ある寒い夜の日の話 ~おでんと俺と幼馴染と~

なつか

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 寒い。

 昨日は20度以上あった最高気温が、いきなり15度になるとは、どういうことなのか。
 うっすらと降る雨のせいで昼になっても太陽が顔を見せることはなく、夜に近づくにつれ気温はさらに降下するばかり。
 今朝、慌てて引っ張り出してきた学ランの袖を引っ張って、何とか冷たい風の当たる面積を減らそうとがんばりながら、煌々と明かりが灯るコンビニの横を通り過ぎようとしたとき、中からちょうど出てくる人に気が付いた。

「おっ! 理一りいちじゃん!」
「あぁ? なんだ、恭介きょうすけか」
「なんだとはなんだ~」

 肩をドンとぶつけてやると、理一は「やめろ」と手に持っていた袋をさっと掲げるようにして持ち上げた。

「なにそれ?」
「おでん」
「いいな! 今日、寒み~もんなぁ! 何買ったん? 」
「大根と玉子とこんにゃく」
「え~~いいなぁぁ!!」

 寒い時期のおでんほどうまいものはない。つゆがしみしみの大根に、玉子。それから熱々のこんにゃく! 想像しただけで腹が鳴る。
 でも、この間ゲームを買ったばかりの俺にコンビニで買い食いをする余裕はない。一口だけでも、と期待を込めてちらりと横に並ぶ理一を見上げた。
 この夏で引退するまで野球部のエースバッターだった理一は、帰宅部だった俺よりも頭一つ分背が高く、体の厚みも倍くらいある。
 昔は理一のほうが小さかったのに、遺伝子の理不尽なのか、努力の差なのか。
 多分そのどちらもだ。

「やらねぇぞ」
「え~~~~りーちくんのけちぃ~~~!!!」

 唇を尖らせて見せても、理一はプイっとそっぽを向いて俺から目をそらした。
 ”また”だ。
 少し前から理一は俺と目をあまり合わせてくれなくなった。普通に話をしているように見えるのに、どこかそっけなくて、俺の顔を見ないのだ。

 理一と俺は家が隣同士の幼馴染で、生まれてから高校までずっと一緒。小さい頃は四月生まれの俺が二月生まれの理一の手を引いて、一緒に走り回っていた。
 理一が中学で野球部に入ってから一緒にいる時間は減ったけど、それでも理一が出る試合には欠かさず応援に行ったし、軽いキャッチボールに付き合ったこともある。だから、俺たちの距離感はさして変わっていないと思っていた。

 それなのに、何なんだこの態度は。いきなり距離を置かれたようで正直腹が立つ。
 俺はそのいらだちをぶつけるように、後ろからとびかかり、理一のズボンのポケットに両手を突っ込んでやった。

「うわっ?! なにすんだお前!!」
「くれねーならせめて暖を取らせろ、暖を!!」

 スラックスの布一枚越しの体温は、急に冷えた秋の夜に暖を取るにはちょうどいい温かさだ。さらにその温度を享受せんと、手をもぞもぞと動かすと、左側にだけ妙に温度の高い個所があることに気がついた。
 カイロでも仕込んでるのかと思ったが、そこまで寒い時期でもない。頭にはてなを浮かべながら、その熱源を手で探ってみると、理一が焦ったように俺の手をつかんだ。

「おい! マジでやめろ!!」

 ポケットから手を引き抜かれそうになって、俺はがしりと理一の筋肉質な足を掴んで抵抗を試みる。その途端、びくりと理一が体をひきつらせた。
 不思議と左手に当たる熱源がさっきよりも重量を増したように感じる。そこで俺はようやく気づいた。

「これ、ちんこか!」

 思わず大声で叫んだ俺の頭の上に、とてつもなく大きなため息が降ってくる。見上げれば、理一は顔を手で覆い、うなだれていた。街灯に照らされた理一の耳がほんの少し赤くなっているように見える。この時、俺の背中を駆け上がってきたのは多分、興奮というやつだろう。
 その反応に気をよくした俺は、理一の肩に顎を乗せ、ポケットに手を入れたままぴったりと背中に張り付いた。
 すると、手に当たる熱源はあからさまに固くなり、膨張していく。それはもう、びっくりするほどに。
 理一は体格がいいからコレもそれに見合うサイズなのだろう。昔、”見せあいっこ”をしたときは、そんなに差はなかったように感じたのに。これは努力でどうにかなるものではないから、確実に遺伝子の差。理不尽だと思う。
 でもまぁ、今気にするところはそこじゃない。

「りーちくんは、なんで勃ってるんですかぁ?」

 首元でしゃべったせいか、理一はまたびくっと体を跳ねさせた。その反応が楽しくて、ちょっと嬉しい。理一にそっけない態度をとられていたことを、自分でも思っていた以上に寂しく思っていたらしい。
 理一が何も答えないことをいいことに、俺はポケットに入ったままの左手で、ゆっくりとその熱源を撫でてやった。
 すると、再び頭上に大きなため息が降ってくる。さすがにやりすぎたか? そう思って理一の様子を窺うと、指の隙間からギラギラとまるで獲物を見定めた猛獣のような瞳が俺を見下ろしていた。

「お前が悪いんだからな」

 そう言うなり、理一は今度こそ俺の手をポケットから引き抜いた。
 つかんだ俺の手を引いて、理一は無言で歩き出す。いつもの方向だから、このまま家に帰るのだろう。大股で歩く理一の後ろで小走りになりながら、俺はくつくつと喉から漏れる笑い声を抑えることができなかった。

 案の定、連れていかれたのは理一の家。都合よく誰もいなかったリビングを通り過ぎ、二階にある理一の部屋に入るなり、俺はベッドの上に放り投げられた。

「痛って! 乱暴だぞ!!」

 文句を垂らす俺を無視して机におでんを置いた理一は、そのまま俺に襲い掛かって――くるのかと思いきや、なぜかベッドには上らず、床に座り込んだ。
 ちょっと拍子抜けした俺は首を傾げながら、理一をジトっと睨みつけた。

「なんもしねーの?」
「なんかして欲しいのか」
「う~ん、そうだなぁ」

 ベッドの上で胡坐をかき、その上に肘をついて顎を乗せる。昔はこのベッドでよく一緒に寝たものだが、最近はすっかりご無沙汰になっていた。前にきたのはいつだったっけ。あぁ、そうだ。

「抜きあいする? 中学んときみたいに」

 中学生男子が気になることなんて、くらいだ。二次性徴が遅かった俺は、先に精通した理一に「ずるい! 見せろ!」と言い募り、まずは見せあいっこをして、そこから抜きあいに発展したのは自然の流れだろう。
 理一の家は両親ともに帰りが遅いのをいいことに、当時はしょっちゅうこの部屋に入り浸ってやりたい放題していた。
 でも、理一が部活に打ち込むようになってからは、ここに来ることもなくなってしまった。

 いや、違うな。何度か来ようとしたのに、理一にやんわりと拒否られたんだ。部活が大変だから疲れてるとか、勉強しないと、とか言って。
 俺はそれを単純に信じていたんだけど。
 もしかして、本当は嫌だったのだろうか。 確かに、いつもをするときは、まず俺が言い始めて、理一が戸惑っている間に、あれよあれよと……。

「あれ? もしかして理一はイヤだった?」

 今までそんなこと一瞬も思い浮かべなかった。だって小さいころから理一はいつも俺のあとをついて回っていた。「きょーちゃん、きょーちゃん」って、必死に俺の名前を呼びながら。
 そんな理一がかわいくて。「きょーちゃん」って呼ばれるたびに、俺のことが大好きって言われているようで嬉しかった。
 だから、理一が嫌がってるなんて一度も考えたことなかった。
 もしそうなら、今回のことだって、ただの不同意わいせつだ。心底謝罪するしかない。
 返事を待ちながら、俺は理一の顔をじいっと見つめた。

 昔から整った顔立ちではあったが、相変わらずのイケメンっぷりについ見惚れる。
 俺に触れるとき、この意志の強そうな眉がへにょりと下がり、切れ長の瞳が欲望に戸惑うのを見るのが好きだった。
 今だって、理一は同じ顔をしている。だから、――嫌なはず、ないだろ?

 俺は理一に両手を伸ばして頬を挟み込み、そっと唇を重ねた。

「顔、真っ赤」

 思わず笑うと、理一はきれいな形の眉をぐっと眉間に寄せた。

「何でこんなことするんだ」

 ぽつりと零した言葉に俺はまた首をかしげて見せる。

「嫌だった?」
「そうじゃない! そうじゃないけど……はぁ…お前が何考えてるのか全然わかんねぇ」

 がっくりとうなだれた理一の丸い頭の真ん中には、これまたきれいに整ったつむじがある。背を追い越されてからは、久しぶりに見た。つむじがあったら突っつきたくなる。それが人間のさがだろう。容赦なく人差し指を突き立てると、理一は飛び上がらんばかりの勢いで顔を上げた。驚愕に満ちたその顔に、俺はにやりと笑って見せた。

「理一さ、俺のこと好きっしょ?」
「はっ?! はぁぁ?!」
「あれ? 違った?」
「えっ、ちが、いや、ちがわ……………………ちがわ、ない」
「だよね~。俺も理一のこと好き~」
「は…………?」

 なんだその全く予想してなかったみたいな反応。たいそう遺憾である。

「なに、俺が好きでもない奴にちんこ触らせる男だと思ってたわけ?」
「そ、そういう訳じゃないけど!」
「傷ついたー」

 俺はベッドに倒れこみ、「え~ん」とわざとらしく泣きまねをしてみせる。それでも理一は焦ってくれる。図体はデカくなったけど、やっぱり理一はかわいいままだ。

「ごめんて、恭介。なぁ、おい。そんなふうに思ってないから。な?」

 まだおろおろしている理一のほうに顔だけ向ける。眉を下げ、下から俺を窺うように見る不安げな顔がすごく情けない。
 野球部で四番を背負い、この立派な体でバットを振り抜く様にキャーキャー言ってた奴らはきっと一度も見たことのない顔だ。――絶対に見せてやんねーよ。

「ほんとに思ってない?」
「思ってない!」
「おでんの玉子くれる?」
「全部やるから!」
「俺のこと好き?」
「好きだよ!」
「じゃー許す」

 今度は体ごと理一のほうに向け、両手を広げて見せる。「おいで」と目で呼べば、理一は俺の腕の中に頭をうずめた。

「好きだよ、理一。だからさ、俺のことちゃんと見て」

 少し前から理一は俺の顔をちゃんと見なくなった。でも知ってる。実は俺のこと、ずっと見てたって。
 別のやつと話してる時も、一人で何かしてる時も、ずっと背中に視線を感じてた。しかも、じっとりと熱がこもったやつ。あんなに見てたら、絶対に俺以外も気づいちゃってるよ。
 その熱は俺に向けられたものなんだから、ちゃんと俺に向かって届けて、ちゃんと受け取らせてくれ。

「……俺も好き。ずっと好きだった」

 絞り出したようなその声には、少しだけ涙が混ざって聞こえる。俺は理一の硬い髪を撫でながら、「うん」とつぶやいて、つむじにキスを落とした。
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