俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

なつか

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【連載版】俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

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 翌朝、目覚ましの音で起きたはいいけど、案の定、体が動かない。
 腰は痛いし、足はだるい。乳首はじんじんして、赤くなっている。最悪のコンディションだ。
 それなのに、俺に無体を働いた張本人はすやすやと気持ちよさそうに横で眠っている。
 透は多分三限から。俺の体もそのくらいには動くようになっているだろうか。
 スマホで同じ授業を取っている大学の友人に体調が悪くて行けそうにないことと代返をお願いしておく。これでまぁ単位は大丈夫。テストはもうなるようにしかならない。
 こうしてちょいちょい体調が悪いと連絡を入れる大学の友人、三輪みわは、俺のことを病弱だと思っているようだ。
 初めは嘘ついてるんじゃないかとちょっと疑ってたみたいだけど、どうしても休めない授業なんかは無理をしていくから、その時の俺の顔色の悪さと、ぎこちない動きに、あかんやつや、と思ったそうだ。
 それ以来、俺がしんどそうにしていると、介護かって突っ込みたくなるほど気を使ってくれるようになった。
 今もさっき送ったばっかりのメッセージにすぐ「了解、大丈夫?」って返事が届いた。
 本当は風邪なんかもう十年くらい引いたことない。具合が悪い原因が、ちょっと、いやかなり体を酷使された結果だと知ったらどう思うんだろうな。言うつもりなんてないけど。

 返信に、もう少し休んでたら多分大丈夫だと思う、とメッセージを送ろうと思ったその瞬間、スマホの画面が見えなくなった。

「何してんの」

 起きたらしい透が俺のスマホ画面を握ったのだ。
 なにすんだ、とじろりと睨んでやれば、そこにあるのは寝起きのはずにもかかわらず、いや、寝起きのけだるささえ魅力に変えてしまうほどに美しい顔。やっぱりイケメンはずるい。

「一限休むって連絡してただけだ。誰かさんのせいで動けないもんでね」
「ふーん、いつも大学で一緒にいるやつに?」
「そう」

 俺の嫌味なんてどこ吹く風。それなのに、俺が他のやつとつるむのはどうも気に入らないらしい。
 こうやって俺が誰かとやり取りをしていたり、出かけたりすると、あからさまに不機嫌になる。
 まるでおもちゃを取られまいとする子供のようだなと思う。俺なんて誰も取ろうとするはずがないのに。
 透は握っていた俺のスマホを奪ってポイっとベッド投げ捨てると、俺の顎をくいっと引いてキスをする。
 でも、そのまま舌を入れられるのは断固拒否だ。寝起きの口内にどんだけ細菌がいるのか知ってんのか。歯を磨いてからじゃないと絶対無理。
 両手でグイっとそのお綺麗な顔を押し返してやると、そのまま手を掴まれ、べろりと舐められた。
 情けない悲鳴を上げると、気が付いた時にはまたベッドに転がされていた。
 あぁこれは、今日一日無理なやつだ。せめて、バイトがない日だっただけよかったと思おう。

 
 そうして、朝っぱらからまためちゃくちゃにされ、失った意識を取り戻したときにはもう透の姿はなかった。
 差し込む西日に目を細めながらベッドのヘッドボードにある目覚まし時計に目をやれば、もう夕方に差し掛かるような時間。
 俺のマンションから大学までは一駅の距離。とは言え、今から行ってももう五限にも間に合わない。
 必修の授業でもないし、今日は諦めて大人しく家にいようとスマホを手に取った。
 案の定、三輪から「昼からはこれそう?」とか、「大丈夫?」とかメッセージが入っている。
 今日は無理そうだ、とメッセージを送ると、すぐさま「わかった、お大事に。ノート取っといてやるからゆっくりしてろよ」と返事が来た。
 無理を強いられた体に優しさが染みる。透にも一かけらくらい三輪のような思いやりがあればなんて思わずにいられない。

 透だって別に優しくないというわけではないんだけど、圧倒的に人を思いやるとか、相手の立場に立つっていう気持ちが足りないのだ。むしろわざとなのか? と度々思う。
 今日だって、朝からめちゃくちゃして、気を失った俺をそのまま放置して一人で大学に行ってしまった。体は綺麗にしてくれてるが、そういうことじゃない。
 俺は透のせいで休む羽目になったんだから、お前も! 休め!!

 だめだ、無性に腹が立ってきた。
 イライラは体に悪い。とりあえず何か食べようとめちゃくちゃだるい足腰を無理やり立たせ、冷蔵庫を開ける。昨日から内臓を掻き回されまくって食欲はないけど、少しは食べないと薄っぺらい体が余計に貧弱になるからしょうがない。
 ついでに昨夜消費されたペットボトルの水を補充して、俺のお気に入りのヨーグルトを取り出そうとしたら、買った覚えのないやつがあった。フルーツなんかが入ってちょっと高級そうな、初めて見たやつ。
 透はヨーグルトを食べない。でも、珍しいヨーグルトを見つけるとこうやって俺のために買ってきてくれる。
 ちょっとほんわりした気持ちになりかけて頭を振った。

 昔見たテレビの特集で、恋人からDVを受けてる女の人が「でも、本当は優しい人なんです! たまに私の好きなものとか買ってきてくれるんですよ!」とか言ってた。
 今の俺はこれと同じ心理だ。ほだされてはいけない。
 何より、俺は透の“恋人”じゃないんだから。
 まぁヨーグルトに罪はないから、もちろんおいしくいただくけど。

 ダイニングテーブルの椅子に腰を掛け、どれどれとヨーグルトを一口。生乳の風味がしっかりしたヨーグルトの甘さと、たっぷり入ったフルーツの酸味が絶妙な味わい。これは、今まで食べたやつの中でもトップクラスのうまさだ。
 どこで買ったのか今日帰ってきたら聞こう、なんて思いながら食べ進めているとスマホが鳴った。見てみれば、三輪からの着信。珍しいな、と首をかしげながら通話のマークをタップする。

「ンン゛っ、もしもし」
「うわっ、声ひっどいな。風邪なの?」

 声を出そうと思ったら、出なくて。絞りだしたらめっちゃガサガサ。ヨーグルトじゃ昨日から今朝にかけて負った喉へのダメージは回復できなかったか。
 もちろんそんなことを三輪には言えない。

「いや、大丈夫、寝起きなせい。なんか用だった?」
「あぁ、五限が休講になったからさ、大丈夫かなと思って。お前一人暮らしだよな? 薬とか、食い物とかある? 買って届けようか?」

 あっ今俺、ちょっと心が弱ってるかも。三輪の優しさがジーンときた。でも、来てもらいたいかというとそういうわけではない。むしろ、来てほしくはない。

「ありがとな。でも大丈夫。寝てりゃ治るから」
「そんな声で言われても説得力ねーよ。隣駅だよな?」
「いやいや、マジで大丈夫だって」
「遠慮すんなって。駅からすぐのマンション?」

 ――なんか、すっごいぐいぐい来るな……?

 今までにない三輪の勢いに思わず俺は口ごもった。
 俺が大学を休むたびに三輪は心配してくれるけど、こんなふうに電話までしてきたのは初めてだ。
 きっと重ね掛けした心配がいつの間にか大きなものになってしまったんだろう。

 どうしようか、と考えているうちにガチャリと玄関ドアの鍵が開いた音がした。

「ただいま~」

 タイミングが悪いにもほどがある。それに、透が帰ってきた時点で他人をココに呼ぶなんてことが絶対に無理であることが確定。

「悪い、ほんとに大丈夫だから。また明日な」
「えっ、ちょっ」

 俺は心の中でため息をつきながら三輪の返事を待たずに通話を切った。
 心配してくれた友人に対して感じが悪いことこの上ない。明日もう一度ちゃんと謝ろう。

「祐也~? ただいまー!」

 そんな俺の内心を知るはずもない透は相変わらずのんきな声で部屋に入ってくる。今度は心の中じゃなくてしっかりと口からため息がこぼれた。

「おかえり、透。早かったな」

 今日は通常なら透も五限まで授業があるはず。そちらも休講になったのだろうか。
 そんな俺の疑問に透が答えるはずもなく、部屋に入るなり胡乱気な表情で距離を詰めてくる。これは、また始まったかも。

「おい、まず手洗いうがいしてこい」

 気づけば目の前まで来ていた透に手を伸ばしておでこを軽くはいてやるが、もちろん透は気にした様子もなく、俺を囲うように椅子の背に手をついた。

「誰かと電話してたの?」
「大学のやつだよ」
「なんで?」

 やっぱり、と心の中で再度ため息。
 今朝の二の舞はごめんだ。さすがに二日連続で休みたくはないし、明日はバイトもある。とは言え、いい考えも浮かばずどうしようかと逡巡した結果、俺は両手で透の頬を挟んだ。
 長いまつげが据えられた切れ長の瞳に、黄金比で配置された鼻と唇。それをおさめた顔は俺のたいして大きくもない手のひらでもすっぽりと包めてしまうほど小さい。
 何度見ても憎たらしいほどに整った顔を包んだ手のひらに、ぎゅっと力を込めて皮の薄い艶やかな頬っぺたを押しつぶしてやる。
 俺がやったら大惨事の変顔だってイケメンにかかればただのサービスショットだ。

「五限が休講になったって連絡があっただけだ。それより、ヨーグルト、ありがとな」

 こんなあからさまな話題のそらし方でごまかされてくれるだろうか。少しだけ逸る心臓の音を聞きながら、俺は透の顔から手を離して、まだ食べかけだったヨーグルトをほおばった。

「フルーツが入ってるのいいな。さっぱり感が増して美味い」

 ついでに内臓にも優しい。ヨーグルトは正義だ。
 何事もなかったようにもう一度視線を向けると、透は少しだけ不満げに微笑みながら俺の額にキスをして、「手洗ってくる」と洗面所に消えていった。
 何のキスだよ。
 でも、取り敢えず急場はしのげたらしい。安堵のため息を吐いて、天井を仰いだ。

 ――なにしてんだろ、俺。

 恋人でもないのにこんなふうに透の機嫌を取って。
 まぁ実際、俺の“無事”は透の機嫌にかかっていることも事実なんだが、なんとなく解せない。

「祐也~、お風呂はいろ~」
「んー今行く」

 それでも、長年の経験から身についた習慣は簡単になくせるものではない。
 俺の日常は透に浸食されすぎている。


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