マイナー神は異世界で信仰されたい!

もののふ

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おじさん達の夜

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クリソックスとドロンズは、宿屋区域へとやって来た。
様々な宿屋が並んでいるが、町の中心に近づくにつれ、宿屋の外観が高級そうなものになっていく。


「どこに入ろうか?」
クリソックスがドロンズに聞いた。
「金はあるからのう。別段どこにでも泊まれるが」
「じゃあさ、最初は安い所にしてみない?次の日はもう少し高い宿にして、段々グレードアップさせていくんだ!」
「お主、まさか、全ての宿に泊まる気か?」
「ええー、ダメ?せっかくだし、制覇したいかなあと思って」
ドロンズは呆れていたが、少し考えてあごを擦りながらニヤリと笑った。
「いや、良いかもしれんな。全ての宿を体験した上で、長期滞在する宿を決めるのは、理にかなっておる」
「でしょ?まずは、あの宿屋にしようよ。『親父の足の裏亭』!」
クリソックスが裏通りの一番端にある、小さな宿屋を指差した。
「何故、あえてこの名前にしたんじゃろうなあ」
「親父の足の裏フェチの人が、経営してるんじゃない?」
「そっち?経営者が親父ではなく?」

しょうもない話をしながら、二柱は『親父の足の裏亭』に入った。
向かって左がカウンターと階段。右に小さな食堂がある。
カウンターには、兎耳の無愛想なおじさんが椅子に腰かけて、「いらっしゃいー」と声をかけてきた。
「素泊まりなら一人大銅貨四枚だ。食事付きなら一食につきプラス小銅貨五枚。どうする?」
「じゃあ、夜の一食付きで一日分。はい、銀貨一枚」


この世界のお金は、基本的にコインである。
貨幣価値は次の通りだ。

石貨…十円くらい。
小銅貨…百円くらい。石貨十枚分。
大銅貨…千円くらい。小銅貨十枚分。
銀貨…一万円くらい。大銅貨十枚分。
金貨…十万円くらい。銀貨十枚分。
白金貨…百万円くらい。金貨十枚分。
星金貨…一千万くらい。白金貨十枚分。

おおむね単純な構造だ。
この宿屋に泊まるには、二人分で大銅貨八枚と一食分大銅貨一枚。つまり大銅貨九枚。
銀貨一枚出したから、お釣りは大銅貨一枚のはずなのだが……。

「じゃあ、お釣りだ」
チャリチャリチャリーン。

「おい!小銅貨五枚しかないぞ!」
「お釣りは大銅貨一枚だろ!」
「ちっ」
チャリーン。
「部屋は、階段を上がって二回の突き当たり。204号室だ。体を清めるための水と手拭いは、それぞれ小銅貨一枚ずつ。いるなら言えよ。食事は七時だ」
兎耳おじさんは、ぶっきらぼうに言って、後はすぐに興味を失い目を逸らした。

二柱は顔を見合わせた。
ヤバイ宿屋である。
だが、それも面白そうだ。
頷き合うと、鍵を受け取り部屋に上がった。


「これから、どうする?まだ昼だぞ?」
ドロンズがカビ臭いベッドに腰かけながら、クリソックスに話しかけた。
ベッドカバーは黄ばんでおり、きちんと洗ってあるかもよくわからない、あまり気持ちの良いものではない。
クリソックスもベッドに腰かけた。
「街に出てみよう!色々装備も調えたいし」
「装備?正直、わしらに装備などいらんぞ?この姿自体が『祈り で出来ておるのだ。この服とて、感触はあれどイメージでしかない」

神のぼでぃは、『触れるホログラム』というわけだ。
どおりで、この宿のボロいベッドに腰かけても、きしまないはずだった。

クリソックスは笑って否定した。
「装備といっても、袋や薬とか、自分以外に使うものさ。冒険者ってのは、獲物や採集したものを持って帰ったりするだろう?途中で誰かを助けた時に、必要なものもあるのじゃないか?」
「なるほど。道理じゃ」


二柱は宿を出て、また街に繰り出した。
店が集まっている区域は、商人のシモンズの店がある辺りだ。
宿屋区域からそんなに離れてはいない。
クリソックスもドロンズも、店を回りながらファンタジーな装いやアイテムを見ては、興奮気味に語り合った。

そうして、『冒険者御用達』と看板に書かれた店で、金貨五枚で拡張機能付きの袋を買った。
見かけは普通の袋だが、大きなドラゴンが一頭丸々入る容量があるらしい。
そして、小分け用の小さめの袋を二十枚と、給水袋を二枚買い、拡張袋に全て入れて、帰路についた。

宿に着くと七時を少し回った所だったので、そのまま宿の食堂で、肉と野菜のかけらしか入っていない、シャバシャバのシチューと固いパンをいただく。
「いやあ、見事に袋しか買ってないねえ」
「袋に袋を入れるなど、ちょっとしたマトリョーシカじゃのう」
普通の旅人からしたら不味い食事だが、初めての冒険者、初めての宿屋である。
二柱はウキウキしながら、楽しい食事時間を過ごした。
そうして、部屋に戻り、就寝の体をとった。



その夜、204号室の鍵が外からカチリと回った。
ギイ……と、誰かが入ってくる。
そのシルエットの一人は、頭から長い耳が伸びている。
宿屋の受付にいた男だ。

男は、冒険者崩れ風のもう一人の男を連れていた。
そうして、手探りで部屋の中を物色し始める。
だが、何もみつからない。
(貴重品といっしょに寝ているのか?)
男は、ベッドの上に手を伸ばした。

ペタペタ……
「ん?」
ペタペタペタペタ……
男はベッドの上の妙な感触のものを掴んだ。
ムニョ……
「ライト」
男は魔法で小さな明かりを灯した。
「!?」

「おい!バレるぞ」
もう一人が小声で注意しかけて言葉を失った。

ベッドの上に泥山ができている。
「な、なんじゃ、こりゃあ!?」
思わず声が出た。
「お、おい、そっちも!」
兎耳男に言われ、もう一つのベッドを見る。

こちらは靴下の山だ。
そして、その山が爆発した。
大きな靴下が二人を襲い、それぞれを頭から包んだ。
「むが!なんだ?!」
「おい!出さねえか!出せ!」
侵入者達は、柔らかな靴下の優しさに包まれた。


クリソックスがドロンズに話しかけた。
「侵入者確保したよー」
ドロンズが泥の中から顔を出した。
「もう良いか?」
「いいよー。あ、靴下を中から切ってる!」
「何!?ちょっと待っておれ」
ドロンズは、袋を持って泥から飛び出すと、先ほど自分が纏っていた泥を侵入者に纏わせ、固めてしまった。

「いやあ、冒険者ってのはスリリングだねえ。日本じゃ考えられない安全性の低さだよ」
「では、衛兵に突き出すか」



その夜、シャリアータに潜んでいた二人の盗人が捕まった。
この男達、実は広域で指名手配されていた盗賊一味のメンバーであり、シャリアータで宿屋を隠れ蓑に、食事に睡眠薬を盛って、こそ泥を繰り返していたらしい。
だが今回この二人が捕まったことで、証言が得られ、盗賊団のアジトが割れた。
大きな前進である。

まだ冒険者になりたての二柱は、その功績により、まだ何一つ依頼をこなさぬまま、ランクを一つ上げた。

『シャリアータのラッキーじじい』

二柱には、そんな二つ名がつけられ、一躍有名人となってしまったのである。
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