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第9話  幕間

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 八十年後の未来に転生してもなお欲しかったという、奇跡の刀がようやく手に入ったというのに、摩耶の表情は冴えなかった。

 朝の木刀の素振りやランニングは止め、それどころか外出することもめったになくなった。

 健太が話しかけても「ああ」とか「うん」とか生返事を返すばかりで、ぼんやり窓外の景色をながめている。 

 むりもない、と健太は思った。摩耶こと敷島大佐が生涯の目標として追いもとめてきた斬魂刀は近代以前の乱世にこそ本来の機能を十二分に発揮できるもので、平和な法治国家のこの国においてはまったく出番がない。
 エンターテインメントとしても、刃で触れずに相手を倒す刀などは大衆うけするどころか、むしろ怖すぎてドン引きされる「無駄に凄い」だけのしろものだ。

 有事のために、銃器にまさるとも劣らない殺傷能力をそなえた新兵器ということで、ひさしく過去の遺物となっていた刀剣の現役復帰をはかろうとしても無理がある。一人の刀匠が一生かけて一口ひとふりしか作れず、なおかつ使用者も限定されてしまうのだったら、こんな使いづらい武器はない。

 聞くところによると、げんに作刀者の結城氏はその後体力がおとろえて生業の包丁づくりもままならなくなったことから、ことし一杯で百五十年ほどつづいてきた手作り包丁店の看板を下ろすことにしたという。
(刀鍛冶職人の家としては千年の伝統があるということだが、結城さんに跡継ぎはいるのかな)後継者のあてがなければ、斬魂刀は摩耶が手にした一口を最後に歴史の彼方かなたへ忘却されてしまうこととなる。

摩耶あいつはきっと、斬魂刀こんなもの に取りかれた自分の運命をさぞかし呪っていることだろう)健太は摩耶の心境を考えると暗澹あんたんとなったが、彼には彼女にかけてやる適当な言葉が見あたらなかった。

 その日、健太がバイト先からアパートに帰ると摩耶の姿はなく、テーブルの上には「いままで世話になった、ありがとう。これから旅に出ることにした。探すな」と書かれた紙が残されていた。

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