悪役になれない令嬢のわたくしとツンデレ王子様

公爵 麗子

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悪役になれないシリーズ1

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私の目の前に、ぎゅっと両手を握りしめて俯くノック様は、まるで私以上に苦しんでいるように見えた。

「ええと……つまり、ダニエル様が私と仲良くなるのは嫌ですか?」

「いえ、そうではありません」

ノック様は首を振って否定する。

私は首を傾けながら続きを促すと、彼は躊躇いがちに口を開いた。

「──私が言えることは一つだけですね。『人より強い分、苦労することもあるんだ』と」

いやにはっきりと言い切るノック様は、いつものような柔らかな表情ではなかった。

それが意味することは、つまり──
「そういうことですか。貴方は、私が弱い立場の人だから仲良くしたいと思ったんですね」

彼は眉を下げて微笑むと、私の手をそっと両手で包み込んだ。

「いいえ、それは違います」

やけにハッキリとした口調で否定され、私は困惑した表情でノック様を見上げる。

しかし、ノック様はそれ以上語る気はないようだった。

「お嬢様はいずれ大変な選択を迫られるでしょう」

「……え?」

「それまではどうかお元気で」

──どういう、ことだろうか。

『大変な選択』というのは何のことなのか、『それまでどうかお元気で』というのは、これから何かが起こるということなのだろうか。

ノック様はいつも通りの穏やかな表情を浮かべて立ち上がると、部屋を出て行った。


*****
「お嬢様?」

アリスの声がしてハッとする。

私はいつの間にかベッドに頭を埋めるようについていたらしい。

「何か考え事ですか?」

「……ううん、何でもないわ」

きっと気のせいだろう。

ノック様はいつだって、私のことを本当に心配してくれていたのだから。

「ねぇ、アリス」

「なんですか?」

「ノック様にお手紙を書いてもいいかしら」

「ええ、きっと喜ばれますよ」

私は机に向かって便箋に素直な気持ちでペンを走らせながら、窓の外の庭へと視線を移す。

まだ少し肌寒いが、この間よりも幾らか暖かい時期に近づいたようだ。

彼と出会ったのは花々が咲き始めた頃だったが、季節はすっかり移り変わったらしい。

(もう、冬になるのね)

ふと、私は彼と出会った時のことを思い出していた。


***
私がノック様と初めて会ったのは、花々が満開の頃だった。

その年、私は名門貴族の娘として社交界にデビューすることになっていた。

パーティーなんてものは一度も参加したことがなかったので、私は不安な気持ちで一杯だったことを覚えている。

(ただでさえ見苦しいこの髪を切り落としてから社交界に出なければならなくなったというのに)

私の髪は生まれつきくるくると丸まっており、お世辞にも美しいとは言えないものだった。

これが家族とお揃いの銀髪だったなら、どれだけ嬉しかっただろうか。

(いや、考えても仕方のないことだ)

私は憂鬱な気分でドレスに着替えて髪を整えて貰うと、重い足取りで馬車へと乗り込んだ。

そして馬車が走り出してからしばらく経った頃のこと。

御者が馬が暴れているのを見て声を上げたのだ。

「お嬢様! お逃げください!」

「え?」

次の瞬間、突然車体が大きく揺れたかと思うと、視界がぐるりと回った。

──崖から落ちたのだ。

馬車は勢いよく落下し、大破する。

私は怪我をすることはなかったが、全身が地面に打ち付けられた衝撃で動けなくなってしまった。

「っ……」

立ち上がろうと試みるが、どうにも手足に力が入らない。

(駄目だ……)

頭がぼんやりとしてきて、意識が遠のくのを感じたその時だった。

「……大丈夫ですか?」

彼は──ノック様は私の側にしゃがみこむと、そっと手を差し伸べたのだった。


******

(その後の記憶はよく覚えていないけれど……あの時私を助け出してくれたのがノック様だったのだわ)

