上 下
41 / 42

41.時計の針は星と共に

しおりを挟む

<…と、いう訳で各種自由に散らばりました>
「見事にまとまりがない…」

まあ意外だったのは、タングスくんが梶本くんの中に入ったことだ。
星になるより、星の夢と一緒に梶本くんの一部になることを選んだタングスくん。
あれだけ嫌ってたのに。やっぱりツンデレだ。

そして、逆に星になることを選んだセレンちゃん。
そのことについて創造主は頷きながら
「…月面が星になる、か。尤も月とて星、最も星に近いと言えばその通りだな」
と、解説してくれた。
最後に一度会いたかったので結構寂しい。

そして。
「レニウムって、実はかなり優しくて世話焼きな管理人形だったんだね」
胸に手を当てながら口を開くと、隣にいた梶本くんが頷いた。
「ええ。生真面目で頑固で回りくどくて、…俺の知る限り、最高に理想の管理人形です」
といっても8体しかいないけど、と付け加えながら。

それから創造主の隣に立つガリウムに声をかけた。
「よかったね、ガリウム。ベリリウムちゃんと一緒になったから、これでもう寂しくないね」

…本当は不羈の星の夢から、自分の中に入れてくれと頼まれていたのだけど。
本当にそれでも構わなかったのだけど。
ベリリウムちゃんが望んだのなら、それが最善だろう。

きっとそのことは不羈も笑って許すはずだ。
それにしても、相変わらず何一つ動かないガリウムの中に
ベリリウムちゃんが入ったと聞いたときは『とうとう動くか?!』と期待をしたのだけど。
残念ながら、当然のように何一つ動かない。
動かないけど何故か謎の存在感はあるんだよなあ、ガリウム…。

「あれ?でも、ガリウム動かないのにどうやって昇るんです?」
創造主に尋ねると、創造主はわからんのかという目で見ながら答えてくれた。
「今稼働に割いているリソースを止めれば動く」
「稼働?リソース?」
「『役目』ですね。」
創造主の代わりに、頷きながら梶本くんが答える。
「役目って…逆行のこと?」
結局、教えて見せて貰っても何がなんだか分からなかったやつ。
「貴様のぼんくら頭では気付きようもなかったろうが、交錯点の崩壊する速度が緩やかになっているだろう。本来であればとっくに崩壊し、全員消えていたところだ」
創造主が補足するように、口を開く。
「はあ」
実は少し前に気が付いていたけれど、考えても解らなそうなので気にしてませんでした。
と、言おうと思ってやめる。
「このガリウムが、留めていた。それだけだ」
「え!?だって崩壊は止められないって言ってたじゃないですか」
「ああ言えばこう言う。全く、女はいつの時代も小煩くてかなわん」
「要するに、ガリウムは『崩壊している現状』から『崩壊前』までを逆行させているんです。」
さすが、梶本くんは優しい。
「ですが、管理人形に交錯点全ての崩壊を止める事は不可能です。ガリウムはその機能でもって、崩壊する力と拮抗…するところまではいけないから、その速度を少しでも長く弛めてくれているんです」
なにそれ凄い。
「そのために、自分の身体機能の全てを停止させてその力に注力しているのでしょう」
っていうか、交錯点そのものに干渉できるっていうのも凄い。
ちょっと機能が別格すぎない?
創造主をして、傑作というだけあるか…。
「じゃあ、今ガリウムが動いたら…」
「今までの分、怒涛に決壊していきますね。あっという間だと思います」
「…」

そうか。
…終わりなのか。
そう思うと、何か後ろ髪が引かれたような気がする。

「あのさ、梶本くん。…ちょっとだけ、良いかな」
「はい」
梶本くんは心得たように頷いてくれた。
「ごめんね、ガリウム。もうちょっとだけ頑張って。…私に、時間をちょうだい」
ガリウムの肩を叩く。
創造主も、不朽も、何も言わなかった。


少しだけ、離れる。

くずかごも大分砂で埋まっていて、少し踵を上げれば、もう今まで地表だった部分も見える。
今まで見えていた、砂と空と雲だけの世界は…

何もなかった。

今まではくずかごが…地平線まで続く砂漠の中に、ただぽっかりと空いた穴だったけど。

今度はくずかご周辺以外が、削れたようになくなっている。
円形で、まるでくずかご周辺の…地表と穴の境目だったところだけが盛り上がっていて、
文字盤の上に立って、周囲のケースに守られているようにも見えた。

空だけは明るくたくさんの色の光が折り重なっていて、
星々がより強く光っている。

「…綺麗だね」
空を見上げながら、ついてきた梶本くんに話しかける。
「…はい」
梶本くんの方へは顔を向けないまま、続ける。


「あのね、梶本くん。私さ、…不朽だった。」
不朽の星の夢…白金。
私の中から出てきた、私の前世。
「はい」
「でも…私は私で、不朽じゃなくて…うまく言えないんだけど。この交錯点を懐かしいとも、思った事なかった」
「はい」
「…わかんないもんだね。こういうのってさ、前世の記憶が呼び覚ます~とかじゃないんだね。不朽から聞いて知った部分あるけど。でも…やっぱり私にとっては最後まで他人事で、最後まで別の世界だった」
「はい」
「不朽だって言われた時、私は私じゃなくなっちゃうのかと思った。…不朽が私の所に還ってきたら、私じゃなくて不朽になっちゃうのかと思った」
「はい」
「どっちも違った。不朽が不朽じゃなくなって、私になるんだって。…安心した」
「…はい」
梶本くんは、相槌をしながら聞いてくれる。
「でも、梶本くんとはお別れになる。私が帰ったら、梶本くんと会った事は忘れちゃうのかな?」
「それは…解りません。夢を夢として覚えている場合もあれば、忘れてしまう場合もありますから」
だって、夢だから。
「過去の記憶や体験だったり願望だったりが夢として出てくるって言うけど、私じゃない私の過去だったんだなあ。本当に、不思議な感じ」

違う。
世間話がしたいんじゃない。
こんな事が言いたいんじゃない。
解ってる。
でも、何を話していいかわからない。

そう思っていると、梶本くんが声を上げた。
「生三。俺は、生三を見て人っていいな、と思いました」
「!」
「俺も人になりたい。生三のように明るくて、前向きで、でもとても歌と時計に一生懸命な…そんな人になれるかはわかりませんが、それでもあなたを見て、人になりたいと今は思っています」
灰色ローブ…が、もう殆どぼろぼろで、機械の体がほとんど全部露出している。
機械の顔で表情は変えられないけど…伝わる。
「ありがとう、生三。あなたは俺の願いをかなえてくれた。俺の願いを形にしてくれた。本当にありがとう」
「ううん。…こちらこそ、ありがとう」
何に対するお礼なのかはわからない。
でも、言いたかった。
「交錯点を出たら、もう交錯点は俺たちの世界じゃない。…きっと、生三のように交錯点の事も忘れてしまって、なかったことになる。全てを1からやり直すんです。12時で終わった針は、また同じところから…0時から始まるんです。でも、戻ったわけでも、なくなったわけでもない。進んでいくんです」
「うん…うん、そうだね」
「君に会えてよかった」
そう言って、梶本くんが手を差し伸べてきた。
私は反射的に、それを掴む。
「私、もっと梶本くんと一緒に居たい。お別れしたくない。せっかく仲良くなったのに。たくさん、たくさん、梶本くんの伴奏で、色んな歌を歌いたい」
「生三…」
「…でも、次に会えたとしても、もう梶本くんじゃないんだ。私と一緒で、タンタルくんでも、梶本くんでもなくなるんだ。私と一緒で、…前世の記憶なんてなくなるから、もし会えても私だって解らなくなるんだ」
「…はい」
「私だけが覚えてるのって、なんか、…ずるいよね」
「…はい。ずるいです」

