勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【1話】勇者の血を継ぐ者

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「リリア、お城でお姫様にでもなるのか?」
アランが笑いながらかける冗談に笑みを返しながら背中に聞いて教会に目をやると、
確かに教会の前に屋根付きで装飾のある馬車が停まっていた。辺りに似つかわしくない。
村に戻ってくるなり「王都から使者が来てお前を待ってるみたいだぜ」っとアランから言われたのは冗談でもなさそうだと思いながらリリアは弓と矢筒を背負い直し教会の扉を開けた。
「お姉ちゃん、ゼフ様が奥の部屋に誰か来てるんだって」
リリアが礼拝所に入って来るのを素早く見つけた修道児が嬉々として駆け寄ってきた。
「ありがとう、これ皆でね。どんな人が来たか見た?」
そう言って森で採ってきたワイルドベリーの入った籠を渡すと皆歓喜の声を上げて走り去るところで、彼女の問いかけはかき消されていた。
「…本当に誰」笑みを浮かべながら子供たちの姿を見守ったリリアはもう一度確かめるように呟いた。


執務室にはファーザー・ゼフと二人の来客がいた。
来客はリリアの入室を認めると、立ち上がってリリアの方を振り返った。
二人ともリリアと変わらない年かちょっと上くらいだろうか、一人はキャシャで活動的な布の旅服を着た、にこやかな表情の青年。
もう一人は中肉中背だが、いかにも宮仕えしている服装をした、ちょっと神経質そうな、いや、何だかここにいる事が仕方ない表情をした青年。
青年二人とも振り返って見たリリアに面食らったようで少し静かな間があった。
女性にしては長身で長い髪を結いあげた、レリーフに見るパウリス神の祝福を受けたような見事に艶やかな容姿を持った女性が狩人服で立っていたからだろう。
「リリア、お客様の前だ、弓と矢を置いて挨拶なさい」間を消すようにゼフが言った。
「リリアです。お二人に神のご加護を」武器を置いて形式的な挨拶を行う。
「ぼ、僕は情報紙で働く、ピエンです。あなたにもご加護を」活動的な服装の青年は、はやりハキハキとした挨拶を行った。
「私は王室付き勇者管理室のディルハンと申します。あなたにも神のご加護を」神経質そうな青年はそう名乗り、はやり神経質そうな仕草で席に座りなおした。


「じょうほうし? 王室付き?」聞きなれない言葉を呟くリリアに
ピエンが待っていましたとばかりに説明しだした。
「じょうほうし、情報紙と書きます。都や町で起こる事件、世の中の動向を調べ、まとめ文字にして市民の皆さんに知ってもらう仕事をしているんですね。今日は新しくリリアさんが勇者管理室に呼ばれると聞いて、同席させてもらいました。」
「…」そういえば都でそのような紙を見たことあるなと思い小さく頷くリリア。
「それで、僕とディルハン… 様は、教養学校の同期でして、同席に際しリリア様にも色々お手伝いが出来ると思います。」ピエンが続けた。
「貴殿がリリア殿で間違えなければ、勇者の血を継ぐ者として王都にお越しいただきたい。待たせていただいている間、ある程度は保護者であるファーザー・ゼフに事情を説明させていただきました。是非私たちと王都の方へ」ディルハンが静かに言った。
リリアはちょっと困惑の表情でゼフを見た。ゼフいつもの柔らかい表情で座っている。
「… 話はわかったけど… 確かに私は勇者の家系ですけど、遠い血縁ですし、特に魔法も能力も無い一国民ですけど…」普段は活発な口調のリリアも今は困惑気味だ。
「失礼ですがリリア殿、ここに書かれているいくつかの質問にペンで回答願いたい」リリアの質問には答えずリリアの前にペンと紙を出すディルハン。
リリアが紙に目を通すと、いくつかの日常等に関する質問が書かれている。
ゼフから読み書きを習っているリリアには簡単な質問とちょっとした計算だ。
ディルハンはリリアが内容を読み始めるのを見ながら話を続けた。
「先日、王国の方でお迎えしていた勇者様が、事故でお亡くなりになりまして、新しい縁者を勇者の血を継ぐ者として、有事に備えてお迎えすることになりました。リリア殿がその候補という事でして、一緒にお城までお越し願いたい」
紙にペンを走らせながらリリアが答える。
「私は確かに勇者の血を継ぐ者と教わって育てられてきました。が、」ペンを止めて顔を上げるリリアはいつものリリアの調子戻って悪戯っぽい笑みを浮かべながら続けた。
「正直に私にそんな能力無いし、何かあったからって勇者の血が目覚めるなんて思ってないです。勇者の子孫の自覚さえ普段は無いです。勇者の家系って子沢山らしいし、もっと他の人が良いかと」そうスラっと言ってのけると紙とペンをディルハンの方に押しやった。
リリアの押し出した紙を拾い上げたディルハンは、それに目を通しながら言った。
「勇者管理室でも系譜を追って、把握しております。貴殿にも年に一回程度、ルーダリア王国の勇者管理室の名で身辺調査票が送られてきているはず。」
「あぁ…」 頷くリリア。“適当に回答して手紙出してた”っと思い返しちょっと笑う。
「王国として、今の貴殿の能力の有無、将来覚醒するしないに関わらず、勇者の家系をお迎えする事に意義があるのです。今や王宮内でも勇者の家系を養うのは古き…」苦笑いのピエンに袖を引かれてディルハンは言葉を変えて話を続ける。
「ゴホン、とにかく、貴殿に特別な事は要求していません。早速支度をしてお城までご同行願いたい。失礼ながら読み書きも簡単な計算もできますし候補として十分だと思われます」
「本当に特に何もないなら、お城っていうか城下町に行きたいし、本当に行くだけね?」
「はい、まだ選考過程ですので、管理室長等に会っていただくだけです。選考されたにしろ王国に籍を置いていただくだけで、今のところ特には何もありません」
「… なら良いわ。町で買い物したいし、あの表の馬車でいけるんでしょ?いくわ」
リリアがゼフに目をやると、相変わらず柔らかい表情をして口を開いた
「リリア、お前が勇者の血筋なのは間違いないとお前の亡くなった父親からも聞いている。王室付きと名乗っておられるし、仮にも王様からの使いを断る道理はなかろう。何事も経験じゃ、行ってお前自身で経験してきたら良い」
そして、客人に向かい続けた。
「今からでは王都に着くのは夜でしょう。粗末じゃが寝床と食事を用意するので、今日は休まれていってください」立ち上がりかけるゼフにディルハンは、
「いや、今からなら今日中には王都に付きます。日没までにルーダ・コートの町より先まで行ければ、整備された大道を巡回兵達が見張っております。今や王国周辺は王の威光に満ち、魔物も賊も蔓延る隙はありません。リリア殿は早速ご準備を」強く言い返すと立ち上がってリリアを促した。


リリアが準備をして馬車まで出ると村人達、修道児、ゼフが見送りに出ていた。
小さな村に立派な馬車が停めてあるのだ。大騒ぎしている。
「お姉ちゃん、町にいくの?お菓子おねがい」嬉々としている子供達
「リリアちゃん、お宮仕えするの?メイドって夜の… つらい仕事でしょ」涙ぐむおばさん。
「お前、俺をお城の兵士に推薦てくれよ」
「王様の耳ってロバの耳なんでしょ?」何だかメチャクチャな騒ぎになっている。
中には王子様にリリアを取られると憤慨している若者もいる始末。
苦笑いして応じるリリアにゼフがいくらかの金貨が入った袋を手渡した。
「ファーザー・ゼフ、それには及びません。私はこう見えてもハンターとシェリフとして十分生活が成り立っています」リリアは金貨を拒もうとした。
ゼフはちょっと咳ばらいをするとリリアに微笑みながらこう続けた。
「リリア、帰りに王都の牛肉と練り物を頼む。わしは牛肉鍋が久々食べたくてのぅ」
「… は、はぃ… ファーザー… ゼフ」

リリアは金貨袋を懐にしまうと、勝手放題な声援を後ろに馬車に乗り込んだ。
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