私は彼と別れた後、自宅で高熱を出して数日間寝込んだ。

ようやくベッドから起き上がることが出来るようになった頃には社交界へのデビューの時期が過ぎており、私はその後一度もパーティーに出席することもなく今日に至る。

(助けてくれたお礼を言いたかったのに)
馬車の中で私の手を取ってくれた時、彼がどんな表情をしていたのかはよく思い出せないけれど──きっと驚いたことだろう。

この国の貴族の女性であれば髪は長く伸ばさなければならないというのが暗黙のルールだ。

そんな状況で髪を切った私の姿を見たら、きっと驚くに決まっている。

「お嬢様、そろそろお支度を」

アリスに声をかけられて我に返った私は、ハッと顔を上げる。

「ごめんなさい、ぼうっとしていたみたい」

今日は王宮で開催される舞踏会に出席することになっている。

私が選んだのはモスグリーンのシンプルなドレスで、同色の花飾りだけが華やかさを演出している。

(仕方がないわ……社交界に出られるようなドレスがこれしかないのだもの)

そんなことを考えているとノック様の言葉を思い出したので、私はブンブンと頭を振った。

「お嬢様? どうかなさいましたか?」

「何でもないわ」

(いけない……しっかりしなくちゃ)

私は鏡の前で笑顔を作ろうと努力した。


******

(ふう……疲れた)

もうクタクタだ。足が棒のようだし、慣れないヒールで靴擦れも起こしてしまったようでじくじくと痛む。

舞踏会がこんなに疲れるものだとは知らなかった。

私は人波から逃れるようにテラスに出ると、月を見上げて息を吐いた。

(あの時もこんな風に月が出ていたな……)

彼は今どこで何をしているのだろうか。
(一度だけでいいから、お話をしてみたかった)

そう呟いた時、背後から足音が聞こえてきて振り返る。

そこには紺色のマントを羽織った男性が立っていた。

「ご気分はいかがですか?」

柔らかな笑みを浮かべて私を気遣う姿にドキッと胸が高鳴るのを感じた。

(あ……この人はあの時助けてくれた)

私は慌ててドレスの裾を摘んでお辞儀をする。

「お気遣いどうも。それよりも、先日は助けてくれてありがとうございました」

私がお礼を言うと、彼は首を横に振った。

「いいえ、当然のことをしたまでです」

彼はそう言うと、私の顔をじっと見つめてきた。

(なんだろう?)

私は首を傾げたが、すぐに思い直した。

(きっとこの人も『髪を切るなんて』と思っているんだわ)

そうだと思ったのは、彼の顔が少し悲しそうに見えたからだ。

私は何だかいたたまれない気持ちになって俯くと、話題を変えようと試みる。

「ええと……その……」

しかし言葉が出てこない。ああもう!どうしてこんな時に限って!私のバカバカバカ!!私はパニックになって黙り込んでしまった。

「失礼」

ノック様はそれだけ言うと、私の手を取って観察するように見つめ始める。

「っ!?」

(ち、近い!!)

私の頭の中は大混乱に陥っていた。

一体どうしてこんな状況になってしまったのか……全く理解出来ないが、とにかく心臓がバクバクと鳴っていて苦しいくらいだ。

(あ……この感じ……)

彼の手に触れられた箇所が熱を帯びていくようで不思議な感覚になる。これが一体何なのか、今の私には分からなかったけれど──嫌な感じはしなかった。

「怪我はなさそうですね」

やがて満足したのか、彼は手を離してそう言った。

私はホッと胸をなで下ろすと、彼に笑顔を向ける。

「はい! おかげさまで助かりましたわ」

「それは良かったです」

私がお礼を言うと、彼も微笑んでくれたので嬉しかった。

(ああ……この人ってこんなにも素敵な表情をするのね)

そんなことを考えていると、ノック様が少し考え込んだ後に口を開いた。

「……あの……もし良ければ、私と一曲踊っていただけませんか?」

「え……?」

突然の申し出に頭が真っ白になった。

『私と一曲踊っていただけませんか?』

(私と一曲踊ってくれませんか?)

(私と……一緒に……?)

私は目を見開いて彼を見つめたまま固まってしまった。彼は真剣な眼差しで私を見ている。その視線に耐えられなくなった私は視線を逸らすと、震える声で返事をした。

「わ、私でよろしければ……」

そう答えるのが精一杯だった。声が上擦ってはいなかっただろうか?変な奴だと思われていないだろうか?そんなことばかりが気になって、彼の顔を見ることが出来ない。

「ありがとうございます」

そう言って手を差し出す彼の姿はとても様になっていて、私の胸は一層高鳴った。

舞踏会の会場に戻りながら私はこっそりとため息をつく。

(ああ……緊張する)

私の手は震えていないだろうか?上手く踊れるだろうか? そんな不安でいっぱいだったけれど──でもそれ以上にワクワクしていたのも事実だ。

(彼はどんな風に踊るんだろう……?)

もしかしたら社交界デビュー以来初めてかもしれないほど舞い上がった気持ちで胸がいっぱいだった。

曲が始まると、私は彼の顔を見たくて仕方がなくなった。彼の姿を目に焼き付けておきたくて──それしか考えられなかった。

(……え?)

しかし、私はすぐに違和感を覚える。

(どうして私の方を見るの?)

彼はずっと私の目を見ていたのだ。

まるで『貴女が気になりますよ』と言わんばかりに熱い視線を向けられているような気がして、胸が高鳴るのを感じる。

(私の自惚れかもしれないけど……)

でもきっと、自惚れではないだろうと思うのだ。だって彼も心なしか嬉しそうに見えたから。

「ダンス、お上手ですね」

曲が終わると、彼が私に話しかけてきた。

(良かった……)

一瞬、勘違いだったらどうしようかと思ったのだ。彼が話しかけてくれたことで私はホッと安堵の息を零すことが出来たのだが──次の瞬間には頭が真っ白になった。

(え……?)

彼は私に向かって手を差し出したのだ。

それはつまり──そういうことなのだろうと思う。

(どうしよう……どうしよう……!)

嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが入り交じって顔が熱くなるのを感じた。でもここで断ってしまったら失礼だと思うし……何より私も彼の手を握りたいと思っていた。

(ああもう!どうにでもなれ!!)

私は思い切って彼の手を取った。そして二人で手を繋ぎながらダンスホールへと戻ると、彼が不意に口を開く。

「すみません……女性にダンスを申し込むのは初めてでして」

その言葉に一瞬驚いたが──すぐに納得する。

(そっか……私みたいにダンスの誘い方を知らない貴族の女性が多かったのかしら?)

それなら仕方がないことなのだろうと思ったものの、彼の貴重な体験に立ち会えていることに少し嬉しくなってしまった。

そんな出会いから始まった。

今ではすっかり打ち解けて、彼の方からもよく会いに来てくれるようになった。


*****
そんなある日のこと──

(何かしら?)

私は彼の様子がいつもと違うことに気づいた。何だかソワソワしているというか……落ち着かない様子だ。

(何かあったのかしら……?)

私は心配になりつつも彼が話してくれるのを待とうと思った。

その時、扉を叩く音が鳴って誰かが入ってきた。

「あ、居た」

「あらアリスじゃない」彼女はノック様の従者であるアリスだ。彼女とは幼少からの付き合いで、私の数少ない友人の一人でもある。

「どうしたの?」

私が尋ねると、アリスは少し困ったような顔をして話し始めた。

「あの……その……」

口籠る彼女を急かすことなく待っていると──彼女はようやく口を開いた。

「……ノック様が舞踏会にいらっしゃるそうです」

その言葉に私は思わず固まってしまう。

(え……?)アリスは何を言っているの?どうしてそんな嘘をつくの?私は混乱した頭で必死に考えたけれど、何も分からなかった。ただ一つだけ言えることは──このままではいけないということだけだった。

(嘘がバレたら……)

きっとアリスに迷惑がかかってしまう。

私は笑顔を取り繕うと、どうにか平静を保って答えた。

「あら、そうなの?」

(お願いだからこれ以上何も言わないで……)

そう思ったのも束の間だった。

「あの……お嬢様……」アリスは少し言いづらそうにしていたが、やがて意を決したように口を開いたのだ。

「……お慕いしている方にはちゃんとお伝えした方が宜しいかと」

アリスの言葉に耳を疑った──この人は一体何を言っているのだろう?

(私をからかっているのだろうか?)

一瞬そう思ったが、彼女が冗談を言っているようには見えない。

「何をおっしゃっているの?」私は笑顔を崩さないように努めたが──きっと上手く出来ていなかったと思う。

それほどまでに動揺していた。

「その……お嬢様のお気持ちは分かっているつもりです」

(え……?)今度は私が困惑する番だった。

一体何を言っているのか理解出来ない。

彼女は一体何を知っているというのだろうか?

