11 / 25
新たな婚約者
馬車に揺られてドンドコドン
しおりを挟む不安を煽られた勢いで侯爵家に花嫁修行に向かうと決めた私だったが、用意しているうちにドンドン色々な意味で不安になってきた。
母に乗せられた気がするが、完全に後の祭りというやつで……既に馬車に揺られている。
侯爵邸にはルルーシュ様の婚約者時代に何度かお邪魔しているが、ほぼほぼルルーシュ様がこちらに来ていた。
逆を言えば、10数年の婚約時代に数度しか伺っていない。
慣れない馬車での長旅なので、私に気を使ったペースでゆっくり進んだ。──だが既に侯爵邸は目前。
ドンドン高まる緊張と不安に、私の心音はドコドコ……
唯一連れて行くのを許されたユミルは『ドンと構えていれば大丈夫ですよ』などと言う。
『馬車に揺られてドンドコドン』という謎のフレーズが楽しげに頭に過ぎる。
いや、全く楽しくはないのだが。
末期か。
門からがやたらと長い小洒落た小路を抜けると、見える部分だけで伯爵邸の三倍はある侯爵邸……酔っていないのに吐きそう。
「ようこそおいでくださいました」
出迎えに出てきたのがルルーシュ様時代からお馴染みの従者、ニック・ローラン卿であることに少しだけ安心するも……それも束の間。
扉の先にはズラリと侍従と侍女が並んでいる。
病弱設定を活かして倒れたい気分だ。
だがこれはそういう仕様──想定内である。
ニック卿にエスコートされるままに、一先ず私とユミルは応接室へと案内された。護衛や他従者は部屋へ荷物を運び入れ、必要事項の引き継ぎをしたら帰ってしまう。
何故かフェルナンド卿はいらっしゃらないが、その理由はニック卿がすぐ語ってくれた。
「主は一旦執務室に閉じ込めておきました。 お部屋にご案内する前に一息ついた方がよろしいかと思いまして」
「あら……」
ニック卿は「なんかすみませんね~」と軽く言って向かいのソファに腰を掛けた。それに倣ってユミルも座る。
本来ふたりは立っているものだが、付き合いの長いふたりは私の本性を知っている。
逆に気を使ってくれた結果だ。
「いやーもう……ぶっちゃけ、なんであの方を選んだんです? 他にもっと楽できそうなところがあったでしょう。 しかも花嫁修行でこちらにいらっしゃるなんて、どういう風の吹き回しかと」
「相変わらず不敬な輩ですね……グレタ様のご子息とは思えません」
これも彼なりの気遣いであり、わざとであることはわかっているが、ユミルもわざとそう返す。ようやくの気楽な雰囲気に、私も被っていた猫を取った。
「ニック卿はご存知の通り、元々……ほら、私はコレでしょう? フェルナンド卿を選んだのはまだ少しでも知ったかたの方がいいと思って。 花嫁修行は……う~ん、あまりにもフェルナンド卿はルルーシュ様とタイプが違うから……なんだか申し訳なくなってしまったというか」
その答えにニック卿はなんだか難しい顔で「なるほど?」と、やや納得いかないような返事を返す。
まあニック卿の立場であれば納得いかないだろうと思う。
考えてみれば、ルルーシュ様にも申し訳ないことをしていた訳なのだから。
サッパリその自覚がなかっただけで。
「まあなんであれ……正直なところ、こちらとしては有難いです。 大変にはなりましたが、フェルナンド様もやればできるかたなのです。 理由付けと励みがあった方がいい」
やはり卿はお仕事が大変なようだ。
急に役割が回ってきたことで苦労はしているが、真面目で努力家なので少しずつ上手くこなせるようになっているらしい。
「そのこともあって、実はお願いをしに一旦こちらに」
ニック卿は突然、真面目な声色でそう言った。
私にお願い……正直不安しかない。
「……私ができることであれば」
「いえ、ティアレット様。 貴女しかできないことです。 主を労い、褒めてやってくださいませんか?」
「労い、褒める……?」
「ええ」
随分と大したことのないお願いに、拍子抜けする。
だが、ニック卿は至極真面目なままで、更に眉間に皺を寄せて難しい表情でフェルナンド卿をこう評した。
「あの方は……ナリは威風堂々としている風ですが、その実……う~ん、なんて言ったらいいかな? 繊細? ですかね。 とにかくこう、んん……自信に欠けるところがあるというか……」
いつも歯に衣着せぬ物言いのニック卿なのに、随分と歯切れが悪い。言い淀みながら話すも、最終的に「そのうちおわかりになると思うので、お察しください」とこちらに投げた。
「そんなことでしたら、勿論喜んで」
なにしろ騎士からいきなり次期領主だ。
ニック卿の言っていることとは違うかもしれないが、なにかと大変なのは察しがつく。
「他にも事務仕事などでしたらお申し付けください」
「それは助かります! こちらもなんだかんだ、行き届かなくて……」
ニック卿ご自身も大変なご様子。
いつもと変わらないようでいて、よく見ると目の下には隈ができている。
(……そういえば)
「失礼ですが……ルルーシュ様は今どうなさっておいでです?」
私は今になって、なんとなく『廃嫡』を『勘当』のイメージで捉えてしまっていたことに気付いた。
ちょっとごねてはしまったけれど、私との婚約も円満解消なのだから、補佐的仕事に携わせることはできる筈だ。
フェルナンド卿に、もっとゆっくり仕事を引き継ぐこともできるのではないのだろうか。
「──ティアレット様……もしかして、ルルーシュ様にお会いしたいですか?」
「え? ……あ、はい」
そう素直に答えてから後悔した。
(しまった……これは違う意味で聞かれたのでは?!)
そういえばユミルに『ルルーシュ様は状況的には昔の男にあたる』と言われていた。そのこと自体は漠然と覚えていたものの……まさか付き合いの長いニック卿が誤解をするだなんて全く思ってもみなかったので、すっかり油断をしていた。
「いえあのえっと……義兄になるわけですし! 仕事的な意味でというか!!」
「ここでは構いませんが……主の前ではルルーシュ様の話を出すのはお控え頂きたく……」
……沈痛な面持ちで言われてしまった。
(これは誤解された……ような気がする!)
違うのよ~!
単純に気になっただけなのよ~!
なんなら仕事を振れば、フェルナンド卿もニック卿も楽になり、ルルーシュ様の生活も安定、皆幸せハッピープランだと思っただけなのよ~!!
ユミルに視線で助けを求めるも、その目は『だから言ったじゃないですか』と言っている。
空気を変えるようなタイミングで、にこやかにローラン夫人が入ってきて、部屋に案内されることになった。
誤解を解いていないのが、少し気になるが……
(……いっか、ニック卿だし)
そう思い、ローラン夫人に従って部屋を出た。
まあ、大した問題ではないだろう。
フェルナンド卿にさえ、誤解をされなければ。
0
あなたにおすすめの小説
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
旦那様、本当によろしいのですか?【完結】
翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。
なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。
そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、
「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」
突然夫にそう告げられた。
夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。
理由も理不尽。だが、ロザリアは、
「旦那様、本当によろしいのですか?」
そういつもの微笑みを浮かべていた。
拗れた恋の行方
音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの?
理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。
大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。
彼女は次第に恨むようになっていく。
隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。
しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる