冷たい雨

小田恒子(こたつ猫)

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 この日も学校から帰宅すると、僕は制服から着替えると昼食を摂り、補習で出された課題と夏休みの宿題に取り掛かっていた。
 まだらに日焼けしている腕も、本当にどうにかしたいけれど、日中に課題を片付けなければならないので日焼けしに行く暇なんてない。考えた挙句、僕は自宅でランニングシャツを着て下は短パンで、家の中で日当たりのいい部屋で課題をする事を思いついた。これなら少しでも焼けていない肩や二の腕も日焼けするだろう。

 カーテンを閉めて遮光した方がエアコンの効き目はいいけれど、それをすると日焼け出来ない。運動部に入っている同級生も結構日焼けの跡がくっきりと残っている。でも夏休みに海だのプールだの行って日焼けして新学期を迎えるに違いない。
 僕も出来るならそうしたいけれど、生憎夏休みの間、課題が多すぎるから日中遊べる余裕のある同級生はいなさそうだし、僕自身も夕方から自宅の手伝いがある。
 交流の家に行ってから、クラスメイトとの距離も少し近くなり、話しかけてくれる友達も出来た。これもひとえに瀬戸さんのおかげだろう。

 補習が始まって瀬戸さんも学校に登校しているものの、どうやら暑さが苦手なのか、夏バテ気味で結構保健室のお世話になっている。あれだけ線が細いと、きっと体力もみんなと比べたらない方だろう。熱中症にならないか心配になってしまう。
 最近の僕は、瀬戸さんの一挙手一投足が気になって仕方がない。

 何故だろう。

 この学校に入って一番最初に絡みのあった子だから?
 クラス役員に無理矢理推薦されて押し付けられたから?
 僕が教室を飛び出した後に倒れたと聞かされたから?
 クラスのみんなと距離を置いていた僕に、常にうざ絡みしていたから?

 ……違う、そんなのは単なるきっかけに過ぎない。
 僕は自覚してしまったのだ。
 瀬戸梓紗の事が好きだ、と。

 高校に入学してすぐに、彼女は気になる存在だった。
 どうでもいい存在だったら、話しかけられても無視していたし、クラス委員だって無視して引き受けたりなんてしなかっただろう。

 実際最初の頃は無視していた筈だ。あの日、瀬戸さんが倒れたと聞かされて加藤さんと一緒にお見舞いに行く日までは。

 いくら違う事を考えていても、いつの間にか瀬戸さんの事が頭に浮かぶ。
 教室にいない彼女、保健室でゆっくり休めているだろうか、無理して登校しなくても、補習なんだから学校休めばよかったのに、でも顔を見なかったら心配になる。

 そう考えると、自分の感情に説明が付く。
 これが、きっと恋なんだと。

 十五歳の遅い初恋。今までにそんな風に思える女の子に出会った事はなかっただけに、初恋を自覚してようやく納得が行った。
 ませている同級生は、中学校の頃に既に彼女と言う存在のいる子もいた。その時は別段何も思わなかったし、そう言った存在に興味すらなかった。
 それがどうだろう、恋という感情を知った今、瀬戸さんの事が何をしていても頭に浮かぶのだ。

 恋を意識すると、夏休みだろうが学校へ行くのも自然とペダルを漕ぐ足の力がこもる。
 あれだけ希望する高校じゃないから行きたくないと思っていたのに、今更ながら受験を失敗した自分を褒めてやりたくなる。
 そして、僕と同じくらいの学力もある彼女が、僕の志望していた高校を受験する事なくこの高校を受験した事にも感謝している。

 何とか今日の分の課題と夏休みの宿題の一部を終わらせ、明日の補習の為の準備を済ませると、時刻はもう十七時を回ろうとしていた。

 明日は地元の花火大会があるせいか、父親も母親も明日の注文に間違いがないか伝票を見ながら在庫チェックに余念がない。飲食店(特に飲み屋)から、大量のアルコールの注文が入っているのだ。
 花火大会が終わった後に、その流れで飲み屋に流れて来るお客さんや、人混みに揉まれるのを避ける為に、最初から涼しい店内で飲酒をするお客さん、考え方は人それぞれだ。

 個人のお得意先も、花火大会の会場が近い家に住む人は、この日の為に自宅から花火が観られる仕様で家を建てている。自宅で涼しい部屋から花火を鑑賞するのだ、羨ましい限りである。
 花火大会の前日、当日は、缶ビールも他のアルコールも毎年売れ行きは好調だ。

 昔馴染みのお得意さんからの注文分は当日の日中に配達をするらしく、明日だけは日中の手伝いを頼まれている。
 大学生のバイトさんも父親も、配達に駆り出されるのだと言う。この日だけは昔から店は朝から大忙しだ。
 残された僕と母親で店を切り盛りするのだけど、僕は要するに力仕事担当になる。
 基本的にお酒は飲料だから量が増すと重い。ケース購入していくお客さんだって普通にいる。そんな人に、車までお酒を運んだりする手伝いをする。
 母親も基本的には力仕事もするけれど、過去にぎっくり腰を患ってから癖になってしまったらしく、数日前から予兆的な痛みが腰に走るからと言って、この日は僕は日中からこき使われるのだ。

 母親に寝込まれると、店も家も大変な事になるので父親も過保護と言わんばかりに母には無理をさせない様にしている。


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