど見た時にはまだ不完全な二等星だったと思っていた
が、そうか、完成していたのか!」
…どうやら人の話を聞かないタイプらしい。
今度の震え方は小刻みだった。
下手に突っ込まないほうがよさそうだ。
「よくやったぞ、私の白金!だが、ガリウムを持ち出すことは許さん!」
「あ、はい。すみませんでした」
持ち出し禁止っていうか、すぐそこで埋まってたから掘り起こしたんですけどね。
それより、この子はガリウムというんですね。
ガリウムってなんだっけ。例によって希少金属なんだろうけど。

「…ん?待て、それはなんだ」
「はい?」
「…貴様、ガリウムに何をした?」
くず肉…創造主がガリウムを見てぷるんっと震えた。
…察するに、驚いているらしい。
「え、あ、部品付け足しました」
「貴様が?…見せてみろ」

そう言って創造主がガリウムの体にぺとぺと触っていく。
「…おい、貴様。これを外してみろ」
「え?折角つけたのに…」
「四の五の言うな!」

仕方なく、付け足した部品を外そうとした。
けれど。

「…あれ?」

何度やっても。
どんなに力を入れても。
先程付けた部品が、離れない。
…確かにネジを多少きつくは締めたけど、所詮は手締め。
同じような力でならすぐ弛められるはずなんだけど。

「外れないです」
「ならばそのままでいい」
「ええっ?!」
のだろう」
「えっと…どういう事ですか?」
「貴様の付け足した部品を、ガリウムが気に入ったという事だ」
「えっ」
気に入った?
何の反応も示さないのに。
…っていうか、その部品レニウムの同位体の部品なんだけど。

「そいつは相当の曲者だ。滅多に人前にも顔を出さん。…貴様の前に現れ、素直にに体を弄られるところを見ると、相当貴様を気に入ったのだな」
「そうなんですか。それは嬉しい」
良かった。連れてきて正解だったらしい。
「…あ、そういえば不朽があなたを探しにいきましたよ」
「私の白金が?…私の白金は、貴様ではないのか?」
「あー、その辺り説明するとめっちゃややこしいんですけど。くずかごで分裂しました」
「成程」

あれー?すんなり納得してもらえた。
話が早くて助かる。
「しかし分裂したのなら貴様には『根幹』がないはずだ。それを無くしている貴様が、何故こうして起きている?」
「あー、その辺りよくわかんないんですけど。なんか管理人形の皆が継ぎ足してくれたみたいです」
「成程」

えっ?本当にわかったの!?
「…道理で貴様の中から、様々な気配がするわけだ」
本当に解ってた!え、創造主、凄っ!

「1、2、3…。…4?…この異分子はわからんが、我が作品が貴様の根幹として取り込まれている…貴様自身も元は我が作品なのだから造作もなかろう。しかし、…奴等が貴様に捧げたのか…」
ぶるりと考え込む創造主は、そのままぶるぶる震えている。

…頭上あたりに『Now Lording...』って付けたい。

「…と、すると、もうこの交錯点も用済みだ」
「は?」

藪から棒に、くず肉は頭らしきでっぱりを上に向けた。

「間もなく我が悲願が成就され、私は星になる。私の悲願で作り上げた交錯点は終焉を迎え、振り続けた星屑は新たな旅路を迎える」
「え、さっぱり意味がわかんない。…つまり、あれですか?結局ここは壊れちゃうんですか?」
「簡単に言えばそうなる」
「分かり辛いんで、今後も簡単に言って下さい」
「何故私が貴様に解りやすく教えねばならん。貴様が自ずと噛み砕き理解せよ」
「ええー…」
「まったく、何一つ私の白金とはまるで違うものになりおって。…ついて来い」

ふと気が付くと、創造主の肉体が溶け始めていた。

「え、あの、創造主さん溶けてるんですけど」
「うむ」

気にした様子もなく、くず肉がくずかごの中央へと歩いていく。

仕方なく、ガリウムを背負ったままついて行った。


その時、



背後からパン!と弾ける音がした。
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