10 / 20
彼氏 2
しおりを挟む
「えー、おめでとう。彼氏できたのにもうダイエットしなくていいの? 体型維持とか考えないの?」
別の同僚が野次馬で翠に質問を投げかけると、翠は照れながらも幸成の言った言葉を口にする。
「えっとですね、今の私は見た目が鶏がらみたいで気持ち悪いから、昔の体型でも全然いいって言ってくれまして……」
翠の言葉に、再び周囲がどよめきだす。
「えー、なにそれ、彼氏って伊藤ちゃんの古い知り合い? もしかしてこの前友達の結婚式に参列するって言ってた時に彼氏できたの?」
「わあ、すごい、それって運命の再会ってやつ? いいなあ、ロマンチックで」
「もしかしてその彼、学生時代から伊藤ちゃんのこと好きだったんじゃないの?」
「キャー、そうだったら素敵だね」
翠が口を挟むのも憚られるくらいに勝手に同僚たちだけで話が盛り上がっているので、黙ってお弁当を食べようと箸をつけたその時だった。
「伊藤さん、食事が終わったら資料纏めるの手伝ってくれる?」
背後から浜田に声を掛けられた。翠が振り向くと、浜田はすでに食事が終わったようで食器をトレイに乗せて席を立ったところだった。同僚たちは浜田の声に、ようやく冷静さを取り戻した。翠も慌てて浜田に返事をする。
「あ、はい。わかりました」
「頼むな。じゃあ、俺先に戻ってるから」
浜田の後ろ姿を一瞥すると、翠は改めてお弁当に箸をつけた。
「なんか浜田さん、怒ってるっぽくなかった?」
「やっぱそう思った? なんか目が笑ってなかったよね」
「もしかして、私たちうるさすぎたかな」
「伊藤ちゃん、ごめん、後で浜田さんに謝っといてくれるかな?」
みんなの視線が翠に集まり、嫌だとは言わせない空気が漂っている。翠が騒いだわけじゃないけれど、原因を作った責任は感じている。だから素直に頷くと、一同は安心した表情を浮かべ、その後はいつも通りのランチタイムとなった。でもやはり、今日の話題の中心は、翠の彼氏についてだったのは言うまでもない。
ランチを終えて翠は弁当箱を洗い、歯磨きと化粧直しを済ませると、荷物をロッカーの中へと仕舞った。まだ休憩時間は五分ほど残っている。バッグの中からスマホを取り出すと、幸成からメッセージが届いていた。
『今日は店も定休日だから、職場に迎えに行く。仕事が終わったら連絡して』
昨日の今日で迎えに来てくれるなんて思ってもいなかった。お付き合いをしてると、これが普通なのか、そうじゃなくて甘やかされているのか、それすらも翠には分からない。けれど、ぶっきらぼうな文面でも、幸成が翠のことを大切にしてくれているということだけは伝わる。翠は既読をつけると、了解とメッセージを送った。スタンプを押そうか悩んだけれど、午後からの仕事が待っている。時間に余裕がないため、そっけない返信となったけれど、きちんと意思表示をしたので、それでよしとばかりにスマホの画面を落とすと再びバッグの中にしまい込んだ。
ロッカーに鍵をかけて席に戻ると、机の上には、先ほど浜田が言っていた資料が積まれていた。
「これ、集計してグラフ化してくれる? 折れ線と棒グラフ、両方あると見やすいな。色分けとかは伊藤さんのセンスに任せる」
浜田の言葉に、あの日、翠の容姿について陰で言われていたことをふと思い出した。仕事中はさん付けで呼ぶけれど、仕事が終われば同僚たちが呼ぶように、翠のことを伊藤ちゃんと呼ぶ。入社したころはオンオフの切り替えができて、且つ親しみを持ってくれていると思っていたけれど、今となってはそう呼ばれること自体が気持ち悪い。
「はい、わかりました」
翠は机の上の資料に目を通しながら、ソフトを立ち上げて数値の入力を始めた。小一時間ほど格闘し、なんとか頼まれたグラフ化まで処理が済むとそれを浜田あてにメールで送り、画面を閉じる。
別の同僚が野次馬で翠に質問を投げかけると、翠は照れながらも幸成の言った言葉を口にする。
「えっとですね、今の私は見た目が鶏がらみたいで気持ち悪いから、昔の体型でも全然いいって言ってくれまして……」
翠の言葉に、再び周囲がどよめきだす。
「えー、なにそれ、彼氏って伊藤ちゃんの古い知り合い? もしかしてこの前友達の結婚式に参列するって言ってた時に彼氏できたの?」
「わあ、すごい、それって運命の再会ってやつ? いいなあ、ロマンチックで」
「もしかしてその彼、学生時代から伊藤ちゃんのこと好きだったんじゃないの?」
「キャー、そうだったら素敵だね」
翠が口を挟むのも憚られるくらいに勝手に同僚たちだけで話が盛り上がっているので、黙ってお弁当を食べようと箸をつけたその時だった。
「伊藤さん、食事が終わったら資料纏めるの手伝ってくれる?」
背後から浜田に声を掛けられた。翠が振り向くと、浜田はすでに食事が終わったようで食器をトレイに乗せて席を立ったところだった。同僚たちは浜田の声に、ようやく冷静さを取り戻した。翠も慌てて浜田に返事をする。
「あ、はい。わかりました」
「頼むな。じゃあ、俺先に戻ってるから」
浜田の後ろ姿を一瞥すると、翠は改めてお弁当に箸をつけた。
「なんか浜田さん、怒ってるっぽくなかった?」
「やっぱそう思った? なんか目が笑ってなかったよね」
「もしかして、私たちうるさすぎたかな」
「伊藤ちゃん、ごめん、後で浜田さんに謝っといてくれるかな?」
みんなの視線が翠に集まり、嫌だとは言わせない空気が漂っている。翠が騒いだわけじゃないけれど、原因を作った責任は感じている。だから素直に頷くと、一同は安心した表情を浮かべ、その後はいつも通りのランチタイムとなった。でもやはり、今日の話題の中心は、翠の彼氏についてだったのは言うまでもない。
ランチを終えて翠は弁当箱を洗い、歯磨きと化粧直しを済ませると、荷物をロッカーの中へと仕舞った。まだ休憩時間は五分ほど残っている。バッグの中からスマホを取り出すと、幸成からメッセージが届いていた。
『今日は店も定休日だから、職場に迎えに行く。仕事が終わったら連絡して』
昨日の今日で迎えに来てくれるなんて思ってもいなかった。お付き合いをしてると、これが普通なのか、そうじゃなくて甘やかされているのか、それすらも翠には分からない。けれど、ぶっきらぼうな文面でも、幸成が翠のことを大切にしてくれているということだけは伝わる。翠は既読をつけると、了解とメッセージを送った。スタンプを押そうか悩んだけれど、午後からの仕事が待っている。時間に余裕がないため、そっけない返信となったけれど、きちんと意思表示をしたので、それでよしとばかりにスマホの画面を落とすと再びバッグの中にしまい込んだ。
ロッカーに鍵をかけて席に戻ると、机の上には、先ほど浜田が言っていた資料が積まれていた。
「これ、集計してグラフ化してくれる? 折れ線と棒グラフ、両方あると見やすいな。色分けとかは伊藤さんのセンスに任せる」
浜田の言葉に、あの日、翠の容姿について陰で言われていたことをふと思い出した。仕事中はさん付けで呼ぶけれど、仕事が終われば同僚たちが呼ぶように、翠のことを伊藤ちゃんと呼ぶ。入社したころはオンオフの切り替えができて、且つ親しみを持ってくれていると思っていたけれど、今となってはそう呼ばれること自体が気持ち悪い。
「はい、わかりました」
翠は机の上の資料に目を通しながら、ソフトを立ち上げて数値の入力を始めた。小一時間ほど格闘し、なんとか頼まれたグラフ化まで処理が済むとそれを浜田あてにメールで送り、画面を閉じる。
17
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
偽りの愛に囚われた私と、彼が隠した秘密の財産〜最低義母が全てを失う日
紅葉山参
恋愛
裕福なキョーヘーと結婚し、誰もが羨む生活を手に入れたはずのユリネ。しかし、待っていたのはキョーヘーの母親、アイコからの陰湿なイジメでした。
「お前はあの家にふさわしくない」毎日浴びせられる罵倒と理不尽な要求。愛する旦那様の助けもなく、ユリネの心は少しずつ摩耗していきます。
しかし、ある日、ユリネは見てしまうのです。義母アイコが夫キョーヘーの大切な財産に、人知れず手をつけている決定的な証拠を。
それは、キョーヘーが将来ユリネのためにと秘密にしていた、ある会社の株券でした。
最低なアイコの裏切りを知った時、ユリネとキョーヘーの関係、そしてこの偽りの家族の運命は一変します。
全てを失うアイコへの痛快な復讐劇が、今、幕を開けるのです。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
恋色メール 元婚約者がなぜか追いかけてきました
國樹田 樹
恋愛
婚約者と別れ、支店へと異動願いを出した千尋。
しかし三か月が経った今、本社から応援として出向してきたのは―――別れたはずの、婚約者だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる