【完結済】最恐魔導師殿は、主夫生活を楽しんでいるようです

犬噛 クロ

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7.決断のとき

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 見覚えのない福文字が書かれているのは、真っ赤な札だった。
 幻燈が首をひねっていると、イズーが口元に手を添え、こそこそ囁く。

「『精力増強』。それな、すっごい効くぞ。効き過ぎるぞ。だから、年寄りには売らないほうがいいかもしれない。終わったあと、反動でポックリ逝ってしまうかもしれないからな」
「あ」

 ――そうか、これが火の神の力が宿る、精力増強の御札か。

 その効き目といったら、確かに大したものだ。つい「知っています」と言いそうになって、幻燈は慌てて口を閉じた。
 イズーが暮らす部屋の各所には、監視用のマイク、カメラ等々が仕掛けられている。以前、悪霊払いの依頼を受けて赴いたときに、幻燈が密かに設置したものだ。
 だからこの精力増強の御札が、イズーたちにどんな効果をもたらしたかも大まかに把握していたが――。ただしイズーと風吹がアレな行為に及ぶ際は、盗聴盗撮の類は一切行っていないと、幻燈の名誉のためつけ加えておく。

「どれも見事な出来栄えです。お疲れさまでした。これはきっと売れますよ。楽しみにしていてください」

 確認が終わると、幻燈は受け取った御札を、持参した革製の書類ケースに丁寧にしまった。
 ホッと息をつき、イズーはようやくおあずけ状態だったフローズンドリンクに手を伸ばした。

「今回は適当に色々作ってみたが、人気があるのはどんなものなんだ? 札以外でもいいぞ。なんかグッズ類とか」
「実はですね、こういった分野で好まれるのは、呪(のろ)いに関する商品なんです。藁人形と五寸釘だとか、そういうものですね」
「藁人形? ヒトガタを使った呪術か?」
「ええ、そうです。真夜中、木に藁人形を五寸釘で打ちつけて……」

 こちらの世界――特に日本で広く知られた呪いの技法を、幻燈は手短に説明した。
 人が人を呪う。聖職者からすれば嘆かわしい事案なのだろう。幻燈の口調は重く沈んでいたが、それとは対照的にイズーは瞳を輝かせた。

「なかなか楽しそうだな。素人に使わせるとなると調整が面倒だが、作ってやろうか? 『一日三回釘を打つだけで憎い相手を殺せる、お手軽藁人形セット』なんてどうだ?」

 幻燈は口をへの字に曲げ、首を振った。

「やめておきましょう。あなたが作ると威力があり過ぎて、この国の人口が著しく減少しそうです」
「そんなに憎み、憎まれている連中がいるのか? 面白いと思うんだがな~」

 不満そうな表情からして、イズーは呪殺キットの開発に未練があるようだ。
 このままでは国家存亡の危機である。幻燈はさっさと話題を変えた。

「もうひとつ人気があるのが、アンチエイジング。若返りですね。これは男女問わず、関心が高いですよ」

 そこまで言うと、幻燈はチラッとイズーの顔を覗き込んだ。

「そういえばあなたたち魔法使いは、不老不死について、盛んに研究なさっていましたよね。実際のところ、どうなんですか? そういったことは可能なんですか?」
「完全ではないが、それに近いことはできる」
「へー、そうなんですか。どのようにすれば一生若く、死なずにいられるんです?」

 質問を重ねる幻燈に、しかし熱意は感じられなかった。彼はさほど若さを保つことや、そもそも生自体にも、執着しない質なのだろう。

「精霊をな――でも、ただの精霊じゃダメだぞ。とびきり優秀なやつを、体内にたくさん飼うんだ。そうすれば宿主たる人間の成長は遅くなり、寿命も伸びる」

 溶け始めたクリームをスプーンで掬いながら答える、イズーのほうもあっさりしたものだった。
 歳を取ることなく、死なない。そんな人類の夢も、幻燈とイズーの二人にとっては、たいして興味をそそられるものではないらしい。

「なるほど。精霊が生命活動の代行をしてくれるおかげで、その分、老化が抑えられるわけですか。確かに人は息を吸うというような些細なことをしただけでも、歳を取るっていいますもんね」
「精霊も生きるために魔法使いの魔力を吸うから……。魔力を与え、生命力を与えられる。Win―Winの関係というわけだな」
「そういえばあなたも前の世界にいた頃、身の内にいくつか精霊を飼っていたと聞きました」

 改めて幻燈はじろじろと不躾にイズーを眺め回した。
 この魔導師殿は二十代半ばのはずだが、意識して見てみれば、肌は赤ん坊のように潤い、滑らかだ。白銀に輝く髪にも艷があって、量もある。
 ――そう、フサフサだ……。

「……………………」

 つるりと剃った自身の頭を撫でながら、幻燈の目つきは鋭く、冷ややかになった。

「なんだ?」
「いえ別に」

 ――やっぱり、この魔導師殿のことは好きになれない。

 ムスッとした顔で、幻燈はコーヒーを一口飲んだ。

「超高位精霊――とでも言うのか。そんなのに身を守らせれば、数百年、時を止めることも可能だろう。ただし理論上の話だ。俺だってそんなスゴイ精霊、見たことないし」
「あなたほどの人が発見できなかったのならば、そのような精霊は存在しないということでは?」
「はは、そうかもな」

 会話が途切れて、しばらく間が空く。
 いつの間にか、幻燈の瞳には憂いと疲れの色が滲み出ていた。元いた世界の話をしたせいだろうか。
 ――しかし、なぜそのような表情になる?

「その……。あなたはそもそも魔王になることを志していましたが。それはもういいんですか?」
「もっと面白いことを見つけたから、もういい」
「そうですか……」

「新魔王に、俺はなる!」と意気揚々と異世界トリップをキメたはずなのに、再会してからこれまで、イズーの口からは魔王の「ま」の字も出てこない。それどころか現在のささやかな主夫生活を維持しようと、御札作りなどという内職にまで手を出す始末である。
 だからあっさり「魔王になる」という野望を翻されても、だが予想していたのだろう、いや誰だって分かるだろうが――幻燈は小さく頷いただけだった。
 そもそもこの邪悪な魔導師の企みに巻き込まれ、幻燈はこちら側に来ざるを得なかったのだが。それなのにイズーに少しも敵対的行動を取らないのは、彼もまた今の生活に満足しているからか。
 そして、それが後ろめたいのだろう。
 幻燈やその妻たちは、かつての世界に多くの縁者を残してきたのだろうから。それらの人々は、未だ不穏な、心安らかざらぬ暮らしに喘いでいるのだろうから……。
 慈悲というよりは好奇心から、イズーは言ってやりたくなる。

『元の世界に戻してやろうか』

「異界の扉」は一方通行――。そんなわけはないのだ。わざとなのか無意識なのか、幻燈はその単純な気づきを放棄している。
 行きっぱなしで帰ってこられないなら、「異界の扉」についての詳細な伝承が残るはずはないではないか。
 扉を呼び出すための――複雑な呪文も、「台座を出して、取っ手をガチャガチャ正しい順序で動かして――」といったあの面倒くさい手順も、イズーが無事実行できたのは、何者かが詳しくきちんと書き残しておいてくれたからだ。

 ――二つの世界を行き来している人間がいたんだ。

 そしてイズーも、今ならまだ「異界の扉」を再召喚できるという確信を持っている。

 ――実際はどうか、明日、それが分かるだろう。

「幻燈。もし望むなら――」
「あなたはそうかもしれないが」

「異界の扉」を呼び出したそのとき、一緒に帰してやろうか。
 その申し出をまるで遮るように、幻燈が口を開いた。

「――あなたはもう魔王なんてどうでもいいのでしょうが、私たちはそうはいかない。短い間とはいえ、勇者の仲間だった私たちには、責任がある」

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