曇天フルスイング

砂臥 環

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佐伯 平生

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ニノに言われた通りにストレッチをしていると、一ノ瀬がやってきてエアーを渡してくれた。
随分と遅い上、何故かニノでなく一ノ瀬。しかも、変な表情を浮かべている。

「ありがと。……ニノは?」
「……実は」

躊躇いがちに一ノ瀬は部室でのやりとりを話してくれた。……なんか知らないけど、超申し訳無さそうに。
一ノ瀬に悪いとこなんて一個もないのに。まあ、強いて言うなら清良はちょっと迷惑だったかもしんないけど。

「すごいな~、一ノ瀬。 よく清良を説得したもんだよ。 うん、すごいすごい」

俺は思ったままを言っただけなんだけど、一ノ瀬はポカンとしてしまった。
表情が豊かだと思う。

ニノに『投げるな』と言われてることだし、俺の今日の練習は手伝いくらいしかない。
なので、次期主将の高原に断りを入れ、俺も帰ることにした。

──タイミングが良ければ、ふたりに会えるルートで。




『西京コンドルズ』は『最弱・・コンドルズ』とか揶揄られてたけど、バランスのとれたいいチームだった。
ただ近くに対戦相手がいなくて、たまに対戦するのはそこそこ大きいチームだけだったってだけで。

ここらへんがもっと野球が盛んなら違ったと思うが、そうでなかったからこそ、チームの結束は強かったとも言える。

特に主となる俺ら3人。

ニノは口が悪いが優しくて、個人も全体も見れる。
清良はパワーヒッターで、しかも器用。普段は無口なくせに誰より負けん気が強い。
そして俺は、いつもヘラヘラしてた。
……まあ、ムードメーカーと言えなくもないだろう。

実際のところ……ニノと清良のふたりと皆の、緩衝材の役割が俺にはあった。ふたりは真面目だから、他の子らとの温度差がどうしても出てしまうのだ。
皆で楽しくやるために、俺は一番上手くなければならなかった。だから努力を惜しまなかったし、それが楽しかった。

でも俺はリトルに行くことにした。
ニノにだけ相談して……清良は滅茶苦茶怒ってた。

リトルでの野球は楽しくなかったが、自分で考えて決めたことだから頑張ってみることにした。俺は他の子らと違って、競争心みたいのが決定的に足らなかったけど、それでも踏ん張れたのは『西京コンドルズ』を馬鹿にされたくなかったからだ。

中でも清良は努力家だ。アイツは『野球なんか嫌いだ』って言うけど、本当に嫌いなヤツがあんなに努力できないと思う。

そんな清良だが……俺がリトルにいくことをきっかけに野球を辞めてしまったから、その罪悪感もあった。

甚だ自分勝手ではあるが、俺はそれを糧にした。

リトルでレギュラーになると、清良は文句を言いながらも時々観に来てくれた。皆と一緒に行くのが嫌なのか、いつも途中からだったけど。

──皆、応援してくれてた。

でも事故にあったのがきっかけで、身体にガタがきてることがわかって。
結局、俺はリトルを辞めた。
親はコーチと揉めて、他の親も交ざって裁判とか……ちょっと大事になったけど、俺にはあんまり関係なかった。

少しホッとしてたんだ。
勿論、事故の時はショックのが大きかったけど……

怪我がショックじゃなかったか、とか、プロになることを考えてなかったのか、とか言うと……それはまた別の話だ。

でも俺にとっての野球の形や、目指すところをスライドさせるのに、さして時間は掛からなかった。
それはリトルに入った時よりも容易く。
そして多分、ふたりが思っているほど重苦しくはない。

あいつらは真面目で、一本気で……愛すべき馬鹿なのだ。

──そして俺は滅茶苦茶愛されていると知る。
いや、知ってたけど、再認識。




神社でふたりを見付けた。
……案の定ここにいるあたりがもう、馬鹿。
近付く俺に気付かないで、普段スカしてる感じの馬鹿ふたりは、みっともなく泣きながら喚き合っていた。

暫く黙って見てたけど……内容が酷い。

「大体お前、手ェ見せてみろよ! 手芸部の掌じゃねぇ! 現役バリバリのかってぇ手ェしやがって!」
「これは素振り癖が抜けないだけだ! 野球なんか全然好きじゃないんだから!!」
「ツンデレ気取りか!? 誰が信じるか馬鹿!」
「馬鹿って言ったらお前が馬鹿!! 」
「小学生か!」
「大体真性ツンデレのお前に言われたくないわ! ワザワザユニフォームで走ってきやがって!」
「これは……たまたまだ!」
「それこそ誰が信じるか!!」

「…………ぶはっ!」

……堪えきれなくて盛大に噴き出した俺は、悪くないと思う。
なんならもう少し聞いていたかったが、ちょっと無理。

ふたりはビックリした顔でこっちを見ていたが、結構前からいたのだ。
気付かないあたり、ヒートアップし過ぎだろ。




「ホント……馬鹿だなぁ、お前ら」
「「平生」」
「くっ……息ピッタリか」

俺の言葉にふたり同時に顔を見合せた後、直ぐに逸らした。本当に息ピッタリで、益々笑う。

「……帰る」

そう呟いて、清良は歩き出した。
引き止めようとするニノを右手で軽く制し、俺は彼女に大きく声を掛ける。

「清良!」

清良は振り向かないが、足を止めた。

「観に来いよ日曜!! 試合は雨天決行だ!!」

無言で走り出した清良の背中に、更に声を掛ける。

「なんなら雨を連れてこい! 雨でもやれるとこ見せてやるよ!!」

清良は相変わらず足が速い……
あっという間に見えないところまで行ってしまった。

「平生……ごめん」

振り向いたら、まだショボくれた顔のニノ。また俺は噴いた。

──なんで謝ってんのか、なにに対してなのか。

俺にはサッパリわからないが、真面目で一本気な馬鹿のことだ。多分、俺にとっちゃどうでもいいようなことで謝っているんだろう。

ただ、わかることもある。

「ニノ……お前、俺大好きだな?!」
「……は?!」
「バッテリーは夫婦っていうからな~。 俺も愛してるぞ! 相思相愛だ!!」
「馬鹿じゃねぇの?!」

そう、俺もまた、馬鹿である。
そして、てるてる坊主なんか奉納してた、清良もまた。

清良に『雨天決行』とは言ったが、どしゃ降りになった場合は中止だ。俺とニノは、『中止にはなりませんように』と祈ってから、神社を後にした。




余談だが、てるてる坊主は管理の人が回収してたらしい。
最後の試合のあとからなくなったことで、「正直ホッとしている」と言っていたが、清良には秘密にしとこう。
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