ラブストーリーの片隅に切り捨てられた私達

麦 若葉

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1章

2話

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 旅をしながら穏やかに暮らせる場所をさがそう。そんな母の言葉に、私は真っすぐに彼女を見ながら首を縦に振った。そんな私の意思をくみ取ったのか、母は真剣な顔をしてゆっくりと頷く。これから二人で幸せを見つけようと強く思った瞬間だった。

 それでも、住み慣れたこの土地には少なからず思い出もあった。

 坂の多い海辺のこの街には高台が多い。私はそこから見える夕日が好きだった。真っ赤に染まった空にゆっくりと水平線の彼方に消えてゆく太陽は、壮大で幻想的で美しい。

 母と手を繋いで歩いたあの道も、パン屋の鉄看板に描かれた不格好な猫も、大好きだったあの菓子屋の焼き菓子の味もどれも忘れ難い思い出の記憶だった。おそらく、それらはもう見る事はない。

 暫くは困らないだけのお金は父がいなくなったあの家から貰っていたので、ある程度の余裕はあった。それでも女、子供の二人旅なので安全面は油断出来ない。もしもの時は私が母を全力で守ろうと誓った。

 出発の前に私達は服を買った。この辺りの町娘が競ってよく着ているおしゃれなものではない。地味で目立たない、シンプルで動きやすい服を探した。一目で女性だと分かる服は危険だと判断してスカートではなく、ズボンを履き、裾の上から皮のブーツを履く。顔を隠せるようにフード付きのマントも買った。

 全ての身支度を整えると私達の姿は傍から見てもしっかりと旅人のような出で立ちになった。着ていたドレスはすぐに売り払うとかなり良い金額になった。

 保存食や最低限の着替えを買い、最後に武器屋に行く。護身用にそれぞれナイフとそれともう一つ女性でも扱いやすいメイスを買う。グルグルと布に巻き付けると肩ベルトに這わせて背負う。

 どうして母が旅の準備に手慣れているのか不思議だった。

「どうしてお母さんはそんなに準備に慣れているの?」

 そんな素朴な疑問を母にぶつけた。

「昔ね、冒険小説が大好きだったのよ。それはもう、たくさん読んだわ。それでね、そのうち私も旅に出たくなって必要なものなんかを本で調べてみた事があったのよ。結局、旅に出る事は叶わなかったけどね。でも今叶ったわ。まさかそんな知識が大人になって役に立つときがくるなんてね。人生って分からないものね」

 母はそう、照れ臭そうに笑いながら教えてくれた。

 港から大きな船に乗る。ほどなくして出港した船の甲版から、見慣れた街がどんどん遠ざかっていくのを見送る。私の隣で同じ光景を見ていた母は悲しそうな、それでいてどこかすっきりした表情をしていた。

 母にとって父とは、生まれ育ったあの家とはどんな存在だったのだろう。私にはまだよく分からない。

 それでも、母のどこかさっぱりした表情を見ていると、街を離れる事によって、彼女が今まで抱えていた何かしらの想いに決別できたように感じられた。

 今はどん底かもしれない。でも、ここから先、明るい未来を掴みとってやる。どんな事があっても二人で乗り越えていこうと誓った。


 大海を渡り、長い船旅を終えると、大きな港町にたどり着いた。船を降りた瞬間から、あまりの人の多さと煌びやかな街並みに、おもわず茫然と立ちすくしてしまった。

「すごい人ね。さすが港街だわ。世界中からあらゆる物や人が集まってきているわ。だからこんなに賑やかなのね」

 初めて見る賑やかな街並みに私も母も好奇心を抑えられないでいた。

 あまりキョロキョロしていると盗人だの良からぬ人間に目をつけられかねない。私達は街に溶け込むように自然な振舞いで歩いた。

 今夜泊まる宿はすぐに見つかった。荷物を置いて部屋の窓を開ける。坂の上にあるこの宿は各部屋の窓から眼下に広がる街並みを見下ろす事ができた。改めてここは大きな街なのだと知る。

 空腹を満たすため何か食べに行く事にした。飲食店を探していると、あらゆる道が石畳で綺麗に舗装されている事に気が付く。とても綺麗な街並みだ。

 良さげな店を見つけてお腹が満されるとやっと少し気分を落ち着ける事が出来た。

 そのまま街を散策する。人の流れに任せて歩くと大広場に出た。二輪の荷車に花をたくさん積んだ花屋が目が留まった。

 花屋の近くまでいき、荷車にある様々な花を見た。

 たくさんある花の中に真っ青で中心が白い美しい花が咲いている鉢植えを見つける。

「わぁ!この花、とても綺麗」

 私は思わずその花に見入ってしまった。

「それはネモフィラだよ。このお花、好きかい?」

 花屋の主人が青い花に見入っている私に話しかけてくる。

「はい!とても綺麗ですね」

「私も大好きな花だよ。何処かにこの花が丘一面群生している場所があるからと聞いたよ。とても綺麗だそうだ。一度見てみたいもんだよ」

「えっそんな場所があるのですか?」

「ああ。そうだよ。聞いた話だから場所は分からないんだがね」

「それは素敵ね。私も一度本で読んだ事があるわ。実際目にする事ができたらとても素敵ね。それは美しい風景なのでしょうね」

 私の横にいる母もそう話した。

 丘一面に咲くネモフィラの青い花。まるで澄んだ空のように広がる青い花の群生はどれほど幻想的で美しいのだろう。

 いつか私もその光景を見てみたいと思った。

 旅をしている私達に鉢植えのネモフィラは荷物になるので買えない。代わりに母がピンク色のガーベラを一本買ってくれた。母は私の耳にそれをさしてくれる。

「やっぱり似合うわ。あなたはとても美人だからお花がとても映えるわね」

 恥ずかしげもなく母は私をそう褒める。その瞬間、私は、私が女性である事を私自身に少しだけ許されたような気がした。

 雑貨店で地図を買うと宿に戻る。私達はベッドに買ってきた地図を広げた。地図を広げていると世界は広いと改めて感じた。

「世界は広いでしょう?あなたの知らない事なんて数えきれないほどあるのよ。だから小さな世界に囚われてはいけないのよ」

 母がポツリと私に言った。

「まあ…。私のおばあ様の言葉だけどね」

 そういって悪戯っぽく笑った。

「この街は華やかで賑やかだけど少し大きすぎて落ち着かないわね…。あなたはどんな場所がいい?」

 地図を見ながら二人で意見を出し合う。目的地は平穏に穏やかに過ごせる場所。話し合いの結果、ここから東南に向かう事に決めた。

 翌日早朝に宿を発つ事に決まった。

「土地の出会いも運命なのかもしれないわね。良い場所が見つかればいいわね。さぁもう寝ましょう。明日は早いわ」

 翌朝、爽やかな風を受けながら朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸う。心地よい日差しを浴びながら私達は宿を発った。
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