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28話 お嬢様の正義
しおりを挟む会場近くまで戻った所で、先程お嬢様にダンスを申し込んでフェリス王子に割って入られた男がソワソワとこちらを見ているのに気がついた。
お嬢様を見つけたはいいけど、フェリス王子も一緒なのでいつ話しかけようかと迷ってるように見える。
「アイリーン嬢! 今度は俺とお話しませんか? 」
そいつは意を決したのか、勢いよく手を振り上げ、声をかけながらお嬢様の方へ歩み出した。
「あっ、! 」
その瞬間、近くを歩いていたメイドの持つトレーを思いっきり叩き上げてしまい、トレーに乗っていた飲み物が勢いよく宙に舞い、中の飲み物がぶちまけられた。いい気味だ。
「いって!、おい!気を付けろ! 俺の服に掛かったじゃないか! どうしてくれるんだ! 」
「も、申し訳ございません! 只今おふきいたします 」
メイドは慌ててナプキンで男の濡れた服を拭こうとしたが、その手も弾き返される。
「そんな汚いもので拭くな! 余計シミになる! 」
メイドは怒鳴られて蒼白になりながら震えている。
あいつがワインを被るのはいい気味だが、これではあのメイドが可哀想だ。
そう思った瞬間、お嬢様がすっと前に出てメイドの前に立ち塞がった。
「その言葉は今貴方が言うべき言葉ですか? 」
「え? アイリーン嬢、みっともない姿を見せてしまってお恥ずかしい・・・ 」
突然アイリーン嬢が近づいてきたので男は慌てて体裁を取り繕おうとしている。
だけどお嬢様は毅然と相手を見据える。
「今そんな事はどうでもいいです、それよりも、貴方はこの方にかけるべき言葉がおありでしょう? 」
お嬢様はそう言って怯える彼女を指す。
「は? 何を・・・? 」
男はお嬢様が言っていることが理解出来ないのか、訝しげに首を傾げている。
「分からないのでしたらお教え致します。貴方はまずこの方に『 申し訳ない、大丈夫ですか 』と声を掛けなければいけないのではないですか? 」
「はぁ? 俺はそいつにワインをかけられたんだぞ? 何故メイドごときに謝る必要があるんだ? 」
「今『 メイドごとき 』とおっしゃいましたか? 」
瞬間、お嬢様キレたなと分かった。
落ち着いて話しているように見えるが、今お嬢様は怒っている。
「俺は伯爵家の長男だ、そこのどこのやつとも分からない一般人とは立場が違うんだよ! 」
男もムキになって大声を張り上げる。お嬢様の前で取り繕うのも忘れているようだ。
だけどお嬢様も怯まない。
「今家柄は関係ないでしょう、私は見ていました。貴方がワインを被った原因は貴方が周りを見ずに突然腕を振り上げながら前に出たからです。そこに居た彼女が持つトレーに当たったのは貴方の方で、彼女の持っていたトレーをひっくり返したのも貴方です。周りを見ずに行動した貴方が悪いのでは無いですか? 」
「な、俺が通る場所にそいつが居たのが悪いんだ! それにそいつはメイドじゃないか! 何故俺が謝らないといけないんだ! 」
「謝るのに身分は関係ありません。悪い事をしたのなら謝るのは当然です 」
「なんで俺が! 」
男は騒ぎで集まって来た周りの人たちも見えていないのか、激高してお嬢様に向かって腕を振り上げた。
だが俺はその前からお嬢様の前に障壁を張っているのでお嬢様に当たることは無い。
だけど、その腕が俺の張った障壁に当たることは無かった。
「女性に手を上げるのはいけないよ 」
男の腕を掴んで止めたのはフェリス王子だ。
女性のような容姿で線も細いのに、男の腕を止めたフェリス様はとても男らしく見える。
「フェリス王子! 」
激高していたのでフェリス王子の前だということを忘れていたのか? 今更フェリス様を見て蒼白になっても遅い。
「うちのメイドが失礼したね 」
男を見るフェリス王子は天使のように微笑んだ。
「あっ、いえ、とんでもありません 」
フェリス王子に謝られて慌てる男。
「お詫びにこちらで着替えを用意させるので受け取ってくれるかな? 」
「は、いえ、あの、大したことないのですが・・・申し訳ございません 」
明らかな同様の色を見せる男に対して、フェリス王子はもう一度微笑んだ。
「僕に謝る必要は無いよ、謝るべきは一生懸命仕事をしてくれていた彼女と、手を上げようとしたアイリーンに対してじゃないかな? 」
その言葉に、男はチラりとメイドとお嬢様を見た。
「はい・・・申し訳ございませんでした 」
男はしぶしぶといった感じで頭を下げたのは誰が見ても分かるが、とりあえず頭を下げた事に頷いて微笑むフェリス王子。
「うん、アイリーンも言っていたけど、人は身分で判断するものじゃない。いくら身分が良くても中身が伴っていないと、きっと孤立する事になるよ、これからは気をつけてね 」
「はい、申し訳ございませんでした 」
「僕に謝る事は無いよ、それよりも早く着替えた方がいい、ライアン、案内してあげて 」
フェリス王子が侍従に案内を任せ、お嬢様に手を上げようとした男は侍従のライアン殿に連れられて会場から出て行った。
「アイリーン、大丈夫? 」
「私は大丈夫ですわ、それよりも彼女が・・・ 」
「あの、ありがとうございました 」
お嬢様がメイドを見ると、話しかけていいのか迷っていたらしいメイドが勢いよく腰を曲げて礼をした。
「いえ、私は何もしていないわ、それよりも大丈夫ですか? 」
「はい、大丈夫です 」
にっこり笑うメイドを見てお嬢様も吊られて笑う。
「そう、良かった 」
「君も濡れてるから着替えないとね、ここはいいから下がって着替えておいで 」
「はい、申し訳ございません。では失礼いたします。フェリス様、アイリーン様、本当にありがとうございました 」
フェリス王子の言葉に、メイドはまた深々とお辞儀をしてその場を後にした。
「アイリーン 」
「レオルカ兄様!」
メイドが去った後に現れたのはレオルカ様だ。
「大丈夫だったかい? 」
「ええ、私は大丈夫ですわ 」
言いたいことが言えてスッキリしたのかにこやかに笑うお嬢様と、レオルカ様を少し離れた場所から微笑ましく見守っていると、ほとんど気配も無く近づいてきた人物がいた。
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