曇天フルスイング

砂臥 環

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一ノ瀬 秋穂①

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一目惚れだった。

グラウンドで投げるその美しい投球フォーム。
凛々しい横顔。
帽子を取って、汗を拭う姿。

私はそれまで野球に一欠片ほどの興味もなく……友人に『かっこいい人がいるから見に行こう』と誘われた時も、仕方なくといった感じで渋々参加したのである。
そう、全くのお付き合いに過ぎなかったのだ。

なのに──


二宮にのみや先輩、球磨き終わりました。 他になんかありますか?」
「おお、サンキュ。 マジ助かる」

──それが今や、野球部のマネージャーとして、スコアをつけるまでになっている。

憧れている佐伯さえき先輩とバッテリーを組んでいる、捕手キャッチャーで野球部主将の二宮先輩。
彼がこんな風に普通にお礼を言ってくれるようになるまで、私は相当努力をしたと思う。




「こんな野球のルールも知らねーようなミーハーな女、ゼッテー要らねぇし!」

練習風景を見て佐伯先輩に一目惚れした、一年と少し前のこと。

私は速攻マネージャーへと志願したのだが、この二宮先輩に猛反対を喰らってしまった。

侮蔑と怒りの籠められた強い口調。
……面食らうしかない。

他の部員達は苦笑いしながら二宮先輩を宥めたが、意見に対しては概ね賛成な様子で「やめときなよ、大変だから」とやんわり断られる始末。
これには流石の私も凹み、友人等、周りの人に慰められた。

しかし、私はめげなかった。

ルールを覚え、地味で大変な雑用をこなし、佐伯先輩個人ではなく『野球部』に尽くす姿勢を見せると、皆は優しかった。

二宮先輩以外の、皆は。

当初、二宮先輩には私も正直ムカついていた。
先輩は意地の悪いことに、佐伯先輩に私を近付けまいとしていて……先輩から遠い位置での雑用ばかりを私に命じていたから。

「──アンタ、マジでやる気あんの」

そんな状況での一ヶ月。
二宮先輩は、変わらず部活に来る私にそう話し掛けてきた。
それはやはりキツい口調だったが、そのやりとりは彼の印象を大きく変えるきっかけとなった。

「アンタじゃなくて一ノ瀬いちのせです!」
「どうでもいいけど、平生ヒロ……佐伯に適当な誉め言葉は言うな」
「は…………?」
「アンタの目的がなんでも構わねーし、部に入るのも俺は拒める立場にねぇが……それだけは許さない」
「……どういう意味ですか?」
「もう帰れよ、あとはやっとく」

その時先輩はそれしか言ってくれず……
モヤッとはしたが、それ以上聞くのは憚られた。

なんとなく、想像がついたのだ。

正直ウチの野球部は、弱い。
人数もギリギリだ。

野球を学んでまだ日も浅い私でもすぐわかったことだが、佐伯先輩はぶっちぎりで物凄く上手い。

──それこそ中学時代、名門高からスカウトがきたんじゃないかと思うくらいには。

それはあまりに、ウチの野球部とは合わない。

言われた通りに雑用をこなしているうちに、二宮先輩はその理由を漠然と教えてくれた。口調はもう、柔らかくなっていた。

おそらくこのとき、ようやく私はマネージャーになったのだろう。

二宮先輩が意外な程早くに認めてくれたのは、私が誰かに彼との遣り取りのことを尋ねたりしなかったのも、理由のひとつかもしれない。

佐伯先輩は、リトルの時に事故に遭っていた。
怪我のこともあり、プロの道を目指す気はないらしい。

マネージャーとしての役目を果たす私に部の皆は、気軽に話し掛けてくれるようになった。それは、佐伯先輩も。

過去のことについては皆話したがらないし、私も聞かないけれど……当の本人だけは全く気にしてない様子で、佐伯先輩自身がちょいちょいそういう話もしてくれた。

中学ではリハビリを頑張り、今に至ること。
名門校からスカウトがあった(人数が多い為?)が、断ったこと。

断った理由を先輩はこう言っていた。

「プロじゃないんだし、一試合キッチリ完投したいじゃん。 それにやっぱり、二宮ニノが俺の相方で、皆が俺のチームなんだよなぁ……」

先輩曰く、リトルの選抜強豪チームに行くまでは、二宮先輩らと共に地元のチームに所属していたらしい。

リトルのチームは殺伐としていて、コーチも無茶苦茶だった、と少しだけ言っていた。
地元チームの思い出は饒舌なくらい話してくれるけれど、リトルについては大して話さないところを見るに、あまりいい思い出ではないようだ。

ウチの野球部のメンバーは、当時の地元チームメンバーが主だという。
この辺りの高校はさして偏差値レベルが変わらないので、ちょっと離れた学校を受験するような頭の良い子を除き、あらかじめ佐伯先輩が声を掛けていたとのこと。何気に用意周到である。

「他校に行ったヤツもさ、試合には観に来てくれたりして……いいよな~、そういうの」
「…………そうですね」

遠くを見るような先輩の瞳に、チクリと胸が痛む。
それは私がまだ野球に携わったばかりで、思い出を共有していないから──とか、そんな理由ではない。

「ん? なに?」
「え? えへへ」

曖昧に微笑む裏で、私はいつも葛藤していた。

──先輩には、本当に試合を見に来てほしい人がいる。

佐伯先輩はいつも試合前になると、軽い感じで周囲に観にくるよう声を掛けているのだが……その人にだけは他とは温度が違っていた。

ずっと先輩を見つめてきたのだ、気付かないわけがない。

だがは一度だって、試合を観に来た事がない。
それに私はいつもホッとして、いつも少しだけ罪悪感を抱いていた。

先輩の幼馴染みでもある、深井ふかい 清良きよら先輩。





「──よし!」 

3年生最後の試合の前。
悩んだ結果、意を決して彼女に声を掛けることにした私は気合いを入れて深井先輩の元へ向かう。

なんせ、3年の先輩方の最後の試合である。
……後悔を残したくはない。
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