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51話 心の迷い
しおりを挟む「何を言ってるんですか? そんな事出来るわけないでしょう 」
「何故? 私が行くと邪魔? 」
「・・・・・・俺と一緒に来るということがどういう事か分かっていますか? 」
「うん、私ルーのお嫁さんになる 」
「それって今の暮らしを捨てることになるんですよ? 」
「うん、必要なら私も働くわ 」
やっぱり、お嬢様はこういう人だ、今の暮らしを捨てるということがどういう事なのか分かっているのか分かっていないのか・・・なんの迷いもなく今の暮らしを捨てると言う。
だから俺はお嬢様に苦労をさせるような事はしたくないんだ。
「お嬢様にそんな事はさせられません 」
「あら、今の私は恵まれているだけで、ほとんどの人は働かないと生きていけないのよ、当然の事だわ 」
「お嬢様の考えは素晴らしいと思います。それでも私はお嬢様には今のままいて欲しいんです 」
「そんなの、ルーが思ってるだけで私の意思じゃないわ、私はルーが居てくれるなら何処だっていいのよ、・・・・・・それとも私がいると迷惑? 」
迷惑とかじゃない。だけどどう答えていいのか戸惑う。
「そんな事はありませんが・・・・・・ 」
そう言った途端、お嬢様はぱっと顔を輝かせる。
「それって私をお嫁さんにしてもいいって事? 」
「え? それは・・・・・・ 」
「ねぇ、正直に答えて、ルーは私の事をどう思ってるの? 」
その言葉にドクンと心臓が跳ね上がる。
一番聞かれたくなかった質問だ。
嘘をつくのは簡単だ。なんとも思っていないといえばいい。そうすればお嬢様も諦めてくれるだろう。だけど心がそれを拒否しているように思う。
俺は心のどこかでお嬢様との未来を望んでいるのか?
「・・・・・・俺にとってお嬢様はとても大事で大切な人なんです。だからお嬢様には幸せになって欲しい 」
「それって恋愛として好きって事? それとも妹のような感覚で大切だって事?」
「それ聞いてどうする? 」
「っ・・・・・・私はルーが居てくれるだけで幸せなの、ルーの居ない所で幸せになんてなれないわ 」
「俺はお嬢様に不自由な思いをさせたくない。俺の為に今の暮らしを捨てるなんてダメだ! そんな事をさせるくらいなら俺はっ・・・・・・・・・俺はやっぱり出て行くべきです。失礼します 」
「ルーー! 」
後ろでお嬢様が呼び止めるのも聞かずに足早に部屋を出る。
俺は今何を言おうとしたんだ?
(俺はここでお嬢様が幸せになるのを見守る )
そんな事出来ないくせに、俺はお嬢様が他の男と幸せになる姿なんて見ていたくない。
それに、ここを出ると決めたのは、元魔王の俺がここに居ると迷惑が掛かるからだろう。
ダメだ、お嬢様と居ると調子が狂う。
このままじゃ決心が鈍っていく、早くここを出た方がいい。
俺はそのままレオルカ様の執務室へ向かう事にした。
コンコンコン
「失礼致します。レオルカ様、お話があるのですが少しお時間よろしいでしょうか? 」
「ん? どうしたの? 」
レオルカ様は相変わらず資料に囲まれて少しやつれたように見えるが資料の数は以前に比べて随分少なくなった。
この数日俺も微力ながら助力させていただいたがやはりレオルカ様は優秀だ、もうほとんどの処理が片付いているのだ。
この分なら5日後に王都で執り行われるレオルカ様の爵位授与式は問題なく執り行われるだろう。
「レオルカ様、やはり明日にでも退職させて頂きたいのですが、お許し頂けますでしょうか? 」
「ダメだよ、明後日には王都に向けて旅立つからセルジュも同行してくれないと 」
「え? 私も同行するのですか? 」
「うん、だからもう少し待ってね 」
「ですが・・・・・・ 」
「ねぇ、セルジュ、君が今日までここで仕事してて誰か怖がってる人はいた? 」
「え? ・・・・・・・・・いえ、いつも通りですが・・・・・・ 」
レオルカ様に聞かれて思い返すと、同僚達はいつも通りだった。
むしろ、よく考えると何かくすぐったい眼差しで見られていたこともあったかもしれない。
「だろ? 君が元魔王だろうと、今までの君をみんなは知ってる。その力に憧れることはあれど、恐れを抱く者なんて居なかったはずだよ? 」
「ですが・・・・・・ 」
「なんだかよく分からない線を引いてしまってるのはセルジュだけだよ、セルジュ、君はずっとここに居て良いんだよ? 」
レオルカ様は優しい。
誰に対しても平等で寛大な心を持っている。
本当にこのチェスター家に使える事が出来て良かったと思う。
だけど、今の俺はお嬢様の近くに居て思いを隠すことが出来ない。
「俺がここに居てはダメなんです 」
「どうしてそう思うの? 」
「それは・・・・・・ 」
「まぁ、セルジュが何を考えてるのか想像はつくけど、もう少しだけ自分の事を信じてみてもいいんじゃない? 」
なんて話せばいいのかわからず黙り込んでいると、レオルカ様は嘆息した後微笑む。
「信じる・・・・・・ 」
そういえば、俺は前世から自分の事は無頓着で何も考えていなかったかもしれない。
友と呼べる人間に裏切られ、自分に自信が持てなくなっていたのも確かだ。
こんな自分を本当に信頼し、愛してくれる者などいないと思っていた。
だけどレオルカ様に改めて言われて何かがすっと落ちたような気持ちになった。
「俺は・・・・・・レオルカ様を信頼してもいいんですか? 」
「そんな事決まってるだろ? 俺はずっとセルジュとは主従関係以前に、何でも話せる友になりたかったんだから、まぁ、俺はそう思ってるけど、堅物のセルジュはそうは思ってくれて無いよね? だけど信頼くらいして欲しいな 」
屈託の無い眩しい笑顔に目が霞む。
俺は今世では、少なくともここではもっと心を開いてもいいのかもしれない。
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