8 / 25
新たな婚約者
フェルナンド視点③
しおりを挟む兄の子を孕んでいるとばかり思っていたが、ティアレット嬢の反応は……めちゃくちゃおぼこかった。
『横抱きはヤメテ』と言った理由がコレだ。
「はッ……恥ずかしいので!!!!」
あまりにも初心なそれに、動揺を禁じ得ない。もしこれが演技だとしたら、物凄い手練。女に免疫のない俺などイチコロの瞬殺だ。
現に『わあなにかわいい』などと思ってしまった。
本来は拒絶されているわけだから、傷付くべき場面なのではないか?
なのに、この体たらく。
俺は既に篭絡されているのでは──
(……いやまて落ち着け?)
今一度、冷静に振り返ってみることにする。
(彼女が手練で兄の子を妊娠中ならば、むしろ絶好のチャンスであった筈だ。 拒絶の必要は…………無いな? 嫌悪感が勝っていた感じでも無かった……気がする)
──ならば、俺の想像が間違っていた……のか?!
(じゃあさっきの『恥ずかしいので』という言葉は、純粋に『恥ずかしい』ってことじゃないか!)
ティアレット嬢が妊娠しておらず、嫌悪感からの言い訳でもないのであれば、当然この一連の言動に裏などない。
その場合の『恥ずかしい』。それは単純に恥じらい……当然異性に対する意識からであり、しかもその前に『不快とかではなく』とついていた。
つまり俺は『不快ではない異性であり、男として意識されている』、ということになる。
(……生理的に無理だ、とか思われてなかったぁぁぁ!!!!)
勘違いしていて申し訳ないとか、恥ずかしいとか、良かったとかよりもまず、それが嬉しい。
触るのも嫌だ気持ち悪いとか思われていたらこの先どうしよう……と心配していたので、物凄く嬉しい。
俺の脳内は羞恥とそれ以上の歓喜に湧き、肉体もそれに呼応するように体温が急上昇するのを感じた。
多分今俺は熱湯に入れられた蛸の如く、一気に赤くなっているだろう。
横目でチラッとティアレット嬢を見ると、彼女もまた両手で隠しても耳でわかるほどに赤い顔で、俯いている。
(可愛い)
今度のも間違いでなければ、彼女は今、ドキドキしている。羞恥と……俺への意識で。
これはヤバい。
こちらまでドキドキしてしまうやつだ。
(いやいやいやいや落ち着け俺)
好意を向けられたことに調子に乗りそうになってしまったが、『生理的に無理ではない』は最低限の好意だ。
別に『好かれている』わけではない。
父にも『がっつく男は嫌われる』と言われていたじゃないか。
それにティアレット嬢はおそらく、俺を好きになろうと努力しているところだろう。
……兄を忘れる為に。
(やはり健気……ッ!)
編み物は、兄と恋人の子へのプレゼントの方だったのだ。
彼女にはどのみち辛いことだというのは変わらないのに、俺は前回と違い、ニヤニヤしそうになるのを止められないでいる。
その一方──
ジワジワと足元から上がってくる緊張。
俺の悪癖だが、昔から悪い方へと想像しがちなところがある。
いくら悩みに悩んでもその矯正はできず、悩む程悪くなる一方。思い切って考えを変えた俺は、それを力にする方向での努力をしてきて今に至る。
しかし今回はいい意味で想像が裏切られた。
それ自体は嬉しいことなのだが、急に状況が好転してしまったことで、逆に不安ばかりが頭をもたげてくる。
既にもう、彼女に対する好感度は高い。
最初から低くなどなかったが、主に同情だった最初と今とでは、幸福度がまるで違う。
女性の気持ちを理解するために、侍女から数冊の恋愛小説を借りて勉強したが、相手に好意を示されたらアッサリ落ちるヒロインを俗に『チョロイン』と言うらしい。
俺は『チョロイン』かもしれない。
最早好きと言っても過言ではなく、それだけに失態や失敗を意識せずにはいられない。
──結果。
「……フェルナンド卿、着きました」
「……うん」
馬車内で意識しまくった俺は、緊張から一言もマトモに喋ることが出来なかった。
前回より酷い。
(とりあえずエスコートをしなければ──ああっ、)
そこでフト思い出す。
(そういえば……!)
横抱きをした後は『君は羽根のように軽い』(※恋愛小説あるある)と言わねばならないのに、すっかり忘れていたことを。
「……ティアレット嬢!」
「はい?!」
横抱きにして『君は羽根のように軽い』と言う。
これは体力と筋力くらいしか兄に勝るところのない俺の、絶好のアピールチャンスだった。
(くっ…… しかし『恥ずかしいから嫌だ』と言われたのに横抱きにする訳にはいかん!)
「~~ッ手を、」
「はい! ありがとうございます!!」
ティアレット嬢は滅茶苦茶早口だった。
緊張はお互い様のようなのが救い。
……救い、なのかな?
だが、それでちょっとだけ互いの緊張が解れた。
ティアレット嬢が案内してくれたのは、街から少し離れた小高い丘にあるレストラン。
予約した二階のバルコニー席はゆったりしていて、ベッカー伯爵領の長閑な風景が一望できる。
貸切にしてあるのは二階だけなようで、家族連れなどの賑やかな声が聞こえてくるのも緊張を和らげてくれた。
環境と美味しい食事に助けられ、今回は前回と違い、取り留めのない会話を続けることができた。
前回は単文の遣り取りを数回しかできなかったことを考えれば、凄い進歩だ。
帰りにティアレット嬢が、愛らしくはにかみつつ「またお待ちしてます」と言ってくれたので、俺も勇気を出して「愛称で呼びたい」と告げてみる。
また頬を赤らめながらも首肯する彼女を見て、反射的に胸筋がビクビクする程、俺の胸はトキメキでいっぱいだった。
俺は今、恋をしている。
今日、恋に落ちた。
『チョロイン』と言われても構わない。
もうティア(照)は『兄の婚約者だった女性 』ではない。『俺の婚約者』だ。
コンプレックスは消えないし、彼女の兄への気持ちもすぐには消えないだろうが……こうして少しずつ、距離を縮めていけたら──
そう思いたかったが。
(ああああやらかしたぁぁぁ!!!!)
父からの手紙で自らがやらかした失態に気付き、青ざめた。
内容は『結婚について』。
……そういえば、『なるべく早い婚姻を希望する』と宣言してしまったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
旦那様、本当によろしいのですか?【完結】
翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。
なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。
そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、
「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」
突然夫にそう告げられた。
夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。
理由も理不尽。だが、ロザリアは、
「旦那様、本当によろしいのですか?」
そういつもの微笑みを浮かべていた。
拗れた恋の行方
音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの?
理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。
大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。
彼女は次第に恨むようになっていく。
隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。
しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる