婚約者に逃げられました。

砂臥 環

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閑話:侯爵家家人ニック視点による、これまでのまとめ

ニック視点②

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「いいですか? この書類が全て終わるまで、部屋から出るのは許しません」

 一応ティアレット様のお気持ちも確認しとこうと思った俺は、いらっしゃる当日フェルナンド様を部屋に押し込めた。
 余計なことを聞かれてはいけない。

 だが、勿論ごねた。
 ごねない訳がなかった。

 そもそもこの人はティアレット様にお熱。お嬢様御一行の馬車が侯爵領に入ったのを確認すると、自ら迎えに行くと言って聞かなかった。
 それを、なんとか言いくるめて我慢させていたのだ。

 そんな経緯もある。
 今回は流石に業を煮やしたらしく──

「彼女は次期侯爵夫人だぞ?! 次期当主の俺が自ら迎え入れないなんて有り得ん!」

 ──などと、もっともらしいことを言ってきた。
 ここは、飴と鞭を上手く使いわけなければならない。

「フェルナンド様、貴方は女性の気持ちをわかっておられない」
「なっ!?」
「乙女心は繊細。 長旅でお疲れになった姿で、婚約者の前に出たいとは思わないものです。 ここは一息ついて身支度を整えて頂いた後で改めて、の方が絶対に喜ばれます。 ……そうですね、ご夕食の際がよろしいかと」
「しかし」
「この書類は敢えて明日の分の量を加えてございます。 つまり、これが終われば明日はゆっくりする時間が取れる……そういうことです」
「くっ……わかった! やる!!」

 チョロ……素直なのが主の良いところである。




(さて、これでゆっくり話ができる)

 ティアレット様は淑女の猫を存分に被って現れたが、付き合いの長い俺だ。『死にそう』と目が訴えているのはよくわかった。

(よくこれで来る気になったもんだ……案外フェルナンド様の方が気軽に頼れない分、彼女の為にも良かったのかもしれん)

 猫被りのティアレット様は、それなりにすればちゃんと淑女に見える。彼女も主と同じで『やればできる子』なのだ。
 やらないだけで。

 生意気な侍女のユミルと共に、席に着いたティアレット様にはお茶とお菓子を勧めつつ、気軽な感じで本心を聞く。

 アッサリ猫を放したティアレット様はこう答えた。

「ニック卿はご存知の通り、元々……ほら、私はコレでしょう? フェルナンド卿を選んだのはまだ少しでも知ったかたの方がいいと思って。 花嫁修行は……う~ん、あまりにもフェルナンド卿はルルーシュ様とタイプが違うから……なんだか申し訳なくなってしまったというか」
「……なるほど?」

 ルルーシュ様は弟に対する態度と同様、ティアレット様にも努力や弱味を見せないところがあった。
 かたやフェルナンド様は、隠すも何も状況的に察しがつくし、仰った通りタイプも違うので言っていることはわかる。

(でもそれでわざわざここまで来るとは。 『伯爵家おうち大好き一歩も出たくない』、なティアレット様とは思えん行動力だ)

 ユミルを見るも、俺にはなにも教えたくないらしく表情を変えることはない。
 いや、微かに鼻で笑われた。
 なんて癪に障る女だ。

(いや、ユミルのことはどうでもいい。 とりあえず……ティアレット様も満更ではないと思っていいだろう)

 ルルーシュ様に未練はあるかもしれないが、それが恋愛感情からではないことは理解している。フェルナンド様がそんなティアレット様に『花嫁修業に来る』という決意をさせたのは大きい。




 なんにせよふたりには時間がない。

 主が頑張っていることを伝え、俺はをティアレット様にお願いすることにした。
 ティアレット様は「……私ができることであれば」と言いつつも、何故か身体を強ばらせる。 

「いえ、ティアレット様。 貴女しかできないことです。 主をねぎらい、褒めてやってくださいませんか?」
「労い、褒める……?」
「ええ」

 それにホッとした感じで「喜んで」と答えた彼女が、先程何を想像したのかわかった気がした。

(ああ、案外アリなのか……)

 少なくとも、多少は意識されているようだ。
 ルルーシュ様よりはずっと。

(そりゃそうか。 『花嫁修業』だし……じゃなきゃ来ないよなぁ……)

 なんだか微妙な気持ちではある。
 ルルーシュ様もだが、なんとなく『この人、恋とかしなさそう』と思っていた人達がしてるのとか。

 例えて言うなら両親の夜の云々を知っちゃった、みたいな感じに似ていてちょっと気持ちが悪い。

(だが、これで今度こそ一安心……)




