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7.決断のとき
7-3
見覚えのない福文字が書かれているのは、真っ赤な札だった。
幻燈が首をひねっていると、イズーが口元に手を添え、こそこそ囁く。
「『精力増強』。それな、すっごい効くぞ。効き過ぎるぞ。だから、年寄りには売らないほうがいいかもしれない。終わったあと、反動でポックリ逝ってしまうかもしれないからな」
「あ」
――そうか、これが火の神の力が宿る、精力増強の御札か。
その効き目といったら、確かに大したものだ。つい「知っています」と言いそうになって、幻燈は慌てて口を閉じた。
イズーが暮らす部屋の各所には、監視用のマイク、カメラ等々が仕掛けられている。以前、悪霊払いの依頼を受けて赴いたときに、幻燈が密かに設置したものだ。
だからこの精力増強の御札が、イズーたちにどんな効果をもたらしたかも大まかに把握していたが――。ただしイズーと風吹がアレな行為に及ぶ際は、盗聴盗撮の類は一切行っていないと、幻燈の名誉のためつけ加えておく。
「どれも見事な出来栄えです。お疲れさまでした。これはきっと売れますよ。楽しみにしていてください」
確認が終わると、幻燈は受け取った御札を、持参した革製の書類ケースに丁寧にしまった。
ホッと息をつき、イズーはようやくおあずけ状態だったフローズンドリンクに手を伸ばした。
「今回は適当に色々作ってみたが、人気があるのはどんなものなんだ? 札以外でもいいぞ。なんかグッズ類とか」
「実はですね、こういった分野で好まれるのは、呪(のろ)いに関する商品なんです。藁人形と五寸釘だとか、そういうものですね」
「藁人形? ヒトガタを使った呪術か?」
「ええ、そうです。真夜中、木に藁人形を五寸釘で打ちつけて……」
こちらの世界――特に日本で広く知られた呪いの技法を、幻燈は手短に説明した。
人が人を呪う。聖職者からすれば嘆かわしい事案なのだろう。幻燈の口調は重く沈んでいたが、それとは対照的にイズーは瞳を輝かせた。
「なかなか楽しそうだな。素人に使わせるとなると調整が面倒だが、作ってやろうか? 『一日三回釘を打つだけで憎い相手を殺せる、お手軽藁人形セット』なんてどうだ?」
幻燈は口をへの字に曲げ、首を振った。
「やめておきましょう。あなたが作ると威力があり過ぎて、この国の人口が著しく減少しそうです」
「そんなに憎み、憎まれている連中がいるのか? 面白いと思うんだがな~」
不満そうな表情からして、イズーは呪殺キットの開発に未練があるようだ。
このままでは国家存亡の危機である。幻燈はさっさと話題を変えた。
「もうひとつ人気があるのが、アンチエイジング。若返りですね。これは男女問わず、関心が高いですよ」
そこまで言うと、幻燈はチラッとイズーの顔を覗き込んだ。
「そういえばあなたたち魔法使いは、不老不死について、盛んに研究なさっていましたよね。実際のところ、どうなんですか? そういったことは可能なんですか?」
「完全ではないが、それに近いことはできる」
「へー、そうなんですか。どのようにすれば一生若く、死なずにいられるんです?」
質問を重ねる幻燈に、しかし熱意は感じられなかった。彼はさほど若さを保つことや、そもそも生自体にも、執着しない質なのだろう。
「精霊をな――でも、ただの精霊じゃダメだぞ。とびきり優秀なやつを、体内にたくさん飼うんだ。そうすれば宿主たる人間の成長は遅くなり、寿命も伸びる」
溶け始めたクリームをスプーンで掬いながら答える、イズーのほうもあっさりしたものだった。
歳を取ることなく、死なない。そんな人類の夢も、幻燈とイズーの二人にとっては、たいして興味をそそられるものではないらしい。
「なるほど。精霊が生命活動の代行をしてくれるおかげで、その分、老化が抑えられるわけですか。確かに人は息を吸うというような些細なことをしただけでも、歳を取るっていいますもんね」
「精霊も生きるために魔法使いの魔力を吸うから……。魔力を与え、生命力を与えられる。Win―Winの関係というわけだな」
「そういえばあなたも前の世界にいた頃、身の内にいくつか精霊を飼っていたと聞きました」
改めて幻燈はじろじろと不躾にイズーを眺め回した。
この魔導師殿は二十代半ばのはずだが、意識して見てみれば、肌は赤ん坊のように潤い、滑らかだ。白銀に輝く髪にも艷があって、量もある。
――そう、フサフサだ……。
「……………………」
つるりと剃った自身の頭を撫でながら、幻燈の目つきは鋭く、冷ややかになった。
「なんだ?」
「いえ別に」
――やっぱり、この魔導師殿のことは好きになれない。
ムスッとした顔で、幻燈はコーヒーを一口飲んだ。
「超高位精霊――とでも言うのか。そんなのに身を守らせれば、数百年、時を止めることも可能だろう。ただし理論上の話だ。俺だってそんなスゴイ精霊、見たことないし」
「あなたほどの人が発見できなかったのならば、そのような精霊は存在しないということでは?」
「はは、そうかもな」
会話が途切れて、しばらく間が空く。
いつの間にか、幻燈の瞳には憂いと疲れの色が滲み出ていた。元いた世界の話をしたせいだろうか。
――しかし、なぜそのような表情になる?
「その……。あなたはそもそも魔王になることを志していましたが。それはもういいんですか?」
「もっと面白いことを見つけたから、もういい」
「そうですか……」
「新魔王に、俺はなる!」と意気揚々と異世界トリップをキメたはずなのに、再会してからこれまで、イズーの口からは魔王の「ま」の字も出てこない。それどころか現在のささやかな主夫生活を維持しようと、御札作りなどという内職にまで手を出す始末である。
だからあっさり「魔王になる」という野望を翻されても、だが予想していたのだろう、いや誰だって分かるだろうが――幻燈は小さく頷いただけだった。
そもそもこの邪悪な魔導師の企みに巻き込まれ、幻燈はこちら側に来ざるを得なかったのだが。それなのにイズーに少しも敵対的行動を取らないのは、彼もまた今の生活に満足しているからか。
そして、それが後ろめたいのだろう。
幻燈やその妻たちは、かつての世界に多くの縁者を残してきたのだろうから。それらの人々は、未だ不穏な、心安らかざらぬ暮らしに喘いでいるのだろうから……。
慈悲というよりは好奇心から、イズーは言ってやりたくなる。
『元の世界に戻してやろうか』
「異界の扉」は一方通行――。そんなわけはないのだ。わざとなのか無意識なのか、幻燈はその単純な気づきを放棄している。
行きっぱなしで帰ってこられないなら、「異界の扉」についての詳細な伝承が残るはずはないではないか。
扉を呼び出すための――複雑な呪文も、「台座を出して、取っ手をガチャガチャ正しい順序で動かして――」といったあの面倒くさい手順も、イズーが無事実行できたのは、何者かが詳しくきちんと書き残しておいてくれたからだ。
――二つの世界を行き来している人間がいたんだ。
そしてイズーも、今ならまだ「異界の扉」を再召喚できるという確信を持っている。
――実際はどうか、明日、それが分かるだろう。
「幻燈。もし望むなら――」
「あなたはそうかもしれないが」
「異界の扉」を呼び出したそのとき、一緒に帰してやろうか。
その申し出をまるで遮るように、幻燈が口を開いた。
「――あなたはもう魔王なんてどうでもいいのでしょうが、私たちはそうはいかない。短い間とはいえ、勇者の仲間だった私たちには、責任がある」
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