婚約者に逃げられました。

砂臥 環

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新たな婚約者

フェルナンド視点③

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 兄の子を孕んでいるとばかり思っていたが、ティアレット嬢の反応は……めちゃくちゃおぼこかった。

『横抱きはヤメテ』と言った理由がコレだ。

「はッ……恥ずかしいので!!!!」

 あまりにも初心ウブなそれに、動揺を禁じ得ない。もしこれが演技だとしたら、物凄い手練。女に免疫のない俺などイチコロの瞬殺だ。

 現に『わあなにかわいい』などと思ってしまった。

 本来は拒絶されているわけだから、傷付くべき場面なのではないか?
 なのに、この体たらく。
 俺は既に篭絡されているのでは──

(……いやまて落ち着け?)

 今一度、冷静に振り返ってみることにする。

(彼女が手練で兄の子を妊娠中ならば、むしろ絶好のチャンスであった筈だ。 拒絶の必要は…………無いな? 嫌悪感が勝っていた感じでも無かった……気がする)

 ──ならば、俺の想像が間違っていた……のか?!

(じゃあさっきの『恥ずかしいので』という言葉は、純粋に『恥ずかしい』ってことじゃないか!)

 ティアレット嬢が妊娠しておらず、嫌悪感からの言い訳でもないのであれば、当然この一連の言動に裏などない。
 その場合の『恥ずかしい』。それは単純に恥じらい……当然異性に対する意識からであり、しかもその前に『不快とかではなく』とついていた。

 つまり俺は『不快ではない異性であり、男として意識されている』、ということになる。

(……生理的に無理だ、とか思われてなかったぁぁぁ!!!!)

 勘違いしていて申し訳ないとか、恥ずかしいとか、良かったとかよりもまず、それが嬉しい。
 触るのも嫌だ気持ち悪いとか思われていたらこの先どうしよう……と心配していたので、物凄く嬉しい。

 俺の脳内は羞恥とそれ以上の歓喜に湧き、肉体もそれに呼応するように体温が急上昇するのを感じた。

 多分今俺は熱湯に入れられた蛸の如く、一気に赤くなっているだろう。




 横目でチラッとティアレット嬢を見ると、彼女もまた両手で隠しても耳でわかるほどに赤い顔で、俯いている。

(可愛い)

 今度のも間違いでなければ、彼女は今、ドキドキしている。羞恥と……俺への意識で。

 これはヤバい。
 こちらまでドキドキしてしまうやつだ。

(いやいやいやいや落ち着け俺) 

 好意を向けられたことに調子に乗りそうになってしまったが、『生理的に無理ではない』は最低限の好意だ。
 別に『好かれている』わけではない。
 父にも『がっつく男は嫌われる』と言われていたじゃないか。

 それにティアレット嬢はおそらく、俺を好きになろうとところだろう。

 ……兄を忘れる為に。

(やはり健気……ッ!)

 編み物アレは、兄と恋人の子へのプレゼントの方だったのだ。
 彼女にはどのみち辛いことだというのは変わらないのに、俺は前回と違い、ニヤニヤしそうになるのを止められないでいる。




 その一方──
 ジワジワと足元から上がってくる緊張。


 俺の悪癖だが、昔から悪い方へと想像しがちなところがある。
  
 いくら悩みに悩んでもその矯正はできず、悩む程悪くなる一方。思い切って考えを変えた俺は、それを力にする方向での努力をしてきて今に至る。

 しかし今回はいい意味で想像が裏切られた。
 それ自体は嬉しいことなのだが、急に状況が好転してしまったことで、逆に不安ばかりが頭をもたげてくる。

 既にもう、彼女に対する好感度は高い。
 最初から低くなどなかったが、主に同情だった最初と今とでは、幸福度がまるで違う。 

 女性ティアレット嬢の気持ちを理解するために、侍女から数冊の恋愛小説を借りて勉強したが、相手に好意を示されたらアッサリ落ちるヒロインを俗に『チョロイン』と言うらしい。

 俺は『チョロイン』かもしれない。

 最早好きと言っても過言ではなく、それだけに失態や失敗を意識せずにはいられない。




 ──結果。

「……フェルナンド卿、着きました」
「……うん」

 馬車内で意識しまくった俺は、緊張から一言もマトモに喋ることが出来なかった。
 前回より酷い。

(とりあえずエスコートをしなければ──ああっ、)

 そこでフト思い出す。

(そういえば……!)

 横抱きをした後は『君は羽根のように軽い』(※恋愛小説あるある)と言わねばならないのに、すっかり忘れていたことを。

「……ティアレット嬢!」
「はい?!」

 横抱きにして『君は羽根のように軽い』と言う。
 これは体力と筋力くらいしか兄に勝るところのない俺の、絶好のアピールチャンスだった。

(くっ…… しかし『恥ずかしいから嫌だ』と言われたのに横抱きにする訳にはいかん!)

「~~ッ手を、」
「はい! ありがとうございます!!」

 ティアレット嬢は滅茶苦茶早口だった。
 緊張はお互い様のようなのが救い。

 ……救い、なのかな?


 だが、それでちょっとだけ互いの緊張が解れた。


 ティアレット嬢が案内してくれたのは、街から少し離れた小高い丘にあるレストラン。
 予約した二階のバルコニー席はゆったりしていて、ベッカー伯爵領の長閑な風景が一望できる。
 貸切にしてあるのは二階だけなようで、家族連れなどの賑やかな声が聞こえてくるのも緊張を和らげてくれた。

 環境と美味しい食事に助けられ、今回は前回と違い、取り留めのない会話を続けることができた。
 前回は単文の遣り取りを数回しかできなかったことを考えれば、凄い進歩だ。

 帰りにティアレット嬢が、愛らしくはにかみつつ「またお待ちしてます」と言ってくれたので、俺も勇気を出して「愛称で呼びたい」と告げてみる。
 また頬を赤らめながらも首肯する彼女を見て、反射的に胸筋がビクビクする程、俺の胸はトキメキでいっぱいだった。

 俺は今、恋をしている。
 今日、恋に落ちた。
『チョロイン』と言われても構わない。

 もうティア(照)は『兄の婚約者だった女性 』ではない。『俺の婚約者』だ。

 コンプレックスは消えないし、彼女の兄への気持ちもすぐには消えないだろうが……こうして少しずつ、距離を縮めていけたら──




 そう思いたかったが。

(ああああやらかしたぁぁぁ!!!!)

 父からの手紙で自らがやらかした失態に気付き、青ざめた。

 内容は『結婚について』。

 ……そういえば、『なるべく早い婚姻を希望する』と宣言してしまったのだった。
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