その女、悪魔憑きにつき

犬噛 クロ

文字の大きさ
43 / 60
6.聖戦前夜

3

しおりを挟む

 本日のメニューはさんまの塩焼きに、豚しゃぶサラダ。麦ごはんにとろろ、具だくさんの味噌汁、ひじきの梅煮だ。
 肉も魚も、そして野菜も、バランス良く食べて欲しいという想いからのメニューだったが、作ったあとで大蔵田 景は気づいた。果たして悪魔に、栄養は必要なのか……? と。
 背中には羽、頭には角。ダークグレーのスリーピーススーツに水色のシャツ、ネクタイはブラウンと白の水玉模様だ。いつもどおりのファッションに身を包み、きっちり正座をして、悪魔ティンカー・ベルは景の作った夕食をもりもり食べている。音を立てず咀嚼し、残さず綺麗に食事をさらっていく悪魔の美しい箸使いに、景は思わず見とれてしまった。

「あ、味噌汁に入ってる野菜、ティンカー・ベルが持ってきてくれたやつだよ。いつもありがとう」

 礼儀正しい悪魔に習い、景もしばらくは正座をするが、すぐに痺れて、だらしなく足を崩す羽目になる。ビリビリ痙攣しているふくらはぎをさすりながら、景は野菜の礼を言った。

「うむ」

 悪魔流の気の使い方というのか、ティンカー・ベルは景の部屋を訪れるとき、食材を山ほど持ってきてくれるのだ。
 さて、食事を終えて、いつもどおりティンカー・ベルの魔法に後片づけをしてもらい、デザートの時間となった。くるみとメープルシロップのジェラートをスプーンで掬いながら、景はおずおずと切り出した。

「あの……。ねえ、ティンカー・ベル。あれ、どうなってるかな? ほら、私の相手を探してくれるって……。そういう話になってたよね?」
「――時期尚早である」

 甘い氷菓子を口に詰めながら、そこから吐き出すのは戦国武将のような辛く厳しい言葉だ。しかし景も負けてはいない。

「でも私の結婚相手を探してくれるって言って、あれからもう三ヶ月だよ! サボってない?」
「……………………」

 ジェラートを食べ尽くし、コーヒーを飲み干し、ティンカー・ベルは空になった食器類を魔法で台所へ送ってから、景に向き直った。

「さて」

 咳払いしてから、ティンカー・ベルはもう一つの彼の姿、青い子グマに変化(へんげ)する。

「ん?」

 なんでわざわざ変身するのか。それにしても相変わらず可愛い子グマに、景の気持ちが和み、油断したそのとき――子グマは目の前の、なにも乗っていないちゃぶ台をひっくり返した。

「がっつくんじゃない! この発情クソブタ女がーーーーーーー!!!!」
「うわっ!?」

 ちゃぶ台は、しかし本来は直撃したであろう景を大きく避けて飛び、壁に当たる手前でぴったり止まって、静かに着地した。なるほど、ちゃぶ台自体壊れても困るし、騒音を立てては隣室に迷惑だからだろう。
 この悪魔は景を傷つけないし、周囲への配慮も忘れない常識人――常識魔なのである。

「びっくりした……。でも、ちゃぶ台返しなんかで誤魔化されないからね! 徹底的に責任を追求する!」

 景が詰め寄ると、青いクマはぴょこんと飛び跳ね、景の膝に乗った。

「素人には分からないかもしれないが、こういったことは非常に高度で繊細な問題なのだ。大悪魔の我が、タイミングを図ってやっているのが、分からんのか」
「そんなこと言って、うちに来て、食べてばっかり……イタッ!」

 クマは柔らかいモフモフの手で、景を往復ビンタした。

「だいたいお前はそうやって我のことを責めるが、十分な研鑽は積んでいるのか? 我の力で出会いの機会は作ってやれても、女力(オンナヂカラ)がしょんぼりなレベルだったら、男には逃げられるぞ」
「オンナヂカラじゃなくて、女子力! ――まあ、そこそこ頑張ってるよ。カリスマ婚活アドバイザーの講習を受けてみたり、メイクやファッションも無理のない程度に気を使ってるし、それに……」
「それに?」

 景は途中で口ごもってしまった。そんな景の頬を、ティンカー・ベルは先ほどビンタした手で、今度はうりうりと押す。

「な、なんでもない!」
「……………………」

 青い子グマは景を半目で睨むと、いきなり変身を――いや彼の真の姿がどちらなのかは定かではないが、ともかく先ほどまでの人に近い格好に戻った。

「うわっ! 急に姿を変えないでよ!」
「お前はつまり――人に言えないようなことを、学んだというわけだな?」

 カワイイ系から、いきなりキレイ系に変わってしまった悪魔を正視できず、景の目は泳いだ。

「ち、近いよ……!」

 これだからイケメンは困る。特にティンカー・ベルは、自分の魅力が景に及ぼす影響を熟知しているに違いない。余裕綽々の確信犯なのだ。

「なにを勉強した? シモの技か? 手コキにフェラチオ、イラマチオ、それとも……」
「……っ」

 女の体の奥へと響く魅惑的な低い声で、ティンカー・ベルはわざわざ卑猥で下品な単語を口にする。景は唇を噛んで黙り込むが、これは肯定の沈黙だった。
 この間、ティンカー・ベルのアレなナニを見てしまった。射精するところも目撃してしまったし、彼の精液を浴びる感覚も味わってしまった。あれから景は変なのだ。ティンカー・ベルを見るだけで、いやらしいことを考えてしまう。

 ――これじゃ、痴女だよーーーーー!

 脳内をまっさらに初期化してしまいたい。考えるな考えるなと念じても、景はどうしても、あのときの淫靡なティンカー・ベルの様を思い出してしまうのだ。

「勉強の成果を、我が見てやろう」

 ティンカー・ベルは景の手を掴むと、自らの股間に導いた。

「あ……!」

 手の下に、あの日見て触れた、男根がある。景はごくりと生唾を飲んだ。
 はしたないと思うのに、好奇心と欲望が抑えきれない。手のひらを上下させ、撫でる。しかし――返事がない。ただのしかばねのようだ。頭上から、呆れたような声が振ってくる。

「お前、なにを学んだのだ。ただ触られても、反応のしようがない」

 勉強というほど大仰なものでもないが、ほかはどうなのか興味が湧いて、景がネット等でポルノ動画を漁ったのは事実だ。そしてそこでは男性側は常に臨戦態勢であり、平常時のそれへの対処方法について説いた情報など、見かけたことはなかった。
 つまり、どうしたらいいのか分からない……。

「ティンカー・ベル……」

 途方に暮れた景は、ティンカー・ベルの股間に手を置いたまま背中を伸ばし、泣きそうな顔で彼に口づけた。唇と唇が触れ合うだけの浅いキスをすると、ティンカー・ベルの形の良い唇に噛みつき、引っ張る。痛くならないところまで伸ばして、ポンと離し、そして上目遣いで訴えた。

「初心者なんだから、お手柔らかにお願いします……」

「……………………」

 途端、ティンカー・ベルのペニスが硬くなった。

「あ」
「チッ……」

 思わず喜ぶ景の前で、ティンカー・ベルは顔の上半分を手で覆った。

「お前は下手にテクニックなど学ばず、処女処女しいままでいたほうがいいかもしれん。――そのほうが刺さる」
「え、う、うん……?」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...