俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

なつか

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【連載版】俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

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 人の噂も七十五日、って言うけど、よく考えると七十五日ってそこそこ長くない? だって、二か月以上だぞ?
 毎分、毎秒、様々な話題が垂れ流されるこの情報過多社会において、たった一つの話題がそんな長期間取りざたされることなんてそうそうない。ましてや俺のようなキングオブモブの噂などすぐに消え去るはずだ。
 そう思ってから二週間。予想通り噂はかなり下火になり、三輪以外の学部の友人らには距離を置かれたままではあるものの、俺は噂がはびこる前とそれほど変わらない日々を送っていた。
 まぁ俺がそんなに噂自体を気にしてないっていうのもでかいけど。そいつらとだって三輪つながりで一緒にいただけで、もともと俺個人としての付き合いはほぼなかった。だから、俺的にはそんなに大きな問題ではないってわけ。
 でも、相変わらず三輪は俺を気にかけてくれるから、計らずも三輪も友人たちと距離を置くことになってしまっている。そこだけはやっぱり心苦しい。

「俺のことは気にしなくていいんだぞ?」
「またそういうことを言う。俺はお前といるほうがいいんだよ」

 三輪がさりげなくかます爽やかイケメンムーブをもろに受けたせいで目がチカチカする。視界を取り戻そうとぱちぱちと瞬きする俺を見ながら三輪は苦笑すると、緩やかに目線を下げた。

「嫌な視線とか、噂話とか、一人で受け止めるのはきついだろ……」

 それは、自分の経験則によるものなんだろうか。

 爽やか系イケメンの三輪は現在進行形ですごく女の子からモテる。それは当然、地元にいたころも変わらなかったと言っていた。
 そこまで聞いただけではただの自慢かよ、と思うが話は想像以上に壮絶だ。

 こんなにモテるのに、三輪には今までに一度も彼女がいたことがない。
 なぜなら、三輪はゲイだからだ。
 俺は知り合って少ししてからカミングアウトされたが、今のところ大学内で他に知っている人はいないと聞いている。

 三輪は、自分の性的指向が男性に向いているということを中学生のころにはすでに自覚していたという。
 そして、それを閉鎖的な地元で公言するのはやめたほうがいいことも分かっていた。だから、のらりくらりと送られる秋波を躱していたそうだ。

 でも、ある時非常に粘着質な女子に目をつけられた。
 付きまとわれるなんてまだ序の口。抱いてくれと家に押しかけられ、付き合ってくれなきゃ死ぬと言われ、実際に目の前で手首を切られたこともあったらしい。メンヘラ怖すぎる。
 耐えきれなくなった三輪は自分がゲイであることを告白したが、その子は愛が過ぎると憎しみに変わるタイプだった。
 存在するすべての罵詈雑言を浴びせれたうえで、盛大にアウティングをされたそうだ。
 田舎は狭い。学校にも、ご近所にもあっという間に噂は広がった。そして、三輪の親はそれを受け入れられるタイプではなかったのだという。
 それから大学進学を言い訳に地元を出るまで、地獄にいるようだったと三輪は言っていた。

 重い、重すぎるだろ。どうしてそんな話を俺にしたのか、と聞くと、

「坂口なら「ふーん」って聞いてくれそうだったから」

 だってさ。実際、言いましたよね、「ふーん」って。
 ほかに何と言えと?! 大変だったんだな、とは思うけど、過去は変えられないし、話してもらったところで今から俺にできることはない。聞いて、そういうことがあったと知っておくことしか俺にはできないじゃないか。
 そう言ったら、「それでいいんだ」って三輪は笑っていた。

  未だに何が正解だったのかはわからないが、その話を聞いてからも俺と三輪の関係は変わらず、今も一緒にいる。だから、まぁよかったのだろう。

「ありがとな」

 素直に礼を言えば、三輪は困ったように眉を下げた。
 自慢じゃないが俺は友達が非常に少ない。高校の時につるんでいた奴らとも、もうすっかり疎遠になってしまったから、今友達と呼べるのは正直、三輪だけだ。
 そんな貴重な存在からもたらされる友情に感激していたのにさ。
 あいつはそれを一瞬でぶち壊してくれた。

「祐也だ」

 大学にはいくつか食堂があるが、その中の一つである中庭に面した学食の、窓際にあるカウンター席の隅っこが最近の定位置。まだ夏の厳しい暑さに焼かれる中庭にはほとんど人がいないこともあって、不躾な視線を浴びないこともポイントが高い。

 今日もそのカウンター席に三輪と二人並んで座り、昼飯を食べていた。それなのに。
 あいつの、透のたった一声で、食堂にいた人たちのほとんどすべての視線がこちらへ向いた。
 噂自体はそれほど気にはしていないとはいえ、学生生活に支障が出るのは困るからと、なるべく目立たないように息を潜め、火に油を注がないようひっそりと過ごしていたのに。そんな日々の努力も、三輪の気遣いも、一瞬にしてすべて台無しだ。

 ――よし、無視しよ。

 そう思ったところで、俺の反応なんて全く考慮しない透は容赦なく後ろから俺に覆いかぶさってくる。

「何食べてんの」

 無視したいんですけどね。透相手に俺が思った通りに事が運ぶわけがない。

「唐揚げじゃん。美味そう、一個ちょーだい」
「あっ!」

 今日の俺の昼食は学食の唐揚げ定食だった。一人暮らしで揚げ物なんてしないし、総菜の唐揚げはそこそこ高い。だから学食は揚げたての唐揚げを安価で食べられる貴重な場所だ。俺はメニューに並ぶたびに頼んでいる。
 今日も一個ずつ大切に食べていたのに。それなのに、透はきれいな指で唐揚げを摘まみ上げると、ひょいっと自分の口に放り込みやがった。

「おまえっ! 勝手に食うな!!」
「うま。もう一個、」
「ふざけんな!」

 さすがの俺だってブチギレ案件だ。もう一度伸びてきた手を叩き落とし、透の方に振り返って睨みつけたところで思い出した。
 食堂中の視線がこちらに集まっていたことを。

 ――やっちまった……。

 食堂にいる全員と視線が合うような奇妙な感覚に、全身に寒気が走る。
 俺はそもそも人の目に敏感なタイプではない。一人でいるのも平気だし、知らないやつに何を言われてもそれほど気にならない。
 でも、さすがに何百人という人から一斉に浴びせられる視線は、恐ろしい。
 冷や汗を流しながらそのまま固まっていると、ふと目の前に影が差した。

「坂口になんか用?」
「用があったとして、あんたに関係ある?」

 三輪だ。食堂中から注がれる視線から、そして透から俺を隠すように前に立ってくれたのだ。食堂中がその様子にさわりと浮足立ったのを感じる。
 二人のイケメンが睨み合う構図はさぞかし絵になるだろう。間にいるのが俺みたいなさえない男じゃなけりゃな。
 そう思ったら、なんかさっき感じた恐怖もすんっと収まった。

「三輪、いいよ」

 シャツの裾をくいっと引くと、三輪はしぶしぶといった感じで席に戻った。俺はまだ目の前に立っている透に視線を戻す。

「で、なに?」
「見かけたから声かけただけだよ。今日バイトないよね?」
「ないけど」
「じゃあ、夜家行くから」

 仕上げに俺の頭をポンポンと撫で、透は去って行った。この間駅でも撫でられたけど、あいつの中で流行ってるんだろうか。だって、今までこんなことしたことなかったじゃん。外で話しかけられたのだって、小学生からの長い付き合いの中で初めてだ。よりにもよってこんな時に、初体験なんか求めてないんだよ。という悪態は家でつこう。
 おのれ透、唐揚げの恨み晴らさでおくべきか。

「……ほんとに付き合ってない?」
「ないって」

 どこが付き合ってるように見えるっていうんだよ。俺が首をかしげると、三輪はあからさまにため息をつく。
 気が付けばこちらに向けられていた視線は、何事もなかったように元に戻っている。まるで食堂から出ていく透が一緒に連れて行ってしまったかのようだと思った。

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