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71話
しおりを挟む「……い、いいの?」
今さら恥ずかしがる間柄ではないのに恥ずかしそうに言う葵に笑って答えた。
「いいよ。私も葵が好きだから触りたいし、葵にそうやって言われたら私もしたくなるよ」
こんな風に言われて汲み取らない私じゃない。それに葵の気持ちは分かる。この子はいつも、私を求めている。
「……じゃあ、約束だからね?」
「うん、約束。じゃあ、本当にもう切るよ?明日ね」
これ以上続けるといつまで経っても切れない。私はここで話を区切った。明日のご褒美もエッチとは別に考えようと思っている。
「……うん。おやすみ、大好きだよ」
「私もだよ。おやすみ」
そう言って私達はやっと電話を切った。最初は気分が落ち込んでいたのに葵のおかげでそんなこともなくなった。まだ少し気にしている部分はあるけど明日のファッションショーの方が大事だし、葵が頑張るから楽しみにしようと思う。
翌日、私は朝早くから起きて身支度をすると近くのデパートに向かった。今日頑張る葵にプレゼントを秘密で買う予定だ。買う物は大体決まっている。葵と一緒にいて気づいたから、たぶん喜んでくれるはず。私は朝から葵のことを考えながら過ごしていた。
昼過ぎから始まるファッションショーのために電車で会場に向かう。会場につくともう若い女の子で溢れていた。やっぱり有名なモデルが集まるだけあるんだなと感心しながらとりあえず会場の中に入って自分の席まで来た。一階席の花道がそれなりに見える席だ。
これなら葵を目視できるなと思っていたら回りが若い子ばかりで少し肩身が狭かった。皆今時って感じの可愛い子ばかりだし、ちょっと自分が浮いてる気がするけど葵のためだから我慢だ。
私はそれから席で始まるのを待ちながら携帯で早速連絡をいれた。
[会場ついたよ。よく見とくから、今日は頑張ってね]
何だかそわそわしてしまうけど、とりあえず葵に連絡をしてそのまま始まるのを待っていた。
しばらく待っていたらファッションショーが始まるのか会場が暗くなった。
もう始まるのか。心臓がドキドキする。私は葵が仕事をしているのを生で見たことがない。葵は大丈夫かなと心配していたら、どんどんモデルが歩いて出てきた。今時の流行りの服を着てランウェイを歩いてくる姿はスタイルが良くて可愛いくて、女の子達が騒ぐのが分かる。
葵が出てきたら私は声をかけた方が良いのか?どうしよう。ていうか葵緊張するとか言ってたけど本当に大丈夫かな。
私が色々考えていたら回りで歓声を上げている女の子達がさらに歓声を上げた。
「キャー!!アオイ来た!やばい!超可愛い!」
「本当だ!アオイ可愛い!!アオイ!」
「アオイー!!」
葵がやっと登場したようで回りの女の子がさらに騒ぎ出した。さっきよりもキャーキャー言っているし、隣の子は可愛い可愛いと連呼している。葵はやっぱり人気なんだなと改めて思いながら、私は回りの勢いに驚きつつ葵を見ていた。ランウェイを歩く葵は堂々としていて綺麗で可愛らしくて素敵だ。笑顔で時おり手を振るからそれにファンの子は歓声を上げている。
私は少し離れた場所で葵を見ていたら、やっぱり世界が違うんだなと自然に思ってしまっていた。堂々と歩く葵の姿に魅了されて目が離せなかったからだ。こんなに沢山の人を惹き付けて、笑って手を振るだけで歓声が起きる。見た目だけで判断されているかもしれないけど、葵には確かにカリスマ性がある。こんなに差があるのに私達は付き合っているのが不思議なくらいだ。私も葵も好き同士だけど、縛り付けたのはもしかしたら私なのかもしれない……。
あの子は見かけに比べると中身は初心で随分幼いところがある。人と関わるのがあまり慣れていないから口が達者な訳じゃないし、自分に自信がなくてよく不安がって言いたいことをはっきり言えない時もある。
それは葵を取り巻く環境と人によって左右されることだと思うけど、葵はそれがあまり良くなかったから今もそうなんだと思う。理解がある環境もなければ、理解のある人もいなかった。そうなれば、人はそのまま変わらない。
でも、そんな葵を笑って受け入れた私はあの子にとってやっと手にした心の安らぎなんだろう。普通なら嫌なことや嫌な人がいても必ず自分の好きなことや好きな人がいるからそれで心を休めてあげられるけど、葵はそうじゃなかったから私に異常にのめり込んでいるんだろう。
葵の中で私は理解のある人で、理解のある環境を提供してくれて、友達も与えてくれる救世主のような存在なのかもしれない。
あぁ、葵を見ていたら確信するような思いが私の中に生まれて心は複雑だった。私の今までの行いは葵の弱い心に漬け込んだようにしか考えられない。
私は知らず知らずのうちにあの子を嵌めていたのだ。ただ単純に、話すことが苦手なあの子に気にしないで話す楽しさを教えて、不安を解消して、愛をあげた。それは全てしてはいけないことだったのかもしれない。
葵は普通ではいられない広い場所にいて可能性が山程あったのに、それをいきなり現れた私は良い方向に変えたけど悪い方向にも変えて可能性を奪ったんだ。好きなのに、好きなのに全てがおかしく感じるのはなぜだろう。
ああ、そうだ。考えなくても分かったのは私達の関係性がおかしいことだ。
私達は対等じゃない。葵は私にいつも従うし、私の言うことは基本的に何でも聞く。私の言葉に否定すらしないし疑問も持たないなんて、それはまるで洗脳をされているようだった。どうしようもない事実は胸を締め付けて苦しくなる。あのストーカーはある意味正しかったのかもしれない。私は葵をストーカーしていた男を思い出した。
意味の分からないことも言っていたけどあの男は葵を洗脳したからおかしくなったと言っていた。今それを正に痛感している。この関係は洗脳によって成り立っているのか。私はあの子をそんなつもりはなかったけど変えてしまったのか。考え出すと当てはまることが多くて否定できない。
でも私は、私達の愛は、否定したくなかった。この気持ちはお互いに嘘じゃないと思いたい。私は葵が好きだし葵も私を好きだと言ってくれた。だから、ずっと葵と付き合っていきたい。
だけど付き合っていくには、葵を変えないと私達は長く続かない気がする。関係は歪で葵は気持ちが不安定だからいつか崩れて崩壊するのは目に見えている。それに気づいてもいない葵を私が何とかしないとならない。
しかし、ここから何かを起こすとなると必ず葵を傷つけることになるのが目に見えた。話して分かり合うには言葉がいるけど、いくら言葉を選んだとしても心に酷く傷をつけるのを葵は知っている。あの子は言葉に敏感だ。昔傷ついた葵を、最愛の彼女を、私はもう傷つけたくなかった。
本当に、私はどうしたら良いんだろう。
葵の出番が終わって次々出てくるモデルを見ながら暗くなった心で考えた。
このままでも良いと思ってたけどやっぱりだめだ。それなら私があの子を傷つけないように導いてあげないとならない。その使命感が私に強く芽生えた。
次々に歩くモデルの中にまた葵が違う衣装で再び歩いてくるのを私はじっと見つめていた。綺麗で可愛くてスタイルが良い葵を皆が歓声をあげて名前を呼んだり容姿を誉めたりしていた。そんな輝いている葵を見て頑張っているのが分かって嬉しくなるけど、悲しくもなった。
あの子はこうやって、外見だけで判断されて理解されずに苦しんでいたんだ。
「久しぶりですね、羽山さん」
私は今、葵のマネージャーである山下さんに連れられてよく分からない関係者用の通路みたいな所に来ている。この人と会うのはストーカーの一件以来だ。あの後お礼と謝罪をとんでもないくらいされて困った記憶があるけど、ショーが終わってから連絡が来ていたから合流したのだ。葵がどうやら私に会いたいみたいだった。
「はい、そうですね。……あの、私ここにいて大丈夫ですか?」
この通路は関係者のみが入れる場所だと思う。さっきまでランウェイを歩いていたモデルもスタッフの人も通るし完全に場違いな気がする。しかし山下さんはにっこり笑うだけだった。
「はい。葵がどうしても連れてきてほしいと言っていましたし、羽山さんなら大丈夫ですよ」
「はぁ、そうなんですか」
「それより、最近は葵の回りでトラブルとかはないですか?私も気にかけてるんですけど前にあんなことがあったから心配なんですよ」
山下さんにはストーカーの件から何かあったら連絡をしてほしいと言われていたけど今はそのようなことはない。
「ないですよ。葵もいつも通りだし、普段一緒にいてもそんな…」
「あ、山下さーん!」
話そうとしたら葵に負けず劣らず背の高い髪の長い美人が近付いてきた。よく見るとさっきランウェイを歩いていた気がする。名前は分からないけど近くで見ても本当に綺麗だった。彼女は山下さんに仲良さげに話しかけた。
「山下さんお疲れさまです。今日見てたんですか?」
「綾香ちゃんお疲れさま。見てたよ。今日も良かったね」
「いやー、今日は頑張りましたよ!もう全力出しきったって感じです!」
「ふふふ、本当にお疲れさま。ところで葵見てない?」
山下さんの問いかけに彼女はなぜか私を見てきた。
「ん?じゃあ、この子が由季ちゃん?葵さっきスタッフの人と話してたけど」
「うん、そうだよ。葵の友達の。葵早く来ないかな?私この後ちょっと別で仕事あるんだよね」
山下さんは腕時計を見ながら話し出した。この人はどうやら私を知っているらしい。そういえば名前にも聞き覚えがある。葵が前に話していたモデルの友達だった気がする。
「じゃあ、私ここにいるから山下さん行って良いですよ。葵に会わせてあげときますから」
彼女は笑って提案した。
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