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ハーブ

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 侍女頭に報告した後、メイはそのまま彼女と共に侍医のオルガの元を訪れた。
「オルガ様、これの中身を調べていただきたいのですが」
「ふむ。詳しい成分を調べるには時間がかかりますが、まずは見せていただきましょう」
そう言ってオルガは小瓶を受け取り中身を白い小さな器に少しだけ出した。
「ハーブのような香りがしますな。それも、数種類混ざっているようだ」
「ハーブ、ですか?」
「では危険なものではないと?」
思わぬ言葉にメイと侍女頭が顔を見合わせる。その様子にオルガは首をかしげた。
「これはどなたが何に使うものですか?」
「ユリア様にと渡されたものです。飲み物に混ぜるといいと」
メイがそう言った途端、オルガの表情が明らかに強張った。
「あ、あの、オルガ様?」
驚いた侍女頭が躊躇いがちに声をかける。オルガは険しい顔をするとすぐに立ち上がった。
「まさかとは思いますが、ユリア様に飲ませたりは?」
「していません!」
ブンブンと首を振ってメイが答える。オルガはホッと息を吐くとそばにいた侍従にすぐに王妃に面会を申し込むよう言いつけた。
「あなたはユリア様のおそばに戻りなさい。いいですね?またこのようなことがあったらすぐに知らせてください。決してユリア様のお口に入れないように」
「わかりました」
メイは真剣な表情でうなずくと医務室を出てユリアの部屋に戻っていった。
 オルガと侍女頭はそのまま王妃の部屋に行く。幸い、王妃はすぐに面会に応じてくれた。
「王妃様、急に訪れてまして申し訳ございません」
「かまいません。何かありましたか?」
ソファに座る王妃はどこか緊張した表情を浮かべている。オルガはうなずくとメイから預かった小瓶をテーブルにおいた。
「それは?」
「ユリア様付きの侍女、メイが王宮の侍女からユリア様にと渡されたものだそうです」
オルガの言葉に王妃の表情が険しくなる。中身は何かと尋ねる王妃に、オルガは恐らくハーブだろうと答えた。
「ハーブの中には妊娠中は避けたほうがよいものがございます」
「それは、ユリア様の妊娠を疑い、害をなそうとした、ということですか?」
普段穏やかな王妃の声が低くなる。オルガは難しい顔をしてうなずいた。
「確信を持ってというわけではなく、もしかしたらという程度かもしれません。詳しく調べないとわかりませんが、妊娠していなければ害になることはありませんし、たとえ妊娠していても多量に接種しなければ即害になるということはないでしょう」
「それでも、遠ざけるにこしたことはありませんね。それを渡した侍女、誰かわかっていますか?」
王妃の言葉に答えたのは侍女頭だった。
「は、はい。レナという王宮勤めの侍女のようです」
「なぜ王宮勤めの侍女が?後宮にはたとえ侍女でも許可がなければ入ってこれないでしょう?」
「それが、先日王宮に配置替えされた侍女と親しいようで、その者の忘れ物を取りに行くという理由で後宮に入ったようです」
侍女頭の話を聞いた王妃は険しい表情のまま自分の侍女呼んだ。
「陛下にこのことをお伝えします。侍従長をお呼びなさい」
「承知いたしました」
王妃に一礼して侍女が退室する。侍女頭は顔を青ざめさせながら王妃に頭を下げた。
「申し訳ありません!私の管理が行き届かず…」
「あなたが謝ることではありません。王宮勤めの侍女はあなたの管轄外なのですから。今回責められるべきは明確な理由がないにも関わらず王宮の侍女を後宮に通した衛兵です」
王妃の言葉には確かな怒りがあり、そこまで怒りを露にした王妃を見たことがない侍女頭は震え上がった。
「レナという侍女が親しいという者が誰か、調べられますか?」
「はい。少しお時間をいただければ」
「ではそちらはよろしくお願いします」
王妃の言葉に侍女頭は深く頭を下げた。

 王妃から呼び出しを受けた侍従長は急いで後宮へ向かった。王妃からの直接の呼び出しなどそうあるわけではない。何事かあったのだろうと予想していたが、王妃から告げられた言葉は予想外のものだった。
「ユリア様の妊娠を疑う者がいるようです。そして、それをよく思っていない者が」
「まさか…。わかりました。こちらでも調べます。衛兵についても私からも陛下にご報告しておきます」
「よろしくお願いします。それから、王宮の侍女頭にわたくしから正式に抗議をいたします。いくら衛兵に通されたからといって、王宮の侍女が正当な理由なく後宮に入ることは見過ごせません」
王妃の毅然とした態度に侍従長は深く頭を下げた。
「王宮に仕える侍女や侍従にも規律を守るように改めてふれを出します」
「王宮で働く者は後宮で働く者より多いですから、大変でしょうけどよろしくお願いします」
王妃は表情を和らげて言うと侍従長を下がらせた。
「このこと、ユリア様のお耳に入らないようにしてください。メイはあとでわたくしのところへ来るようにと伝えて。ユリア様の近くにいる彼女には状況を把握してもらわなくてはいけないから」
「わかりました」
王妃の言葉に王妃の侍女がうなずいて一礼する。王妃は事態が早速動き出したことに小さく息をついて窓の外に広がる青空を見つめた。
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