「アリス、貴女何を言っているの……?」

そう尋ねると、彼女は少し寂しそうな表情を浮かべてこう答えたのだった。

「私はお嬢様が幸せになられる姿を見届けたいのです」

それはどういう意味だろうか?まるで私と誰かが結ばれることを願っているように聞こえたのだが──。

(そんなことある訳ないのに……)

私は自嘲気味に笑ったが、何故か胸が締め付けられるように痛んだ。

どうしてかは分からなかったけれど──何だか泣きそうになってしまう。

そんな私を心配そうに見つめるアリスの視線を感じて我に返った私は慌てて笑顔を作った。

「ありがとう、アリス」

(でも私はもう──)

私はノック様ではない誰かを想って居るわけではないが、ただ彼の隣に居るだけで幸せなのだ。

「お嬢様……」

アリスが何か言いかけたその時、再び扉の叩く音が聞こえた。

(え……?)私は驚いて扉の方へ視線を向けると──そこには彼が立っていたのだ。

(どうしてここに……?)

混乱している私を他所に彼は私に歩み寄ると、優しく微笑んで言ったのだ。

「突然来てしまってすみません」

(どうしよう……)頭の中は大混乱だったけれど、彼に心配をかけるわけにはいかないと思って笑顔を作ると精一杯の明るい声で答えた。

「い、いえ! 大丈夫ですわ!」

(うう……緊張する……)

しかし彼はそんなことお構いなしといった様子で私に声をかけてきた。

「実は貴女にお伝えしたいことがあって──」

(ああ……どうしよう……)

頭の中はパニックになっていたが、彼の言葉を遮ることは出来ず──私は彼の次の言葉を待つしかなかったのだ。

そして彼が口を開いた瞬間──アリスが彼に声をかけたのだ。

「ノック様、お嬢様はずっとお慕いしていた相手が居るのです」

(え……?)アリスの言葉に耳を疑った。

「アリス……?」

私がアリスに視線を向けると、彼女はニコリと微笑んで口を開く。

「お嬢様が幸せになれるのならば私はそれで──」

(何を言っているの?)私は耳を疑った。

そんなはずはないのだ──だって私には好きな人なんて居ないのだから──いや違う!そうじゃない!そうじゃないんだ……!

(ああもう……なんでこんな時に思い出すのよ……!!)

私には好きな人が居るんだ──それもずっと昔から。

子供の頃からずっと好きだった人が居たことを今更思い出したのだ。

だけどその人はもう他の人と結ばれる運命に進んでしまった──私がそれを引き止めることは許されないのだ。

だから私は自分の気持ちに蓋をした──そのつもりだった。

(でも、そうじゃないの……?)

私が好きな人は彼なのかもしれない。

いや、きっとそうなんだ。

アリスの言葉に背中を押されてようやく気づいた──本当は心のどこかで分かっていたんだけれど──気づかないフリをしていたんだと思う。

だけどもう自分を誤魔化すことは出来ないようだ。

(ああ……そっか……)私は小さく微笑むと彼に視線を向けた。

彼は私の言葉を待ってくれているようだ──それだけで幸せだと思えたし、心が温かくなるのを感じた。

(うん、もう逃げない)

覚悟を決めて口を開いた。

「ノック様……私も貴方をお慕いしています」

(ああ……やっと言えたわ)ようやく言えた言葉に胸が高鳴り、私は高揚感に包まれていた。

だが彼は私の言葉を聞いて固まってしまった──私の言葉を受け入れられないといった様子で驚いているようだった。

(あれ……?)予想外の反応に戸惑っていると、不意に彼が口を開く。

「嬉しい……やっと言ってくれましたね」

「え……?」

(何を言っているの?)

