勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【8.5話】 国民生活指導室長代理ローゼン一等少佐 ※過去の話し※

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村のバフダン岩騒ぎから1ヶ月くらい経っただろうか?
リリアは村の外れの石に腰を下ろし、昼食を食べていた。朝から山に入っていたが一度村まで戻ってきたところだった。リリアはこの場所で休憩するのが好きだ。村を背に座ると、丘の上からちょうどなだらかに下る景色が広がり、地形が波打つように見える。あの先に街があるのだ。村の子供達もリリアがそこによくいるのを知っている。
リリアは塩漬けになった干した川魚を口の中でモゴモゴと噛んでいる。リリアはこの乾物をあまり好きではない。塩の味ばかりで、かっちんかっちんで塩っ辛い木の皮でも食べているみたいだ。それを時々口に水を含みながら、なるべくふやかす様にして食べる。唯一の良いところは。長々と噛んでいると何かお腹いっぱい食べた気になる。
気配に気づいて振り返ると村の女の子がリリアの側に来た。
「リリア姉ちゃん」そういうとまるで母親にでもするようにリリアの膝に来た。
「食べる?」干し魚を見せるリリア。
子供はちょっと見上げると無言で頭を振ってしきりに花を編んでいる。
“子供にも人気ないのね”リリアは思った。
「これなら食べるでしょ」さっき山で採ってきたマウンテンベリーを差し出す。
「リリア、ありがとう」子供は笑顔を見せながら頬張り始めた。
辺りは雨上がりのせいかムシムシと暑く座っていても汗が流れる。リリアも子供も汗を流しているが、子供は全然気にしない体でリリアにぴったりと寄り添っていた。
羽虫の音が耳に近い。

「………何かしら?」まだ硬い魚の身を強引に飲み込むと水筒をしまいながら、前方に集中する。何かがこちらに向かって来ている気配がする。リリアは立ち上がって丘から見下ろすが特に何も見えない。子供はリリアの姿勢に関わらず寄り添って花を編んでいる。
「……馬… 馬蹄?… 鎧の音…」リリアの勘違いでなければ、これは戦争の音だ。騎兵の音、だがこんな村に…
「村に戻って。アランを呼んできて。休んでたら起こして」リリアは子供の頭を撫でながら言うが、子供はリリアが突然早口で何か言ったためか、内容が難しかったのかキョトンとしている。恐らくその両方なのだろう。リリアは膝を落として、子供と目線をそろえるようにするとゆっくりと言った。
「大変、アラン、リリアが呼んでるって叫びながら家に帰るの、出来る?」今度は子供も頷く。リリアは続けた。
「家に帰ったら、出てきちゃだめよ… ほら走って」そう言うとリリアは子供の背中を押した。子供は言われた通り
「大変、アラン、リリアが呼んでる」と叫びながら村に駆けていく。その後ろ姿を見送る間もなくリリアは弓を手に波打つ丘を見下ろすと、遠くの丘から騎兵の影が見え始めた。
目を凝らして見ていたリリアが呟いた。
「王国の伝令騎?…」
馬蹄の音に山中が静かになったようだった。


リリア、アラン、シェリフ達は村の入り口前で王国からの兵士団を迎えて立っている。
先刻、村に伝令が来て、これから何とかって言う一団が来るので、失礼のないように迎えるようにと言われたのだ。
失礼のないようにとは慣例に従って、村長と国から給料が出ているシェリフは整列して出迎えなければならない。村の入り口に、村長、リリアが先頭、その後ろにアランが控える形、そしてシェリフが整列、のはずだが、実際にはリリア、アラン、シェリフはそろっているが、村長は不在、シェリフの後ろに自警団と村人が何事かと集まってきている。村人は危険が無い限り物見高い。アランの話だと村長は大病でここ半年床に臥せっている、事にして欲しいとの事だ。リリアは朝、軒先の蛇を杖で殴りつけていた元気な村長の姿を見たばかりだったが…。
村のシェリフのシステムには本来副隊長等いない。アランは一シェリフとして隊列に並ぶはずだが、副隊長っぽい立ち位置にあるので、リリアのちょっと後ろにシェルフ達より外れて立っている。まぁ、プライドもあるのだろう。リリアが気になるのは村の入り口に掛けられている王国の家紋が入ったバナーだ。王国の登録村なので、このバナーを入り口の風雨を凌げる場所に高く掲げなければならない。日の出とともに掲揚し、日没にはしまう。本来ならその時、シェリフは全員そろい号令と敬礼とともにバナーの上げ下げをしなければならいが、村では誰もそんな事しない、上げっぱなしのほったらかしだ。それはまぁ、どうでもよい。リリアが気にしているのは、このバナー、少しでも汚れたり解れたりすると王国への不敬罪、または侮辱罪で重罪になるのだ。それがちょっと汚れているどころか風雨に晒され、誰も気にもとめていないので海賊の旗のようになっている。村人全員死刑になりかねない。いっそ外した方がましかもと思案していると、丘の下から騎兵の一団が現れた。よくわからないが、結構格の高い一団らしいとリリアは思った。


