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6.聖戦前夜
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しおりを挟む本日のメニューはさんまの塩焼きに、豚しゃぶサラダ。麦ごはんにとろろ、具だくさんの味噌汁、ひじきの梅煮だ。
肉も魚も、そして野菜も、バランス良く食べて欲しいという想いからのメニューだったが、作ったあとで大蔵田 景は気づいた。果たして悪魔に、栄養は必要なのか……? と。
背中には羽、頭には角。ダークグレーのスリーピーススーツに水色のシャツ、ネクタイはブラウンと白の水玉模様だ。いつもどおりのファッションに身を包み、きっちり正座をして、悪魔ティンカー・ベルは景の作った夕食をもりもり食べている。音を立てず咀嚼し、残さず綺麗に食事をさらっていく悪魔の美しい箸使いに、景は思わず見とれてしまった。
「あ、味噌汁に入ってる野菜、ティンカー・ベルが持ってきてくれたやつだよ。いつもありがとう」
礼儀正しい悪魔に習い、景もしばらくは正座をするが、すぐに痺れて、だらしなく足を崩す羽目になる。ビリビリ痙攣しているふくらはぎをさすりながら、景は野菜の礼を言った。
「うむ」
悪魔流の気の使い方というのか、ティンカー・ベルは景の部屋を訪れるとき、食材を山ほど持ってきてくれるのだ。
さて、食事を終えて、いつもどおりティンカー・ベルの魔法に後片づけをしてもらい、デザートの時間となった。くるみとメープルシロップのジェラートをスプーンで掬いながら、景はおずおずと切り出した。
「あの……。ねえ、ティンカー・ベル。あれ、どうなってるかな? ほら、私の相手を探してくれるって……。そういう話になってたよね?」
「――時期尚早である」
甘い氷菓子を口に詰めながら、そこから吐き出すのは戦国武将のような辛く厳しい言葉だ。しかし景も負けてはいない。
「でも私の結婚相手を探してくれるって言って、あれからもう三ヶ月だよ! サボってない?」
「……………………」
ジェラートを食べ尽くし、コーヒーを飲み干し、ティンカー・ベルは空になった食器類を魔法で台所へ送ってから、景に向き直った。
「さて」
咳払いしてから、ティンカー・ベルはもう一つの彼の姿、青い子グマに変化(へんげ)する。
「ん?」
なんでわざわざ変身するのか。それにしても相変わらず可愛い子グマに、景の気持ちが和み、油断したそのとき――子グマは目の前の、なにも乗っていないちゃぶ台をひっくり返した。
「がっつくんじゃない! この発情クソブタ女がーーーーーーー!!!!」
「うわっ!?」
ちゃぶ台は、しかし本来は直撃したであろう景を大きく避けて飛び、壁に当たる手前でぴったり止まって、静かに着地した。なるほど、ちゃぶ台自体壊れても困るし、騒音を立てては隣室に迷惑だからだろう。
この悪魔は景を傷つけないし、周囲への配慮も忘れない常識人――常識魔なのである。
「びっくりした……。でも、ちゃぶ台返しなんかで誤魔化されないからね! 徹底的に責任を追求する!」
景が詰め寄ると、青いクマはぴょこんと飛び跳ね、景の膝に乗った。
「素人には分からないかもしれないが、こういったことは非常に高度で繊細な問題なのだ。大悪魔の我が、タイミングを図ってやっているのが、分からんのか」
「そんなこと言って、うちに来て、食べてばっかり……イタッ!」
クマは柔らかいモフモフの手で、景を往復ビンタした。
「だいたいお前はそうやって我のことを責めるが、十分な研鑽は積んでいるのか? 我の力で出会いの機会は作ってやれても、女力(オンナヂカラ)がしょんぼりなレベルだったら、男には逃げられるぞ」
「オンナヂカラじゃなくて、女子力! ――まあ、そこそこ頑張ってるよ。カリスマ婚活アドバイザーの講習を受けてみたり、メイクやファッションも無理のない程度に気を使ってるし、それに……」
「それに?」
景は途中で口ごもってしまった。そんな景の頬を、ティンカー・ベルは先ほどビンタした手で、今度はうりうりと押す。
「な、なんでもない!」
「……………………」
青い子グマは景を半目で睨むと、いきなり変身を――いや彼の真の姿がどちらなのかは定かではないが、ともかく先ほどまでの人に近い格好に戻った。
「うわっ! 急に姿を変えないでよ!」
「お前はつまり――人に言えないようなことを、学んだというわけだな?」
カワイイ系から、いきなりキレイ系に変わってしまった悪魔を正視できず、景の目は泳いだ。
「ち、近いよ……!」
これだからイケメンは困る。特にティンカー・ベルは、自分の魅力が景に及ぼす影響を熟知しているに違いない。余裕綽々の確信犯なのだ。
「なにを勉強した? シモの技か? 手コキにフェラチオ、イラマチオ、それとも……」
「……っ」
女の体の奥へと響く魅惑的な低い声で、ティンカー・ベルはわざわざ卑猥で下品な単語を口にする。景は唇を噛んで黙り込むが、これは肯定の沈黙だった。
この間、ティンカー・ベルのアレなナニを見てしまった。射精するところも目撃してしまったし、彼の精液を浴びる感覚も味わってしまった。あれから景は変なのだ。ティンカー・ベルを見るだけで、いやらしいことを考えてしまう。
――これじゃ、痴女だよーーーーー!
脳内をまっさらに初期化してしまいたい。考えるな考えるなと念じても、景はどうしても、あのときの淫靡なティンカー・ベルの様を思い出してしまうのだ。
「勉強の成果を、我が見てやろう」
ティンカー・ベルは景の手を掴むと、自らの股間に導いた。
「あ……!」
手の下に、あの日見て触れた、男根がある。景はごくりと生唾を飲んだ。
はしたないと思うのに、好奇心と欲望が抑えきれない。手のひらを上下させ、撫でる。しかし――返事がない。ただのしかばねのようだ。頭上から、呆れたような声が振ってくる。
「お前、なにを学んだのだ。ただ触られても、反応のしようがない」
勉強というほど大仰なものでもないが、ほかはどうなのか興味が湧いて、景がネット等でポルノ動画を漁ったのは事実だ。そしてそこでは男性側は常に臨戦態勢であり、平常時のそれへの対処方法について説いた情報など、見かけたことはなかった。
つまり、どうしたらいいのか分からない……。
「ティンカー・ベル……」
途方に暮れた景は、ティンカー・ベルの股間に手を置いたまま背中を伸ばし、泣きそうな顔で彼に口づけた。唇と唇が触れ合うだけの浅いキスをすると、ティンカー・ベルの形の良い唇に噛みつき、引っ張る。痛くならないところまで伸ばして、ポンと離し、そして上目遣いで訴えた。
「初心者なんだから、お手柔らかにお願いします……」
「……………………」
途端、ティンカー・ベルのペニスが硬くなった。
「あ」
「チッ……」
思わず喜ぶ景の前で、ティンカー・ベルは顔の上半分を手で覆った。
「お前は下手にテクニックなど学ばず、処女処女しいままでいたほうがいいかもしれん。――そのほうが刺さる」
「え、う、うん……?」
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