強く握る。硬い、金属の腕。

「…私の願いも、…叶わないかな…」
ぽつりと、梶本くんにも聞こえない位小さく呟いた後。

顔を上げ、まっすぐに梶本くんを見つめて笑ってみせた。
「行こっか」
「はい」

二人で、創造主たちの元へ戻る。


<…もういいの?>
不朽が尋ねる。
<本当に、心残りはない?>
こうやってくるところは、本当に私だ。…私の中の声と、まったく一緒だ。

「うん、もう大丈夫。ガリウム、ありがとう。もう良いよ」
そう言って、またガリウムの肩を叩く。


<では始めましょう、タンタル、ガリウム>
不朽が小さな星に変わる。
それを見ていた梶本くんが、長斧を砂に突き立てた。

パン、と弾ける音がして。
その音を追うように唸るような爆音が轟いた。

「うわあわわわっわわわわ!」

ぐらぐらと、ぐらぐらと、足元が揺れる。
立っていられない。

「生三、こっちへ」
梶本くんが腕をつかんで、引っ張り上げてくれる。
長斧の刺さった中心部の周囲だけは、まだ安定していた。
「あ!」
気が付けば、創造主もガリウムに抱えられている。
「ガリウムが動いてる!」
しっかりと創造主を抱えている。
「ガリウム、ベリリウムちゃんと仲良くね!」
初めから物言わぬ機械人形は、何も答えずにただ頷いた。

<創造主、ガリウム。こちらへ>
星の夢に導かれて、
創造主はガリウムに抱えられたまま、突き立てられた長斧に触れる。
「創造主…。お元気で」
梶本くんがそう告げると、創造主はただ静かに目を瞑って頷いた。

それを合図に、梶本くんは一本の鍵ナイフを首に突き立てて、ギギギ、と、真ん中まで水平に捻る。
相変わらず目に悪い光景だった。
程なくして、梶本くんの鐘の音が長斧に伝わり、全体に響き渡っていく。

ゴウ…ン…

今までで一番大きく、一番低い、地鳴りのような鐘の音だった。

ゴウ…ン…

見た目に何か変化があったわけではないのに、何故か背筋がぞくりとする。
その音を聴いて、体中が粟立った。

気が付くと、
創造主の体が、例のあのくずの塊のようにまたどろどろと溶け始めていった。
ぼんやりと、その輪郭を消していく。

それに巻き込まれるように、ガリウムもぼんやりと視界から溶けていく。
すると誰の声でもなく、…けれど、聞き覚えのある声が響いた。

「…戻るか?」

ハッとして、私は叫んだ。

「戻らないよ。始まるんだよ、皆も、ガリウムも!」

「…始まる…」

抑揚のない、けれどもしっかりとした声だけが最後に残って、消えた。





「…私がくずかごの中で…不朽が出て行った後、…誰かとずっと、話…?うん、話してたの。私の事を、ずっと…。あれ、…ガリウムだったんだ…」

今、気が付く。

あの時。
ぐるぐる、ぐるぐる、私は何度も私の中の色んな記憶を反芻していた。

あの時、私に語りかけていたのはガリウムだったんだ。

「…そうか、生三がくずと同化せずにいられたのは…そういう事でしたか」
梶本くんも、腑に落ちたような声をあげた。
「え?」
「あなたが…生三が生三でいられる様に、ガリウムは繰り返し、繰り返し、あなたに語りかけていたんだ。生三が生三だということを忘れないように。迷い人は、くずと同化したら自我が消える。かつて、稀に交錯点に落ちてきた生身の人間も、それは同様でした。だから、…ずっと疑問だった。」
「…私が、私の体が溶けないであったから?」
「そうです。…ガリウムが繰り返し生三に問い続ける事で、あなたはずっと自分を忘れなかった。だから、くずも取り込めなかったんだ」
それはつまり。
「私…ガリウムにも、助けてもらってたんだ。…でも、どうして?ガリウムと会ったのは、こうして戻ってきて、あの大きなくずから逃げてきてからだよ。それまでは、存在だって…」
そう言いかけて、止める。
違う。ベリリウムちゃんに言われたんだ。