私が困惑していると、彼は私をギュッと抱きしめてくれた。

その温もりを感じて私の鼓動はさらに早くなる。

「私も貴女のことを愛しています」

(あ……)彼の口から告げられた言葉を聞いて私は胸の高鳴りが抑えきれなくなった──と同時に涙が溢れてきたのだ。

嬉しくて堪らないはずなのに何故か涙が溢れてくるのだ。

そんな自分が情けなく思えてしまうのだが、それでも止めることは出来なかった。

「私も大好きです……!」

そんな私を見て彼は優しく微笑んでくれた──それだけで幸せな気持ちでいっぱいになる。

「ええ、知っていますよ」

彼は私の涙を拭ってくれると、再び私を抱きしめてくれた。

彼の温もりを感じられて本当に幸せだと感じた。

(ああ……なんて幸せなんだろう)この幸せが永遠に続けばいいのに──私は心の底からそう思ったのだった。

アリスは二人の様子を離れたところから見守りつつ笑みを浮かべていた。

そして心の中でこう呟くのだった。

(お嬢様の初恋が叶いますように)と……。

* * *
それから二人は無事に結ばれた。

そして、二人の恋を後押ししたアリスもまた祝福したのだった──。

「いや~めでたいね~」そう言って拍手をする男が一人──そう、ダニエル様だ。

「ダニエル様……いつからここに居たんですか」呆れた様子で尋ねるアリスに対して彼は平然と答えた。

「ん?最初から居たよ?」

(この人ストーカーか!)と心の中で突っ込んでしまうが口には出さないように注意しつつ、ため息をつくに留めておくことにした彼女だった。

そんな様子を知ってか知らずか──彼はさらに続ける。

「いやあ~良かったね~」ニコニコと笑顔を浮かべている彼に若干の苛立ちを覚えつつも、彼女は平静を装って尋ねた。

「ところで、ノック様に何か御用ですか?」

(これ以上邪魔されないようにしないと)彼は顎に手を当てて少し考えた後で言った。

「いや、特に用事はないけど……幸せそうな二人を見に来ただけだよ」そう言って笑う彼に呆れつつも、彼女の心にある一つの疑問が浮かび上がる。

(この人本当に暇なんだな)そんなことを思った彼女だったが、もちろん口には出さないようにするのであった。

「そうですか……では私は仕事がありますので、これで失礼します」そう言って立ち去ろうとするアリスだったが、ダニエル様が彼女を呼び止めたのだ。

「あ、そうだアリス君」

(嫌な予感しかしない)彼女が思わず身構えていると彼は言った。

「今度一緒に食事でもどうだい?」

(ほら来た!)そう思ったが、もちろん顔には出さないように気をつけながら返事をすることにした彼女だった。

「……遠慮しておきます」即答する彼女に彼は特に気にする様子もなく続けた。

「えー良いじゃないか~たまにはさ~」
(何がたまにだ!)心の中で叫ぶアリスだったが、口には出さないように気をつけつつこう言った。

「遠慮しておきます」すると彼は不満そうに口を尖らせた。

「えーケチだなー」そう言って拗ねる彼に冷たい視線を向けながら彼女は言った。

「ケチで結構ですので諦めてください」キッパリと言い放つ彼女に対して彼は苦笑して答えるしかなかったようだ。

(ふん、ざまあみろ)そんな様子を横目に見つつ立ち去ろうとする彼女をダニエル様が呼び止めたのだ。

「あ、アリス君待ってよ」

(まだ何かあるのか……)そう思いつつも一応立ち止まることにした彼女だったが──振り向いた瞬間、既に目の前にいた彼に驚いてしまった。

(いつの間に!?)そう思ったが声には出さなかった。

何故なら余計に面倒なことになりそうだからである。

「なんですか?」平静を装って尋ねると、彼はニヤリと笑って言ったのだ。

「アリス君って可愛いよね」突然の言葉に戸惑いを隠せない彼女だったが、すぐに気を取り直して答えた。

「……からかわないでください」冷たく言い放つ彼女に「身分の差なんて気にしなくて良いのに」と言いながら、彼は彼女に顔を近づける。

「ちょっ……!近いです!」そう言って後退りをする彼女の反応を楽しむかのように笑いながら続けるのだ。

「僕は本気だよ?」(だから近いですって!)顔を真っ赤に染めて後ずさるアリスだったが、彼は気にせずに距離を詰めてくる。

(な、なんなのこの人!)心の中で悲鳴を上げる彼女だったが──次の瞬間、彼の動きが止まった。

「ぐえっ……」一体何が起こったのかわからないといった様子で呆然と立ち尽くすアリスだったが、そんな彼女の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。

「アリスさん!ご無事ですか?」

(この声は……)そう思った彼女が視線を動かすと──そこには見知った顔があったのだ。
その人物は護衛騎士の一人であるシリウスだった。どうやら彼がダニエル様に体当たりをしたようだ。

「ありがとうございます。」私は呆然とお礼を伝えることしかできなかった。

「全く、ダニエル様は公務を放っておいてこんなところで女性を口説いているとは…」

そう言って連れて行かれてしまった。


*****
そんなアリスの恋のお話はまたどこかで。
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