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8.嵐の前の…
8-7
時刻は午後三時になった。
そろそろこの作業にも一段落つけて、夕飯の支度に取り掛からなければ。
ガスコンロの前に立つイズーは、使い慣れた両手鍋の中見を小皿に取って、味を確かめた。その頭の上では、小人が寝そべっている。
「今日はなに作ってんだ?」
「野菜スープ、バージョンファイブだ」
「またスープかよー!」
「だからアップデートを重ねてるんだ。飽きないように、味変してな」
小人は唇を尖らせながら、自分の鼻を摘んだ。
「スープはスープだろーが。なんかくせえし」
「風吹の冷え性をなんとかしてやりたくて、色々入れてみたんだけどな」
「この匂いは、女ウケしねえんじゃねえの」
「そうかあ?」
ガス台の横の作業台に置いた本を、イズーはパラパラとめくった。広げた本には、「薬膳」がどうとかいうタイトルがついている。
「うーん。これとか、これとは……」
イズーは鍋に薬味や調味料をあれこれ足したかと思うと、再び味見し、そしてカッと目を見開いた。
「こ、これは……!」
「な、なんだ!? どうした!」
尋常ならざる表情のイズーを心配して、頭の上に留まっていたのと、そしてもう一匹、新たな小人が近づいてくる。
頭の上でくつろいでいたのが、両手鍋の付喪神。そしてもう一匹は、オーブンレンジの付喪神だ。
「か、カレーになった……!」
「は?」
「全ての薬膳料理はカレーに通ず。そういうことか……!」
「ちげーだろ。おめーの作り方に癖があるだけだろ」
イズーの手から小皿を奪い、付喪神二匹は順番にスープを試食した。
少々苦いが、確かにカレーによく似た味だ。ごはんにかけて食べると、美味しいかもしれない。
「おめー、この世界の人間じゃねえんだろ。元の世界では、あれか? やっぱコックかなんかだったのか? それにしちゃ、初めは包丁の使い方からなにから、なってなかったけどな」
「故郷でも一応、小さい頃から厨房に出入りしてたんだが、包丁は持たせてもらえなかったんだ」
「そりゃ、ちびっこに刃物は危ねえもんな」
「いや、俺は奴隷だったからな。武器になるものでも与えて、暴動でも起こされたら困るからだろ」
「奴隷!?」
「ああ」
鍋の中身をおたまでぐるぐるかき混ぜながら、イズーは暇つぶしに自らの半生を語った。
聞き終えた付喪神たちの目は、すっかり潤んでいる。
「おまえ……。波乱万丈っていうか、壮絶な人生を送ってるんだなあ」
「そうか? この程度の境遇の奴は、俺の故郷にごまんといるぞ」
どこまでも淡々としているイズーに、鍋の付喪神は瞼をこすりながら言った。
「だが、なるほどなあ。納得いったぜ。掃除やら料理やら家のことなんて、本来やりがいもなく退屈だろうに、おまえみたいな育ちの奴なら、そういうことも新鮮に感じるんだろう」
仲間の意見に、オーブンレンジの付喪神も頷いている。
「まあそうなんだが、それだけじゃないな。――好きな女が、快適に毎日を過ごす。整理整頓された部屋でくつろぎ、美味い飯を食って、清潔な湯に浸かって。そういうのを見ていると、俺も幸せなんだ」
「っかー!」
鍋の付喪神は照れた顔で宙をくるくる舞うと、小さな手でイズーの頬をぺしんと叩いた。
「尽くす幸せ、かあ。てめえ、俺の主に惚れてんな? どうしようもなく、惚れまくってやがるな?」
「当たり前のことを、いちいち言うな」
臆面もなく、イズーはニヤニヤと表情を緩めた。
「奴隷が逃亡し、力をつけ、んで今は魔法使い、と。なるほどねー。だから、ま、褒められたもんじゃねえが――常識に縛られず、八百万の神様を捕獲したりできたわけか」
付喪神が何気なく口にしたつぶやきを聞いて、イズーは鍋をかき混ぜる手をぴたりと止めた。
「……ここに、神様をぶっ込むっていうのはどうだろう?」
「は!?」
「細かく刻むか、タレに漬け込むかして……」
イズーは腕を組み、考え込んでいる。
「俺たちの世界の水の精霊は、浄化の力を持っていた。こっちの世界の、八百万の水の神も恐らくは。つまり、デトックス効果があるんじゃないだろうか」
「お、おい! 待て! おまえ、また罰当たりなことを……!」
水の神様ならば、確かこのマンションから少し先を流れる「多魔川」で採れる。前にも神様を捕まえに、土手へ出向いたことがあったではないか。
思い立ったらすぐに実行するのが、イズーの良いところであり、それ以上に悪いところでもある。
「やめろやめろ! 神様を食うなんて、お前……!」
付喪神たちの制止の声など聞こえないらしく、イズーはエプロンを着けたまま、玄関から飛び出していった。
「多魔川」の河川敷に下りると、二、三匹活きの良い八百万の神を見繕って捕まえ、ハーフパンツのポケットに突っ込む。思うまま飛び出してきたから、いつも重宝しているレジ袋を忘れてきてしまった。
「大漁、大漁」
ポケットの中からは、ヒューヒューと苦しげな川の神様のあえぎ声が聞こえてくる。しかしイズーは罪悪感を感じなかった。
それはそうだろう。確かにイズーは神々を手荒く扱い、あまつさえ殺そうとしているが、やっていることは、この世界の人々が日々していることとなんら変わらない。
雑な環境破壊、無秩序な資源搾取、その他。この世界の人々は、総じて神殺しである。
目的を終えて土手に上がると、「絶対零度の死神」を異世界に送った、あの高架下の脇に出た。
――「死神」は、元気にやっているだろうか。童貞を卒業しただろうか。
「異界の扉」は強力な召喚魔法だから、それだけにどこにでも出現させられるというわけではない。魔力の満ちた場所でなければ、不可能なのだ。
例えば、代々の魔王の力が隅々まで行き渡った「真紅城」。そして、八百万の神が宿る河川の近く――そう、この土手などだ。
「ん?」
イズーがなんとなく高架下を眺めていると、夕焼けが作り出した影がぴくりと動いた。
なにか、いるらしい。
興味が湧いて近づいてみると、果たしてそこには人が倒れていた。体つきからして、まだ若い女のようだ。
うつ伏せの状態で唸っている少女の、剥き出しになった太ももを、イズーはその辺に落ちていた棒きれを拾い、つんつんとつついた。
「う……」
息はあるようだが、反応が弱い。イズーに助ける気はなかった。なにしろ面倒だ。
身を翻し、帰ろうとしたところで、だが足を止める。
――実験台に丁度いいかもしれない。
膨らんだ自分のポケットを見下ろし、思いついた。
仮にも神と呼ばれる存在を、食べさせようとしているのだ。大事な風吹になにかあったら困る。あらかじめ、害がないことを確かめておかなければ。
高架下に戻ると、イズーは先ほどの棒きれを拾い上げ、呪文を唱えた。
ところで、彼の故郷にも杖を使う魔法使いは一定数いるが、杖自体に魔力はない。単に狙いを定めるのに、先の細いものがあるとやりやすいのだ。
棒きれの先から迸る、目に見えない波動に包まれ、少女の体はふわりと浮かび上がった。
このまま運んだら人の目につきやすい。ふわふわと空高く昇っていきそうな少女を捕まえ、背中に担ぐ。
浮かせたおかげで重さは全く感じないが、おんぶをしているように装い、イズーは少女を連れ帰った。
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