 ──と思ったところでティアレット様は、ルルーシュ様のことを気軽に口に出した。

 そこに悪気など全くないところが、とても悪い。

 相手はあのフェルナンド様だ。
 もし聞かれたら、余計なことを妄想するに違いなかった。

 俺は誤解など全くしていなかったが、自覚をさせる為に敢えて誤解をしたフリをして問うた。
 言動を改めさせるのには、当人が気付き、考え、自覚することがなによりだからである。

 幸いティアレット様は、天然だが馬鹿ではない。
 まだフェルナンド様には猫も被っているようなので、しっかりと自覚をすればウッカリ発言は防げるだろう。

(でも実際、ルルーシュ様には戻ってきてほしいよなぁ……)

 口が裂けても主の前では言えないが、戻って来てくれたらどんなに楽かわからない。
 ルルーシュ様の決意は固いし、相手は平民……問題はないように思えるが、なにかと問題はあるのだった。


 こちらサイドで言うならば、フェルナンド様のコンプレックスとか。


 先に自信を付けさせてからでないと、今後に響く……というのがルルーシュ様の見解であるが、今となっては同意をせざるを得ない。散々『苦労をかけるが頼む』と頭を下げられているが、それ自体は構わないのだ。

 不器用だが懸命な主の姿は、結果的に次代の侯爵家を担う若手にいい影響を与えているし、お陰様で七光りの昼行灯と見られがちだった俺への視線も変化した。

 驚いたことに、ティアレット様も変わっていっている。

(ルルーシュ様が『運命の出会い』などとぬかした時にはぶん殴ってやろうかと思ったモンだが……)

 案外、本当に『運命の出会い』だったのかもしれない。




 ──ただし、なにもかも上手くはいかないのだ。
 得てしてそういうモンである。

「……どうしたんですか、フェルナンド様」

 執務室に、主の様子を見にいってみると……いない。
 仮眠用のベッドでブランケットにくるまって、デカい図体を丸くして縮こまっていた。

 仕事は終わっている様子。早い。

(嫌な予感しかしない……)

「もっと仕事をくれ……」
「……もうすぐ御夕食、念願の婚約者殿とのご対面ですよ」
「いい……」

 いいわけがあるか。

 俺はブランケットを剥がすと、『ティアレット様のお気持ちを考えてください』という最終奥義をもって説得をする。
 暫くは丸まっていたが、やがてのそり、と緩慢に身体を起こした。

「ティアを悲しませる訳にはいかない……」
「はいそうですとも」

 王都では騎士らしく振る舞い『硬派で男らしい』と評判だったらしいが、これをみたら誰もそんなこと言わねぇわ……といった感じにショボくれている。

「どこから聞いてたんです?」

 主は仕事を超高速で済ませるも、しっかり俺のアドバイスを聞き、会うのは控えたらしい。しかし、『せめて声が聞きたい』と立ち聞きしていたようだ。

「……『ルルーシュ様』のあたりから……」

(……ならいいか)

 気遣いが裏目に出たかたちだが、この際それには目を瞑ることにした。

 元々ルルーシュ様にはコンプレックスを抱いているし、ティアレット様の気持ちも彼にあると思っている様子。今と大差はない。まだふたりの距離は遠いのだ。

 だが、物理的距離が近付いたことで、変わるものは必ずあるだろう。

(『労い褒めろ』のところから聞かれてなくて良かった……)

 自信のないかただから、前提としてティアレット様の言葉自体、ある程度疑うのは目に見えている。
 現時点でのそれは別に構わないのだが……それが『ニックの指示だ』と捉えられてしまったら、これはかなり痛い。

「立ち聞きなんて下品な真似をしていたバチが当たりましたね」
「ふぐっ……」

 きちんと着替えさせると、丸まっている背中を思い切り叩く。
  
「いいですか? ──どうあれもう既に、彼女は貴方の婚約者です」
「……!」

 俺がそう言うと、フェルナンド様は背筋を伸ばした。

 彼女が少し変わったように、主もまた、変わる筈だ。
 これからに期待すればいい。




 だが──

「やあ! よく来てくれたね、ティア!!」

 待ち焦がれた来訪からのショックという落差に、そもそも繊細な主のクリスタルガラスのハートは、そう簡単に修復出来なかった模様。
 仕事では気持ちを隠すこともそれなりにできるのだが恋愛では無理だったらしく、ティアレット様を気遣わなければ、という気持ちが明らかに横滑りしていた。

(ああ……無理をしている……)

 当然、ティアレット様は困惑している。
 痛々しくて見ていられない。



 嘆息しながら思った。
 なんでこんなに他人の恋路に頭を悩まされねばならんのか。
 俺の知ったことではない。

 ──そう思いながらも、世話を焼いてしまうのである。
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