「我はルーダリア国、国民生活指導室長代理ローゼン一等少佐である。ウッソ村、村長は誰か」騎馬から下りた騎士が言いながらヘルメットを脱いだ。とても小柄な女性だ。短髪だが愛らしい顔をしている。体が小さくまるで一人で防具が動いているようだ。ひと際高そうなので一番偉い人なのだろう。
「… 村長は…」ちょっとリリアが言いよどむと、傍らでアランが
「ずっと寝込んでるって言えよ」っと口を動かさずに言う。
凄い技術だ、世の中にはイッコ・ク・ドウという、口を動かさず呪文を唱える術者がいるらしいが、その技術だろうか?リリアはちょっと感心する。
「あの、ここしばらく体調が悪く、出てこれない状態です。代理として私、ウッソ村シェリフ・リーダーのリリアがうかがいます」リリアはこういう誤魔化しをあまり好きではない。
「うむ、貴殿がリリア殿か。ならばこの書類は貴殿が書いた書類であるな」そう言って1枚の紙をリリアの顔先に突き付けた。リリアはキョトンとしている。
「これ、ここに先日、バフダン岩を15匹討伐したと書いてある。貴殿に間違いないな!」と指で差された部分をみると確かに…
「じゅ、15匹??」思わずリリアは大きな声が出た。実際には2匹しか倒していないものをアランが10匹と記載してくと言うから、大論争の末にリリアが5匹で手を打った部分。明らかに後から書き足されて15匹になっている。リリアがアランを睨む… あれ?傍らのアランがいない…
振り向くとアランはシェリフの隊列の中に紛れて立っていた。プライドはどこいった…
“あいつ、ただじゃおかない”と思うリリアに、ローゼンが続ける。
「記録を見たが、最近、この村は結構魔物に襲われているそうではないか。そこで近くまで来たついでに視察にきたのである。民の声は国の声、国民が安静に暮らせるのは王国の責任である」
大変殊勝な心掛けだが今はあまり発揮して欲しくないリリア。
「リリア殿の記録も読ませてもらった。若いのになかなか優秀であるな」ローゼン。
リリアは顔から火が出そうな思いだった。構わずローゼンは言う。
「では、少し村を案内していただこう」そういうと側の者にヘルメット渡してリリアを見た。
「あ、はい、ではこちらへ…」この分だとリリアの知らないことはいっぱいありそうだ、下手なことは言えそうにない。とりあえず一団にボロ雑巾のようなバナーを見つけられたくない。そう考えるとリリアはローゼンを案内しながら、アランをものすごく睨んで言った。
「ローゼン少佐を案内する間、他の皆さんは教会の前で待機していただいて」リリアがそういうとアランは視線を泳がしていたが、それ以外のシェリフが「了解」っと大きく答えた。リリアはアランをぶっとばしてやりたがったが、とりあえずローゼンの先に立って歩きだした。


村を案内、っと言っても案内するほどもない小さな村なのだ。バフダン岩騒ぎで修理した垣根は今ではほとんど何事もなかったかのようなのだ、説明し難い。誰が変に気を利かせたのか札が立てられていて”名所:バフダン岩の垣根 ↑”と書いてある。なんでこんな事に気が利くのだろうか、その前にボロ雑巾のようなバナーに気を使って欲しい。
リリアは気が進まずゆっくりどうでもよい場所を説明しながら歩く。しかし、雰囲気は結構和やかだ。ローゼンは書類上のリリアを高く評価しているよう。剣を持つ女性同士親近感を持っている感じだ。リリアの話をしきりに
「うむ、なるほど、そうであるか」と頷いて聞いている。
狩人姿の背が高いリリアと、紺碧の甲冑に身を包んだ小さなローゼンが並んで歩いている、その後ろを団の従者が一人ついて歩く。
気になるのはリリアとローゼンは並んで歩くのにイチイチ後ろの従者がリリアの言葉をそのままローゼンに伝え、ローゼンの返答を複唱してリリアに告げるのだ。無駄な伝言ゲームだ。
リリアがちょっと気を利かせて事を言うと、ローゼンはすぐ横で聞こえているはずなのに、一度従者の口を経由してから、ケラケラと笑うのだ。気さくで明るい方だが、お偉いさんのやる事はリリアには理解不能だ。
“国民の生の声、聞こえてるだろぅ”っとリリアは思うのだが、こういうものなのだろう。
思っているそばから、例の垣根の場所についてしまった。今はまったく何事もなく垣根は立っている。なぜか”バフダン岩の垣根 ↓”と札が立てられ、ちゃっかりお賽銭箱が置いてあった。
「右手に見えますのが… その… ウッソ村… 名所… バフダン岩の垣根です… あの、よろしければ… お賽銭のほう… ご利益もあるかもしれません…」リリアはどぎまぎしながら説明と空想の大活劇をポツポツと語り始めた。
ローゼンは静かにリリアの下手な説明を聞いていた。


馬上の人となったローゼンが隊を先に出発させ、リリアを見下ろしながら言う。
「この度はご苦労であった。今後ともリリア殿には変わらぬ活躍を国は期待しているぞ」
リリアは見上げて黙って聞いている。続けるローゼン。
「手に余るようなら王国にもバフダン処理班というものがある。連絡があれば直ちに処理に駆け付ける」
「はぁ、承りました」答えるリリア。
「今後、村で行うバフダン岩の処理は…5匹までにするように。それと…」そう言ってローゼンはちょっと振り返ると
「新しい家紋のバナーを送るので次は綺麗なバナーで迎えるように」そういうと馬を進めて去っていった。リリアは恥ずかしくなって途中から下を向いていた。

一団が去るのをみとどけながらアランがドヤ顔で言った。
「な、王国でもバフダンだろ! ふぐっ…」
リリアはアランの脇腹を思いっきり殴ると教会に帰っていった。
入り口にかけてあるボロ雑巾が風に揺れていた。
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