5 / 12
5.元気のないガラ
しおりを挟む
誰かのひれが体に当たって、レタはぱちりと目を覚ました。レタたちが住んでいる珊瑚礁の下には洞窟ができていて、柔らかい砂地を寝床にみんなで一緒に寝られるようになっている。
ただ、群れのリーダーのツァコと、その番いのシューロは別の場所で寝るのだそうだ。レタが寝る頃にはまだ二人とも起きていて、レタが起きる頃にはすでに二人とも起きているから、二人がどこで眠るのか、レタはよく知らない。
寝ぼけた人魚のひれをそっとどけて、レタは大きく伸びをした。まだ寝ている仲間を起こさないよう、静かに洞窟を出て珊瑚礁の上に移動する。おはようと挨拶を交わしながら進んでいくと、シューロが珊瑚の間にいるのが見えた。
「シューロ」
近づいたレタに気がついて、シューロがにこりと笑ってくれる。
「おはようレタ、今日もかわいいね」
「おはようシューロ。シューロも綺麗だね」
レタはもう充分大人のはずなのだが、シューロに会うといつもかわいいねと言われてしまう。どう返事をしていいかわからないし、何回も言われるともう慣れてしまって、レタもシューロに綺麗だねと返すことにしている。
実際、シューロの鱗は冴えるような青色をしていて綺麗だし、群れの中でツァコの次に体も大きい。珊瑚礁の中だと紛れてしまうような赤色のレタからしたら、ちょっと憧れの存在なのだ。
「綺麗だねって言ってくれるのなんて、レタくらいだよぉ。もう本当にかわいいなぁ」
伸びてきたシューロの手に捕まえられて、レタはぎゅっと抱え込まれてしまった。じたばたもがいてもこの腕から出られたためしがないから、もう大人しくぎゅっとされたままになることにしている。時間が経てば離してくれるはずだし、あまりにも長い間抱えられているようなら、そのうちツァコが朝の見回りから帰ってきて、シューロに離しなさいと言ってくれるはずだ。
「朝ごはんは食べた?」
「まだ」
珊瑚礁の周りには海藻も生えていて、お腹が空いたら適当に採って食べていいことになっている。貝を捕まえて食べる人魚もいるけれど、レタはあまり貝を獲るのが得意ではないし、どちらかというと海藻のほうが好きだから、のんびり漂いながら食べることが多い。
「じゃあ一緒にご飯にしよう」
シューロが腕から解放してくれて、連れ立って海藻の群生地に下りていく。一人でふよふよと食べるのも好きだけれど、誰かとおしゃべりしながらする食事も楽しい。気が向いた海藻を適当に摘み取って、何か吟味しているらしいシューロの傍に戻る。シューロの海藻選びには時間がかかりそうで、レタは先んじて食べ始めた。
「今日はどこかに出かけるの?」
ぷちぷちする食感を楽しんでいるところに話しかけられて、ちょっと考える。
特に何も考えていなかったけれど、ヤジクの陸人が死ななかったのは確認できたし、今日は他のところに行ってもいい。でも毎日出かけるとツァコが心配するから、珊瑚礁に残ってぼんやりしてもいい。
つまりだ。
「決めてない」
ツァコは珊瑚礁の周囲の見回りとか、水の流れの予測とか、何かしらやることがあるようで忙しくしているけれど、基本的に他の人魚はのんびりしていることが多い。遊びに行こうと思えば遊びに行くし、海藻の世話をすることもあれば、ぼんやり漂っているだけの日もある。レタもほとんど、その日に気が向いたことをするくらいだ。
「じゃあ……ガラの話を聞いてあげてくれないかな」
疑問は浮かんだものの、レタは素直に頷いた。
ガラとレタは歳が同じくらいで、一緒に遊ぶこともあるしおしゃべりだってする。最近はガラが一人でどこかに出かけたり、レタが一人で出かけたりすることが多かったからあまり話をしていないけれど、何かあったのだろうか。
「どうかしたの?」
「何となく元気がない気がして。でも僕が聞いてもはぐらかされちゃったからさ」
ふうん、と首を傾げてからレタは頷いた。シューロに話さないようなことを、ガラがレタに話してくれるだろうか。わからないけれど、話をするくらいすぐにできることだし、今日はガラと一緒に遊んでもいい。
シューロとの朝ごはんを終えると、レタは珊瑚礁の中でガラを探した。途中で出会った人魚に聞いたところによれば、どうやら下の洞窟の近くでぼんやり漂っているらしいので下りていく。
「ガラ?」
「……レタ?」
聞いていた通りぼんやり浮かんでいるガラに呼びかけて、レタは傍まで近づいた。確かに元気がなさそうな感じがする。寄り添ってぺちぺちと尾びれをぶつけると、小さく笑ってやり返してきたから、全然元気がない、というほどでもないらしい。
「シューロが、ガラが元気ないって言ってた」
「あー……うーん……」
ただ、元気がないこと自体は事実のようだ。ガラに合わせてぼんやり浮かんでみると、上のほうがきらきら光って見えて綺麗だった。
「……レタはさ」
ガラが口を開いたので、レタはくるりと身を翻した。オレンジのふわふわした髪を揺らしながら、ガラはゆぅるりとその場で宙返りをしている。考え事があるようで、レタの答えを待っているというよりは、考えをまとめようとしているように見える。だからレタも静かにして、ガラの言葉の続きを待った。
「自分の番いを探してみたいって思ったこと、ある?」
ただ、群れのリーダーのツァコと、その番いのシューロは別の場所で寝るのだそうだ。レタが寝る頃にはまだ二人とも起きていて、レタが起きる頃にはすでに二人とも起きているから、二人がどこで眠るのか、レタはよく知らない。
寝ぼけた人魚のひれをそっとどけて、レタは大きく伸びをした。まだ寝ている仲間を起こさないよう、静かに洞窟を出て珊瑚礁の上に移動する。おはようと挨拶を交わしながら進んでいくと、シューロが珊瑚の間にいるのが見えた。
「シューロ」
近づいたレタに気がついて、シューロがにこりと笑ってくれる。
「おはようレタ、今日もかわいいね」
「おはようシューロ。シューロも綺麗だね」
レタはもう充分大人のはずなのだが、シューロに会うといつもかわいいねと言われてしまう。どう返事をしていいかわからないし、何回も言われるともう慣れてしまって、レタもシューロに綺麗だねと返すことにしている。
実際、シューロの鱗は冴えるような青色をしていて綺麗だし、群れの中でツァコの次に体も大きい。珊瑚礁の中だと紛れてしまうような赤色のレタからしたら、ちょっと憧れの存在なのだ。
「綺麗だねって言ってくれるのなんて、レタくらいだよぉ。もう本当にかわいいなぁ」
伸びてきたシューロの手に捕まえられて、レタはぎゅっと抱え込まれてしまった。じたばたもがいてもこの腕から出られたためしがないから、もう大人しくぎゅっとされたままになることにしている。時間が経てば離してくれるはずだし、あまりにも長い間抱えられているようなら、そのうちツァコが朝の見回りから帰ってきて、シューロに離しなさいと言ってくれるはずだ。
「朝ごはんは食べた?」
「まだ」
珊瑚礁の周りには海藻も生えていて、お腹が空いたら適当に採って食べていいことになっている。貝を捕まえて食べる人魚もいるけれど、レタはあまり貝を獲るのが得意ではないし、どちらかというと海藻のほうが好きだから、のんびり漂いながら食べることが多い。
「じゃあ一緒にご飯にしよう」
シューロが腕から解放してくれて、連れ立って海藻の群生地に下りていく。一人でふよふよと食べるのも好きだけれど、誰かとおしゃべりしながらする食事も楽しい。気が向いた海藻を適当に摘み取って、何か吟味しているらしいシューロの傍に戻る。シューロの海藻選びには時間がかかりそうで、レタは先んじて食べ始めた。
「今日はどこかに出かけるの?」
ぷちぷちする食感を楽しんでいるところに話しかけられて、ちょっと考える。
特に何も考えていなかったけれど、ヤジクの陸人が死ななかったのは確認できたし、今日は他のところに行ってもいい。でも毎日出かけるとツァコが心配するから、珊瑚礁に残ってぼんやりしてもいい。
つまりだ。
「決めてない」
ツァコは珊瑚礁の周囲の見回りとか、水の流れの予測とか、何かしらやることがあるようで忙しくしているけれど、基本的に他の人魚はのんびりしていることが多い。遊びに行こうと思えば遊びに行くし、海藻の世話をすることもあれば、ぼんやり漂っているだけの日もある。レタもほとんど、その日に気が向いたことをするくらいだ。
「じゃあ……ガラの話を聞いてあげてくれないかな」
疑問は浮かんだものの、レタは素直に頷いた。
ガラとレタは歳が同じくらいで、一緒に遊ぶこともあるしおしゃべりだってする。最近はガラが一人でどこかに出かけたり、レタが一人で出かけたりすることが多かったからあまり話をしていないけれど、何かあったのだろうか。
「どうかしたの?」
「何となく元気がない気がして。でも僕が聞いてもはぐらかされちゃったからさ」
ふうん、と首を傾げてからレタは頷いた。シューロに話さないようなことを、ガラがレタに話してくれるだろうか。わからないけれど、話をするくらいすぐにできることだし、今日はガラと一緒に遊んでもいい。
シューロとの朝ごはんを終えると、レタは珊瑚礁の中でガラを探した。途中で出会った人魚に聞いたところによれば、どうやら下の洞窟の近くでぼんやり漂っているらしいので下りていく。
「ガラ?」
「……レタ?」
聞いていた通りぼんやり浮かんでいるガラに呼びかけて、レタは傍まで近づいた。確かに元気がなさそうな感じがする。寄り添ってぺちぺちと尾びれをぶつけると、小さく笑ってやり返してきたから、全然元気がない、というほどでもないらしい。
「シューロが、ガラが元気ないって言ってた」
「あー……うーん……」
ただ、元気がないこと自体は事実のようだ。ガラに合わせてぼんやり浮かんでみると、上のほうがきらきら光って見えて綺麗だった。
「……レタはさ」
ガラが口を開いたので、レタはくるりと身を翻した。オレンジのふわふわした髪を揺らしながら、ガラはゆぅるりとその場で宙返りをしている。考え事があるようで、レタの答えを待っているというよりは、考えをまとめようとしているように見える。だからレタも静かにして、ガラの言葉の続きを待った。
「自分の番いを探してみたいって思ったこと、ある?」
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる