【完結済】最恐魔導師殿は、主夫生活を楽しんでいるようです

犬噛 クロ

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7.決断のとき

7-4

 光る目をイズーに向けて、だが誰に聞かせるわけでもなさそうな――つまりこれは宣誓のようなものなのだろう。
 あるいは、良心の呵責が言わせているのか。

「責任? ではおまえは、姿を消した魔王が復活するのを阻止しようとしているのか? それとも、誰かが新しい魔王になることを阻むつもりか?」
「恐らくは後者になるでしょう。はっきりしない話なのですが……。なにしろ予言という、ふわふわしたものなのでね」

 幻燈が語るにはこうだ。
 それはほかでもない魔導師イズーと初めてまみえたとき、勇者一行が魔王の住処「真紅城」で見つけた書物に端を発する。
 著者は予言者として名高い人物だった。彼は代々の魔王についてこと細かく記し、やがて玉座を簒奪するだろう者――つまり、未来の魔王についても言明していた。

『故郷より旅立った魔の眷属が、異世界で眠りについた魔王を目覚めさせる。そして新たなる王が立つだろう。彼は異世界を滅ぼし、その血塗られた武功を手土産にして、帰還せん。指輪が、新王の誕生を導くのだ』

「予言にある、魔王を目覚めさせる、魔の眷属。――これは、あなたのことだと解釈していたのですがね……」

 幻燈は浮かない顔で自らの口髭を撫でた。
 イズーの日常を裏で観察していたからこそ、「もう魔王に興味がない」という先ほどの発言に嘘がないことは分かる。
 だとしたらいったい魔王を起こすのは、そして新しい王とは、それぞれどんな人物なのだろう。

「その魔王城で見つけた本とやら、最後はどう書かれているんだ?」

 まるっきり人ごとだと思っているのか、おとぎ話の続きを聞きたがる子供のように、イズーはわくわくと身を乗り出した。

「ああ――『かの王により、全ての人の子は生命を断たれ、以降復活はしない』、と締めくくられていました」
「はは、破壊神だな! 勇ましいことだ!」
「……………」

 無邪気に笑う元・最恐破壊神を前に、幻燈は苦虫を噛み潰したような顔になった。
 二つの世界を滅し、人間を根絶やしにする。そのような暴挙を、決して許すわけにはいかない。
 本来ならば、魔王と戦うべきは、勇者なのだろう。だが勇者は「異界の扉」をくぐったのち、行方不明になっている。もしかしたらこちらの世界で、迷子になっているのかもしれない。
 神が作ったとされる「異界の扉」は、人の自由になるほど従順な道具ではないため、どこに飛ばされるのか不確定なのだ。
 だから幻燈と妻のクララは、勇者の代わりにこの地に留まり、魔王の蛮行を食い止めることを決意した。故郷の人々への、せめてもの罪滅ぼしに、と。

 ――それにしても。

 気分を入れ替えようとひとつ息を吐いて、幻燈は口髭を濡らさないように器用にコーヒーを飲んだ。
 本当にわけが分からないのが、イズーだ。

 ――だいたいこの男が真っ先に魔王のところへ行ってくれれば、話はてっとり早く済んだのに。

 そう思うと、ふと疑問が湧いてくる。

「あなたはいったい『異界の扉』に、なにを願ったんですか?」
「!」

 途端、イズーは乙女のようにポッと頬を赤らめ、もじもじと身を捩り出した。

『身も心も、愛する女に捧げたい! 甘く優しく、とろけるように、征服されたい……!』

 まさかそんな、我ながら身の毛もよだつようなおぞましくも恥ずかしい願望を暴露するなど、仮にも魔導師と畏れ敬われた自分が言えるはずもない。
 よって事実を歪曲し伝える。

「それはあ、簡単に言えばあ……。『運命の人に会いたい』って感じかなあ」
「……………………」

 神職に就いてから幾年月。幻燈は初めて人に殺意を持った。
 目の前の男の仕草、表情、声色。全てに苛立ち、近くにあったストローの空袋を投げつける。
 錫杖を持参していなかったのは、幸いだった。もし邪魔だからと自宅に置いてこなかったならば、間違いなくそれで力いっぱい殴りつけていただろう。
 聖職者が、傷害罪だか殺人未遂で捕まるところであった。

「いてっ! なにするんだ!」

 賑やかな店内では、最強最恐の魔法使いの放った悲鳴も目立つことなく、すっと周囲に溶けてしまう――。








 残念なことに今夜は雲が多く、星は隠されてしまっている。
 それでも癖になっているのか、時折天上を仰ぎながら、風吹は歩いた。
 大量のアルコールを流し込んだ体は、だがその気配を見せず、足取りはしっかりしている。
 むしろ横を歩くD太のほうが、グラス一杯のワインしか飲んでいないのにふらついており、危うかった。
 今日のようにチームのみんなと呑んだのは、数カ月ぶりか。
 暦はまだ七月だったあの日は、長期プロジェクト完了の打ち上げだったはずだ。
 ――そう、その日、風吹はイズーを拾ったのだ。
 本日も前回と同じく、お開きのあとは二手に別れて帰路についている。
 風吹はD太と二人、一番近い駅を目指し、歩いているところだった。

「今日も楽しかったねー!」

 部下とのやり取りを思い出すたび、笑みがこぼれる。そんな風吹を見て、傍らのD太は、「思い出し笑いなんてスケベだ」といつもどおり憎まれ口を叩いた。
 ケンカや小競り合いはしょっちゅうだが、なんだかんだ言いつつ風吹のチームは仲がいい。チームが発足したのは二年前になるが、当時はもっと殺伐としていたのだが。
 ようやく目指す駅が見えてきた。D太とはそろそろお別れである。風吹の自宅マンションは駅を越え、更に徒歩で十五分ほどのところにあった。
 駅へ続く歩道橋の階段を上り始めたところで、D太が話しかけてくる。

「そういえば、あの日のあとでしたよね。みんなで呑んだ次の日から、主任が、彼氏がどうのこうの言い出した……。最初は犬だか猫だかを拾ったって話だったのに」
「ああ、うん……」

 D太の口調はなぜか厳しい。
 なんだか詰問されているような気分になって、風吹は困惑しながら相槌を打った。

「今まで……。本当に今まで、あなたに男の影なんて、全くなかったのに。それがどうして急に……」
「……………………」

 まさか見ず知らずの男をほいほい拾って帰り、そのまま一緒に暮らしているなんて。
 そんな常識を疑われるようなこと、言えるわけがない。
 しかも相手はD太だ。バレたら面倒くさいことになるに決まっている。
 返答に困った風吹は、さっさと歩道橋の階段を上りきった。
 右に曲がれば、すぐ改札口だ。電車で帰るD太とはここでお別れである。

「それじゃ、また明日ね」

 風吹はそそくさと帰ろうとする。しかし、腕を掴まれてしまった。

「なに……?」

 振り向けばD太が、まっすぐこちらを見詰めている。
 彼は男性にしては背が低いほうだから、今日のように風吹が踵の高い靴を履けば、二人の目線の高さは同じになる。
 ――そう、「あのとき」も。
 風吹とD太は至近距離から目と目を合わせ、一触即発の状態で睨み合ったのだ。
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