"レトログラードに会いに行け"って。

でも、結局、会う前にレニウムに腹パンチされてバケツレースされたんだけど。

「…『逆行レトログラード』だから。…あいつは…、ガリウムは、最初から知っていたんだ。生三が不朽だったことも…生三が…崩壊を抑えて動けないガリウムを助けて、一緒に星に救い上げてくれることも」
「それは流石に嘘でしょう!?」
流石に逆行、便利すぎない?いや、確かに終わりから始まる機能を持つガリウムなら、知っていても不思議ではないけれど。
「俺がガリウムに会いに行ったとき、…ガリウムは動かずにずっと、やっぱり『戻るか?』って問い続けてきたんです。…あの時は俺に言ってたんだとばかり思っていたけど、違った。あれ、生三に言っていたんだ…俺、すごく会話してたと思ってたのに…」
物凄く残念そうに肩を落としている。
「ええ?!」
私が居ない間、梶本くん…ガリウムに会いに行ってたんだ。
ってことは、全然意識が向いていないガリウムに対して横で一人返事してたんだ…。
なんかちょっと可哀想。
「…そう考えると、何もしていないようで、一番今回の件で貢献してたんだなあ…あいつ…」
「ものすごく働き者だったんだね…」
縁の下の力持ち的なやつ。
きちんと意思のある状態で、対話してみたかった。
「…なんだか、ガリウムの予定調和に転がされた気分でもやっとしますね…」
「まあまあ、ガリウムも頑張ってたんだろうから…」
実際に、私が躓いてなかったら気付かないでそのまま埋もれてたわけだし。

うん?
でも、そしたらなんであんなところにいたんだろう?
いやでも、もしかして、私が躓いて気付くところまでも計算して…?

「…ごめん、やっぱ私ももやもやする」
「でしょう」

そうお互いにもやもやしていると。

「…なんか私たちって、やっぱり緊張感とか無縁だねえ」
既に周囲は私たちが立っている、長斧が刺している砂の半径約1メートルくらいしか何も残っていない。
最早、どこが上で、どこが下かもわからない。
どこから歩いてきたのか、どこがオアシスだったかもわからない。
二人でくずかごを目指して歩いていた時の事を思い出すように笑うと、梶本くんも頷いた。
「そうですね。…でも、俺は好きですよ。こうして、生三と他愛のない話をしている時間が、とても」
「気が合うね、私もだよ」
そこまで言うと、ふと、肩の荷が下りたような…心が軽くなったような気がした。
「帰るなら、今が良いなあ…」

創造主とガリウムを導いていった不朽が戻るまで、ぽっかりと空いた時間。
「…生三、歌って下さい」
鼻歌でも歌おうと思っていたところに、梶本くんから声がかかる。
「お、私も丁度何か歌おうと思ってたんだ。伴奏してくれる?」
「喜んで」

まず、腹から声を出して、一音を出す。
追従して、同じ音を梶本くんが鳴らした。
ドから、ドまで。鐘の音域と、自分の声域が近くなるように。

それから、大きく息を吸いこんで。
二人同時に…指揮棒もないのに同時に、音を出した。

歌っていると、小さな星がひとつ、掌に落ちてきた。
小さな星は静かに私と梶本くんの周囲をぐるりと回って、
そしてそのまま私の胸の中に飛び込んで消えた。
一つ、
一つ、
小さな星が、
一つずつ、ぐるりと回って、私の胸の中に飛び込んでくる。
それでも続ける。

漸く歌い終わると。
目の前から、乾いた金属が何度も小さくぶつかる音がした。
それは拍手だった。
誰も…何もない場所から、拍手だけがただ響いている。

「…レニウム?」
梶本くんが口を開く。
けれど、レニウムは答えない。
ただ、拍手だけが、私たち二人の元まで届けられる。
ずっと、ずっと。
「…アンコール、だって」
止まらない拍手の意味を、レニウムが知っていたかはわからない。
でも、私は知っている。
「わかりました。では…」
「待って」
折角のアンコールなのだから。

今まで、助けてもらったのだから。

「これは私から、レニウムと梶本くんの…二人へのお礼」

本当はもう一つ、梶本くんに教えたかった歌。
休まずにずっと働き者だった、愛すべき時計人形みんなへ送る歌。
最後まで頑張った彼等へ、終わりにするための歌。

目を瞑って、心を込めて。
一音一音、丁寧に伸ばしていく。


歌っている間、背中をぽん、と両側から押されたような気がして。

最後の一音が終わるころ。






私は、学校のグラウンドの真ん中にぽつりと立っていた。
しおりを挟む

処理中です...