オーバードライブ・ユア・ソング

津田ぴぴ子

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after(番外編です。ホラーではありません)

第五十一話

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当初予期していたものとは別の意味で気不味い。
怪談同好会のことも軽音部で山に入ったことも、織と惺との関係性も伏せて、ただ二年前から兄が行方不明になっていて、山で見つかった白骨死体の中に兄がいた、と言うことだけを簡潔に話した。最初から話すととんでもなく長くなってしまうし、ただ知っていて欲しいだけなら、そこまで詳しいことを聞かせる必要も無い。
五分と経たず陽が話し終えると、真正面から鼻を啜る音が聞こえた。前川がぼろぼろと涙を溢して、その雫が陽の机の上に置かれていた彼自身の拳の上に落ちる。
「さっちゃん」
嗚咽を漏らした前川の潤んだ目がこちらを見た。そこまで涙を誘う風に話した覚えは無かったために、陽は大いに戸惑ってしまう。
救いを求めて最上を見ると、彼も泣いてこそいないものの今にも泣きそうな顔をしていた。
「ごめん」
最上はいつもよりも低い声でそう呟いて、目を腕で拭った。謝らなければならないのはこちらの方だと思いながら、陽は二人を交互に見る。最上は自分の鞄からハンカチを取り出すと、前川に差し出した。彼はそれを受け取って、一層強く鼻を啜る。
続々と登校し始めるクラスメイトが、前川を見て目を丸くしていた。
「ごめんな、こんな話して、……でも、隠しとくのも嫌だったからさ」
そう言って俯きかける陽の肩を、前川が両手でがっしりと掴んだ。暫くその状態で硬直していたが、やがて前川はがっくりと項垂れる。
「ごめん、俺、こう言う時何て言ったらいいのかわかんねーわ……」
「別に良いって、変に気遣われる方がやだっつーの」
机にぶつかりそうなほど下がったその頭を手元に置かれていた初のボールペンで軽く叩くようにして、陽は笑ってみせた。
ふと最上が陽を呼んで、視線を合わせるように机の前に屈み込んだ。彼は変わらず泣きそうな顔で微笑んで、口を開く。
「話してくれて、ありがとね、陽」
「……うん」
陽が返事をしたのと同時に、それが言いたかったんだよと呻きながら前川が起き上がった。そして大人しく窓際に寄りかかっているギターのギグバッグにその視線を移して、もう一度陽を見る。
前川にしては珍しく、勘が鋭い。
「それ、兄貴のやつなの」
「そ、売るよりかは俺が持ってた方がいいって、お母さんもお父さんも、…先輩も言ってたし」
「俺もそう思う!」
「はは、ありがとさっちゃん」
予鈴が響く。
初と時藤は残りの三人に手を振って、自らの席へと戻って行った。教室のそこかしこに散っていたクラスメイトたちも同じようにして、椅子を引く少しだけ耳障りな音が室内に満ちる。
それから時間を置かずに担任の渡利が教室のドアを開けて、おはよう、と微笑んだ。教卓の前に立った彼女は室内をぐるりと見渡すと、手元のクリップボードを見て話を始める。
「今日は始業式のあと、すぐ明けテストがあるから、みんなそれぞれ頑張ってね。それから──」
席の近い誰かが、憂鬱だと言わんばかりに溜息を吐いた。
言い知れぬ切なさに包まれていた陽の頭は、一瞬にして真っ白になる。



「終わった……」
「そんなこの世の終わりみたいな顔しないでも」
実に一ヶ月振りとなる第二視聴覚室。額を押し当てるようにして机に突っ伏した陽の正面で、織が肘をついて笑っている。
一時限目の始業式を終えた後、二時限目から六時限目までびっしりと捩じ込まれた基礎科目の夏休み明けテストは、予想した通り散々なものだった。一学期の期末考査の時に無理矢理詰め込んだものの中で、よりにもよってとっくに忘れてしまっているものばかりが出題された。どれだけ頭を捻っても、何一つとして出て来ない。少しばかり頭を叩いたりもしてみたが、全くの無駄だった。
隣で紙パックの苺牛乳に刺さったストローを咥える初が、呆れたように溜息を吐く。
「一昨日大丈夫なのって聞いた時は自信満々に大丈夫!とか言ってた癖にね」
「まあでも、明けのやつは成績には加味されるけど、赤点取ったらどう、みたいなのはないから」
大丈夫だよ、と続ける惺に、初が咎めるような視線を送った。
「甘やかさないでくださいよ、そうやって」
「はい初くん、これあげる」
「餌付けじゃないんですから」
初はそう言いつつも、惺が差し出したチョコレートを大人しく口に入れた。その光景を微笑ましげに見ていた織が悪戯っぽく笑って、陽にこう尋ねる。
「勉強しないで何してたの?ゲーム?」
「え、と」
陽は思わず言葉に詰まって、初の方を見た。別に秘密にする理由は無いけれど、何となく気恥ずかしいような気もする。それは初も同じだったようで、暫く二人で無言のまま視線を合わせていた。
ええいままよ、と心の中で叫んで、陽は正面に向き直る。
「曲を」
「曲?」
「曲を、作ってたっす、初と二人で」
羞恥心からか緊張からか知らないが、声が上擦った。織と惺の表情が、ぱっと明るくなったのが分かる。
二人が卒業した後のことなど考えたくは無かったが、その瞬間はいずれ必ず訪れる。それに耳目を塞いで知らない振りをして過ごすのは簡単だったが、そんなことは意地でもしたくなかった。
「出来てるとこまででいいから、聞かせてよ」
「弾き語りでいいすか」
頷いた織を見て、初が鞄の中から歌詞が書かれたノートを抜き出して、ページを広げて陽の前に置いた。今朝一度歌っているからか、メロディが多少頭の中に馴染んでいる。
陽が曲を作って初が詞をつけたことを説明しながら、机に立て掛けたギグバッグからピックと、晴のものだったストラトキャスターを取り出した。
これはもう、陽のものだ。朝そうしたように抱えて、前に使っていたレスポールよりも明るい色をしたネックを、一度強く握る。
軽くチューニングを確認して、深呼吸をした。
何だか定期公演会の時よりも緊張している。一音目を外さないように、それだけを意識していた。


まだ二人がいなくても大丈夫とは冗談でも言えないし、頼りないかもしれない。実際に三月になって卒業式の当日を迎えたら、陽も初も、多分泣いてしまう。現にそれを考えただけで声が震えそうになるのだ。
だけど、しっかり前を見る気があると言うことだけは分かっていて欲しかった。
歌いながら、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。
朝変えたばかりのサビのコードと自分が歌う声がぴったりと重なって、他人事のように、ここ変えてよかったな、と思った。

結局、初が用意してきた歌詞を全て歌い切ってしまった。
ぱちぱち、と言う小さな拍手が聞こえる。恐る恐る、織と惺の方に目をやった。惺は顔の前で小刻みに手を鳴らして、織は肘をついたままで微笑んでいる。二人はどちらからともなく視線を合わせて、笑った。
織が陽と初を交互に見て、口を開く。
「いい曲だね」
陽は初と再び顔を見合わせる。呆然と初の顔を見ながら、織の言葉をゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。軽音部に入った時、バンドが出来ると分かった時と同じ種類の感情が、心の中心で膨らんでいく。
何だか、はしゃぎ回りたいくらいに嬉しかった。
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